第26話 人形墓標
ラチェットさんの頭部から残っていた鋼の指も引き剥がす。先端は脳に突き刺さっていたらしく、致命傷になりかねなかったがイリスの【快癒】で完全回復させることができた。
「ゲホッ……俺はどうなって……」
「無事に意識を回復されたみたいでなによりです」
「傷は回復しました。けど、失った体力と魔力の方は休んで回復させる必要があります。大丈夫だとは思いますが、何があったのか覚えていますね」
この場にいるのは治療したイリスのみ。
治療を行った者として確認するため残っている。
「ああ、全て覚えている」
操られていたとはいえ、自分が何をさせられていたのか全て記憶している。
「どうして俺と戦った? あんな強力な魔法が使えるなら、簡単に戦いを終わらせることができたんじゃないか?」
「その場合はラチェットさんも助からない可能性がありましたよ」
純粋な意味での魔法使いとして適性のなかったラチェットさん。
それでも、魔法使いであることには変わりないため魔法に対する抵抗力は強い。それこそ遺跡の主が【深淵魔法】に対して盾にしようと思うぐらいの強さはある。
だから盾にしようと思わない、盾にされてもすり抜けられるぐらいに弱らせる必要があった。
「俺との戦闘で魔力をかなり消耗していました」
魔力が少なくなったことで盾の厚さも薄くなっていた。
そんな状態だったため遺跡の主は、盾の存在も忘れて自身で【深淵魔法】を受けることになった。
「随分と気を遣わせたみたいだな」
「これが俺たちの仕事みたいなものです。もしも、恩に感じているのなら一人欠けてしまったことに俺たちの責任がないことをしっかりと報告してください」
「もちろんだ。それぐらいのことはさせてもらう」
今回の依頼。ラチェットさんとブライアンの二人だけでは不可能だったのは間違いない。少しぐらいは役に立ってもらう必要がある。
「それで、他の奴らは何をしているんだ?」
第5階層にいるのは俺たち3人だけ。
戦闘後、気を失ったラチェットさんを介抱している間に任せた仕事がある。
「それよりも、脱出しましょう」
ラチェットさんを連れて第四階層へ下りると三台の装置がフル稼働していた。
「本当によろしいのですか?」
装置に向かって尋ねるメリッサ。
メリッサの傍にはシルビアたち三人もいる。
『はい、構いません』
決意した遺跡。
重低音を響かせるほど稼働していた装置がゆっくりと停止していく。
『私も役割を終え、機能を停止させることができました』
「でも、装置を壊されたくなかったのでは……」
『たしかに壊されたくなかったため「触れない」よう条件を提示しました。ですが、それは主よりも先に停止したくなかったからです。自分が心血を注いで完成させたシステムが壊れるところまで見せたくなかった』
三台の装置の中心。
床が開いて下から両手で抱えられるほどの大きさがある金属の重たい箱が現れる。
『最期に主の願いを叶えることにしましょう』
遺跡の主は、最期に「遺跡を好きにするといい」と言っていた。
『その箱の中には、研究データが集約されています』
ゴーレムの製造データ、武装に関する詳細、命の水の利用方法。
それよりも、興味を惹かれたのは――
「遺跡に関する調査結果?」
『はい。私は、施設がこのような状態になってから情報を集めていました。その結果、一つの結論を得るに至りました。そのデータをどのように活用するも貴方たちの自由です』
他にも色々なデータが保管されている。
一覧を見れば概要は分かる。だが、肝心なデータがないことに気付いた。
「お前のデータはどうした?」
データの持ち去りに賛同したのは、遺跡を連れ帰ることができると思ったからだ。
『貴方なら理解しているはずです。遺跡というシステムを停止させる為には、この施設を完全に停止させる必要があります。ですが、要となる財宝などなく、主と呼べる者を倒しても機能は停止しない』
そうなると、あとは物理的に破壊する必要がある。
『そんなことが可能ですか?』
遺跡は全てディアント鋼で構成されている。
魔法による攻撃も効果が薄く、完全に破壊するには相当な時間を必要とする。
『一つだけ要望を言わせていただけるなら、ここで生まれた私もここで機能を停止――死なせてください』
「いいのですか?」
『あなたたちには、本当に感謝しています。施設を管理する為のシステムとして人格まで与えられた私にとって主と奥様は、両親にも等しい存在でした。奥様が自我を失くされ、旦那様の心が荒んでいくところを見ているのは辛かった……いいえ、私には辛かった、などと感じる機能が備わっていないのですから気のせいですね』
「そんなことはありません。私たちに協力する意思があった。それだけで、貴女には人の心が宿っていた証拠になります」
『それなら嬉しいですね。私も彼らの娘として、ここで眠ることにします』
「――撤収しよう」
最後まで俯いて画面を眺めたままのメリッサ。
やがて、画面から完全に光が消失して最低限の動力だけを遺して遺跡が完全に沈黙する。
☆ ☆ ☆
「おお、帰ったか」
遺跡との境界を潜ると冒険者たちが迎えてくれる。
彼らは境界の向こうからゴーレムが現れた時に備えてずっと備えてくれていた。空を見上げると星空が見える。ずっと遺跡の中におり、遺跡から出た後も代わり映えのしない灰色の空だったため時間が分かり難かったが半日以上の時間が経過していた。
「……ん? ブライアン氏はどうした?」
「あいつなら遺跡の中にいる。詳しい事は俺から説明させてもらうから、あいつらを休ませてやってくれ」
「あ、ああ……」
ラチェットさんがギルドマスターを連れて行ってくれる。
自分の事しか考えていないような人は近くにいてくれない方がいい。
「よ、ご苦労さん」
「どうも」
「どうした? 随分と暗いけど、ブライアンっていう冒険者を連れて帰れなかったことを悔やんでいるのか? 危険な依頼なんだから、Sランク冒険者だからって無事に帰れる保証はないだろ」
「そこは気にしていません」
パーティメンバー全員が一様に暗い。
それというのも遺跡を出る直前に見た光景が原因だ。広い通路で立ったまま動かなくなった人型のゴーレム、統率された何十体という猟犬型のゴーレム、自動迎撃能力を持たされた球形のゴーレム。
何物も動かなくなった施設。
施設そのものが死んでしまったように静かだった。
「あそこはゴーレムたちの墓ですね」
外の様子を見る限り誰かが訪れるとも思えない。
あのまま誰に見られることもなく朽ちていくのだろう。
「何が原因で暗くなっているのか知らないけど、見てみろよ」
ブレイズさんに言われて境界を見てみると二つの世界を繋いでいた境界が収縮を始めていた。
そのまま数分ほどの時間を掛けて境界は完全に消滅する。
「これで俺たちの依頼は完了だな」
「帰ったら扱き使われる日が待っているんじゃないですか」
「……言うな」
アリスターへ帰った後の事を考えてブレイズさんがげんなりする。
「あの……」
「分かっている」
何かを言いたそうなノエル。
遺跡で見た光景に巫女であるノエルが最も感じていた。
「近い内に墓参りに行こう」