第24話 ゴーレムの魔石
シルビアが新たに手に入れた二つ目のスキル【虚空の手】。
空中に魔力で作り出した手を浮かべて自由に動かすことができる。シルビア自身のように速く動かすことができるのなら使い勝手のいいスキルなのだろうが、生憎と半径5メートルほどの範囲でしか速く動かすことができず、離れた場所へ干渉する為には足を止めて意識を集中させる必要がある。
そのため大家族となった今、大人数の料理を作る時に複数の作業を並行して行うことにばかり使っていた。
が、些細な事とはいえ何度も使っていたおかげで熟練度が上昇。意識を集中させる必要があるとはいえ、離れた場所へも数秒で飛ばすことができるようになった。
俺とラチェットさんの攻撃で薄くなったおかげで装甲の向こう側にある魔石まで【壁抜け】を併用していたおかげで到達。全力で握ったおかげで潰すことに成功した。
「……倒した、のか?」
動きを完全に停止させる遺跡の主。
魔石が砕かれているのだから動かないのは当然。
「いや、まだ生きている」
「でしょうね」
ラチェットさんの言葉に頷いて周囲を警戒する。
遺跡の主であるゴーレムを破壊したというのに遺跡に変化が訪れない。
「こいつも気になりますけど、俺としてはもう一体のゴーレムが全く動かなかったことが気になりますよ」
『こちらは彼の奥様です』
「奥様?」
『はい。人の身を棄てる前から彼を支えていた人物らしいです。外の状況を知って運命を共にすることにしたのです』
遺跡の主と同じように人の身から魔物へと変えた元人間。
女性だからこそ男性だった遺跡の主と違ってトゲトゲとした雰囲気が取り除かれた体をしているのだろう。
「遺跡の主はこいつじゃなかったのか?」
知っている可能性があるとしたら遺跡の管理システムぐらいしか思い付かない。
『いえ……ここで主と呼べるような方は彼ぐらいです。そもそも私は、貴方たちが「遺跡」と呼ぶシステムについて詳しくありません。本当に主を倒せば終わりなのですか?』
以前は主を倒した後に財宝を手に入れて遺跡の崩壊が始まった。
それらしい物が見当たらないため主を倒してみたが、変化が見られない。
「ラチェットさんはどう思います? ……ラチェットさん?」
返事のないラチェットさん。
不審に思って顔を見てみると眼が激しく泳いでいて、体も痙攣している。間違いなく普通の状態ではない。
「後ろです!」
「後ろ?」
シルビアの言葉にラチェットさんを横から見てみる。
すると、ディアント鋼で造られた手が後頭部に張り付いているのが見える。
「何だ、これ!?」
咄嗟に剣へ手を伸ばしてしまう。
それと倒したはずの遺跡の主を見る。
「左手がない……」
倒れた遺跡の主の体、再生されたはずなのに左手がなくなっていた。
それも切り離したように綺麗な切断面だ。
「あれか!」
ラチェットさんの後頭部に張り付いている左手。
「が、ぁ……」
指先から鋭い針のような物が飛び出して頭部に突き刺さる。
「シルビア、剥がせないか!?」
「ダメです。【虚空の手】の力では張り付いて固定された手を剥がすほどの力はありません」
できたとしても針が突き刺さった状態で無理矢理引き抜くような真似をすればラチェットさんも無事では済まない。引き抜くにしても安全を確保した状態でなければならない。
「どういうことだ? まだ敵は倒せていなかったっていうことか……?」
『できれば、この手だけは使いたくなかった』
ラチェットさんの方――後頭部に張り付いた手から声が聞こえる。
「魔石は砕いたはず」
『確かに魔石は砕かれた。けれども、魔石が一つだなんて誰も言っていない』
「本当みたいです」
切り離された左手へ意識を集中させるシルビア。
魔石の反応を左手からも感じるらしい。
「と言っても、命がいくつもある訳じゃないだろ」
命の量産ではない。
そんなことが可能なのだとしたら最初から命の宿った魔石とゴーレムの体をいくつも用意すればいい。
しないのではなく、できない。
「今の状態は緊急離脱用の方法だ」
『忌々しいことに正解だ』
