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落ちぶれ才女の幸福 番外編  作者: 瀬尾優梨
書籍化感謝SS
10/12

ペネロペの靴下①

2021年10月29日に、本編が角川ビーンズ文庫より書籍化します


ありがとうございます!

 ペネロペがファリントン王国の聖奏師団に入ったのは、十一歳の頃のことだった。

 それまでは王国内の地方都市で、普通の町娘として家族で暮らしていた。出生時に聖奏師としての適性を診断した際に、「成長すればそれなりの聖奏師になれるだろう」と言われ、十歳で改めて検査した結果、聖奏師団に入れるくらいの能力があることが判明した。


 そうして初めて親元を離れ、ファリントン王国王都・ルシアンナにある聖奏師団本部に足を踏み入れた。

 小さな旅行鞄を手にぷるぷる震えながら門をくぐったペネロペを迎えてくれたのは、はっとするほど美しい女性だった。


 さらりとした長い赤金色の髪を持っており、緑色の目はきりっとしている。ただし表情は少しだけ硬く、あまり近寄りやすい雰囲気ではなかった。

 野暮ったい自分とは正反対の麗しい女性を前にペネロペは固まってしまったが、女性は目元を少し和らげると腰をかがめ、ペネロペの手を取ってくれた。


「あなたがペネロペですね。私は、聖奏師団筆頭のセリアです」

「セリア……様……」


 さすがに筆頭の名前くらいは事前に聞いていたが、こんなにきれいな人だとは思わなかった。

 ぽかんとするペネロペに、セリアはぎこちない微笑みを向けてくれる。なんとなく、彼女はこうして笑うことにあまり慣れていないのではないか、とペネロペは思った。


「親御さんのもとを離れて、寂しいことでしょう。でも、これからは私たちがあなたの仲間です。一緒に頑張っていきましょうね」

「……は、はい! 私、頑張ります!」


 ぼんやりしていたので数拍遅れての返事になってしまったが、セリアは慎ましく笑ってくれた。









 かくして筆頭聖奏師・セリアに迎えられて聖奏師団に入ったペネロペだったが。


「ペネロペ! あなたはまた、譜面台を壊したのですか!?」

「ふえええええ……ごめんなさい、セリア様……」

「ああ、こんなにぽっきりやってしまって……修理費はあなたの給金から引きますからね」

「えっ……でも、そうしたらもうほとんど仕送りが……」

「それが聖奏師団のルールです。あなたが新入りだろうと何だろうと、融通は利かせません! しばらくの間は、古いものを使っていなさい!」


 セリアにぴしゃりと言われて、ペネロペはいよいよ泣き出してしまった。

 力加減を間違えて譜面台を壊すのは、これで二本目だ。


 一本目の時は表情をこわばらせつつも「……まあ、こういうこともあるわよね」と言っていたセリアだが、二本目の譜面台も全く同じ壊し方をしてしまうと、さすがに声を荒らげてきた。


 分かっている。悪いのは、ペネロペだ。

「ネジがうまく回らないのなら、近くにいる人に頼みなさい」と言われていたにもかかわらず、自力でなんとかしようとして折ってしまった。セリアが怒るのも当然だ。


「またやっちゃったのね、ペネロペ」

「あなたって本当にドジね。そのうち、聖弦も壊すんじゃない?」

「せ、聖弦はさすがに壊さないもん!」


 周りの同期に言われたペネロペは、慌てて言い返す。

 入団した日に、セリアから渡された愛用の聖弦。あれだけは、何があっても絶対に壊したり汚したりしないと誓っている。


「それにしても、あたしたちが入団して半年になるけど、あたしたちの中でペネロペが圧倒的に叱られているし」

「セリア様のお叱りの声とペネロペの泣き声が聞こえない日はないわ」

「そこまでじゃないもん……」


 だが、少なくとも三日に一度は叱られているはずなので、強気に言い返せないペネロペであった。





 後ほど、先輩聖奏師がお古の譜面台を持ってきてくれた。


「セリアが、これは壊さないようにと言っていました」

「ふえぇ……分かりました……」


 セリアよりも年上の聖奏師に言われて、ペネロペは折りたたんだ状態の譜面代を受け取り――その重さに悲鳴を上げてしまった。


「こ、これ、重くないですか!?」

「そうですか? そんなものでしょう」

「重いですよ! 私が壊しちゃったのは、もっと軽くて……」

「……ええ。軽くて壊れやすい、初心者用の譜面台です。これは、セリア個人の譜面台です」


 先輩聖奏師の言葉に、ペネロペは顔を上げた。

 彼女はペネロペの方は見ず、少し離れたところで指導をしているセリアを眺めながら言う。


「……どうやらそれは、セリアが師事していた元聖奏師に買ってもらったもののようです。彼女は筆頭になる前、それを使って毎日練習していました」

「……そ、そんな大切なものを、どうして私に……?」

「さあ。彼女は、『これだけ頑丈で高価なものなら、ペネロペも壊さないでしょう』と言っていましたが……新品が届くまでの間とはいえ、あなたならこれを託してもいいとは思っているのでしょうね」

「……」


 ペネロペはきゅっと唇を引き結び、手元の譜面台を見た。

 重くて古い、譜面台。


 すんっと鼻を鳴らし、ペネロペはお辞儀をした。


「……ありがとうございます。大切に、絶対に大切に使います!」

「ええ、そうしなさいませ」


 ペネロペは指導中のセリアに向かっても一礼して、譜面台を抱えて先輩聖奏師に背を向けた。

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