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新人とお近づきになろう

 きゃーっ! という女性の悲鳴が、よく晴れた空に広がっていった。


 庭の野菜に水やりをしていたフィリパは体を起こし、拳で腰を叩きつつ空を見上げた。


「ああ、またセリアがやらかしたのね」

「今日は厨房の手伝いをするって言ってたから、野菜を粉砕させたとか?」

「この前は竈を大爆発させそうになったわね」

「その前は、洗剤を入れた水で野菜を煮ようとしていたわね」


 フィリパ、マージ、エイミーの三人は顔を見合わせて苦笑する。


「……様子見に行く?」

「そろそろ休憩時間だし、行こうか」

「収穫したお野菜も持っていきたいしね」









 今日採れたばかりの瑞々しい野菜を籠に詰め、フィリパたちは厨房に向かった。

 思った通り、厨房のシンクの前には赤金髪の娘の姿があった。料理人たちが彼女の周りでおろおろしている。


「お疲れ様。野菜持ってきたわよ」

「ああ、ありがとう、三人とも。……悪いけど、セリアちゃんの手当てを頼んでもいい?」


 フィリパたちを見た中年女性は、「救世主が来た!」と言わんばかりの表情でそう頼んできた。その声に、赤金髪の娘が振り返る。


 フィリパたちとは比べものにならないくらい白い肌。整った顔立ちはややきつめの印象を与えがちだが、その眼差しはどこかぼんやりとしており、頼りなさそうな雰囲気が漂っている。

 彼女は左手を胸の高さに持ち上げていた。やはりというか、その人差し指からだくだくと血が流れ落ちている。よほど派手に切ってしまったようだ。


 フィリパは籠をテーブルに置き、ぼうっとしている娘の右手を引っ張った。


「りょーかい。じゃ、私が手当てをしてくるから、マージとエイミーは厨房をお願い」

「分かった」

「また後でね、フィリパ、セリア」


 ひらひらと手を振る友人に手を振り替えし、フィリパは医薬品のある物置へと娘――セリアを引っ張っていった。


「あんた、また厨房に立っていたの? 苦手なら他の仕事をすればいいってマザーにも言われてるじゃない」


 物置に入り、救急箱を探しながらそう言うけれど返事がない。

 セリアは入り口に立ったまま俯き、真っ赤な血が滴る自分の指先を見つめていた。


「ほら、そんなところに突っ立ってないで。……あ、あった。こっちに座って。簡単にだけど手当てするから」

「……ありがとうございます」


 掠れた声でセリアが応えた。

 フィリパは空いている木箱に座ったセリアの前に跪き、今や手首まで滴っている血を布で拭う。そして傷口を消毒し、手早く包帯を巻いた。


「……慣れているのですね」

「うちのチビちゃんたちがよく怪我をするからね。大怪我はお医者を呼ばないとどうしようもないけれど、これくらいならなんとでもなるわ。……はい、できた」

「ありがとうございます」


 包帯を結び、手首に残っていた血の痕を拭うと、セリアは礼を言ってしげしげと自分の左人差し指を眺めていた。自分が怪我をしたのが不思議でならない、と言わんばかりの表情である。


 救急箱を元の位置に戻しつつ、フィリパは背後のセリアに呼びかける。


「さっきも言ったけどさ、料理が苦手なら無理に挑戦しなくてもいいんだよ。あんたは……ほら、計算とかすごく速いし物知りだし字もきれいだし、そっちを活かせばいいじゃん」

「……でも」

「それとも……何? 料理や洗濯ができないとダメだって思いこんでる?」


 振り返ってそう言うと、明らかにセリアは動揺したようだ。

 顔を上げ、揺れる深緑の目でフィリパを見上げてくる。

 どうやら図星のようである。


 フィリパははーっと息をつき、先ほど手当てをしたときのようにセリアの前に跪いた。


「あんたさ、やけになってるでしょ。何度失敗しても厨房に立とうとするし、紅茶を淹れたら毎度激苦のものを作るし。でもぶっちゃけるとね、私たちはあんたにそういう腕前を期待してないから」

「っ……」

「あーもう、そんな顔しないでっての! あんたのことが必要じゃないなんて言ってないからね! 私たちは誰よりも字がきれいで、物知りなあんたを十分頼っている。むしろ、頭もいいのに料理裁縫何でもできたら私たちの方が気が引けちゃうよ」


 そう言ってフィリパはセリアの肩にそっと両手を乗せた。

 ぴくっと震えた肩は、見た目以上に華奢だった。

 今まで肉体労働をしたことのない――いいところ出身の女性の体である。


「頭はいいし美人だけど、料理全般は苦手――それはそれでいいと思うよ。何だってできるのがいいわけじゃない。人間らしくて好感が持てるし、それがセリアっていう人間らしさなんじゃないかなぁ」

「……私らしさ?」


 セリアの瞳が揺れる。


「……料理すれば血の雨を降らせるか食材を台無しにする。お茶を淹れればマザーも吐き出すくらいのゲテモノを作る。それでいいじゃん。私たちはそんなセリアの方が好きだし、うちにいてほしいって思うんだよ」

「……それで、いいの?」

「うん、いいの」


 そう言い、フィリパは肩に乗せていた手をセリアの頬へと移動させる。

 そして――


「おー、よく伸びる伸びる」

「いっ! なにひゅんるの!?」


 引っ張った頬をびよんびよんと伸ばすと、思いの外弾力があった。

 まさか頬を引っ張って伸ばされると思っていなかったらしいセリアが目を白黒させる中、フィリパはカラカラと笑った。


「そんなに肩に力を入れないの! グリンヒルの館は、みんな家族。みーんな、あんたと仲よくなりたいって思ってるんだから、警戒しない!」

「警戒しへは……」

「問答無用! それじゃあ今から、傭兵のお兄さんたちとお喋りしてきましょうよ!」


 頬を引っ張るのをやめてフィリパが宣言すると、赤くなった頬を抑えていたセリアはぎょっと目を見開いた。


「い、嫌よ!」

「なんで? あいつらも、セリアと仲よくなりてぇよー! ってグダグダ言ってたし」

「だって……あの人たち、お尻を触ってくるし……」

「ん? あー、そういうやつもいるわね。嫌なら嫌って言えばいいわよ。しつこければ頭突きでも食らわせていいし、股間でも蹴ってやりなよ」

「そ、そんなこと……」

「はいはい、つべこべ言わずに行くわよー!」

「ま、待ってフィリパ……!」


 さっさと物置を出たフィリパは、はっとして振り返った。

 律儀に木箱を片付けているセリアの背中を見、フィリパはふっと微笑む。


「……ひょっとして、名前を呼んでくれたのは私が初めてかも?」


 そう思うと、言い様のない高揚感が満ちてきた。

 これから、セリアとうまくやっていけそうだ。













「セリア、さっきあんた、傭兵どもに絡まれてたでしょ?」

「そうなの。お酒が入ったらしくてね、私のことを酒場のお姉さんだと勘違いしたみたい」

「何か嫌なことされなかった?」

「お尻を触られたわ」

「ほう、それで?」

「触り返したわ」

「あんた、成長したわね」

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