「魔石が完全に破壊される直前に自分の意識を予備として保管している他の魔石へ移し替えたんだ」
『そうだ』
左手に保管されていた予備の魔石が本体となる。
シルビアが砕いたのは予備となってしまった魔石でしかない。
『私が目指したのは朽ち果てることのない体。満足できる出来ではない。それでも近付けることには成功した』
「それはどうかな?」
『なに……?』
「その状態で、もう一度緊急離脱ができるのか?」
さっきは同じ体を共有していたからこそ意識の移植が成功した。
しかし、今は左手に備わっていた魔石だけが独立している状態。
「おそらく他の場所にも魔石が備わっていたんだろうけど、そんな離れた状態で移植することができるのか?」
『だから、この男を人質に取った』
張り付いて一体化したラチェットさんと遺跡の主。
『この男の脳に針を刺すことで意思に介入している。既に私の傀儡となっている。ゴーレムの身で生きることができないというのなら、生きることができる身を手に入れるまでの話だ』
徐々に掴んでいる手が体内へと浸食している。
このままだと完全に体内へ侵入してしまいそうだ。その状態なら向こう側の世界でも活動が可能なのかもしれない。
だけど、それを行うのは研究者として屈辱にも等しい。
『私はこれまでゴーレムの身で生きていく方法を模索していた。この手段は、研究の全てを捨て去るに等しい行為。できることなら絶対にやりたくはなかった』
男は、プライドと命を天秤に掛けた。
結果、命を選び取ることにした。
「ラチェットさんに憑りつくことを選んだのは?」
『お前は意思が強過ぎる。脳へ接触したところで意識を乗っ取る確率が低いと判断した。そんな危険を冒すぐらいなら、この男で我慢した方がいい』
それは、いいことを聞いた。
意思が強ければ乗っ取りを防ぐことは可能。
『ところで、先程は私が全体を見れていない、と言っていたな』
「それが?」
『見えていないのは、お前も同様だ』
「え……?」
浮遊する左手。
それがメリッサの後頭部に張り付いた。
「まさか複数を……いや、そんなことができるなら早々にしているはず」
では、メリッサの後頭部に張り付いた左手は何なのか?
心当たりを急いで見る。
「やっぱり……」
女性型ゴーレムからも左手が消失している。
『その女がいいのか。憑りつきやすい女なら他にもいただろう』
『はい、彼女がいいです。若く美しい体。若い頃の私に似ています。どれか選べるなら彼女にします』
メリッサに憑りついた左手からこれまでに聞いたことのない女性の声が聞こえてくる。
『もう鋼の身で生きることには疲れました。ですが、このように瑞々しい体が手に入るのなら……』
「若く美しい……子供のいる身としては嬉しい言葉ですね」
頭部に針が突き刺さった状態。
それでも気にすることなく言葉を紡ぐ。
『その体、使わせてもらいます』
「申し訳ありませんが、私の帰りを待っている子供がいるので明け渡す訳にはいきません」
『……!? あ、ぁぁぁぁああああ……! ああああああああああ!!』
悲鳴を上げる左手。
針が突き刺さっていても構わず引き抜くと床に捨てる。
「イリスさん、治療を」
「大丈夫?」
「さすがに自分で回復魔法を使う余裕がありません。頭の傷もそうですけど、【深淵魔法】を使ったばかりです」
『【深淵魔法】!? どうして貴女みたいな小娘がそんな魔法を……!』
「努力した結果ですね」
『失敗した! 憑りつく相手を、まちがえ、た……』
左手にあった魔石が完全に砕ける。
たとえ他の魔石へ移植できる状態だったとしても【深淵魔法】から逃れることはできなかった。
『あり得ない。【深淵魔法】と言えば【闇魔法】を極めた先で手に入れることができる魔法で、肉体や精神に干渉するのではない……もっと深い場所にある『魂』にまで干渉することができる最強クラスの魔法。それを、あんな若い娘が……』
憑りついているラチェットさんと一緒に俺の方を向く。
「さあ、どうだろうな?」
『まさか【深淵魔法】を……』
警戒するラチェット。
「そろそろ決着といこうか」