第23話 ディアント鋼
空中で蠢く銀色の金属。
まるで生きているように動く金属は、数百本という大量のナイフへと形状を変えると一斉に飛ぶ。
「メリッサ!」
「問題ありません。準備できています」
イリスがメリッサの返答を聞くよりも早く床へ魔力を流す。
分厚い氷の壁が現れて全てのナイフを弾く。普通の氷ではなく、【迷宮結界】を付与された強固な壁。遺跡の壁を構成している金属から造られたナイフだったとしても【迷宮結界】を貫くほどの力はない。
問題は、敵の攻撃手段がこれだけではない、ということ。
「下!」
床から飛び出してきた金属の手が全員の足首を掴む。
真っ先に奇襲に気付いたシルビアを脅威と見做して足首を掴んでいる金属の手に力が込められる。
足首を握り潰すほどの力。
遺跡の主は、金属の手を握れた感覚を覚えていた。
『いない』
しかし、シルビアの足首を握り潰せた訳ではない。手の中には何もなく、手を握り締めていた。
氷の壁をすり抜けてシルビアが遺跡の主へ駆ける。
『そういえば、下でも使っていたな』
【壁抜け】によって攻撃を回避したシルビアが迫る。
「くっ……」
天井から二枚の円形の刃がシルビアの進行方向へと飛んできて前へ進めていた足を止めずにいられなくなる。
鋭いだけでなく微細な振動を続ける円刃。
防御するのも危険だったため回避するしかなかった。
と、宙に浮いた円刃が回転しながらシルビアの方へと再度飛んで行く。一枚目の刃を回避し、二枚目の刃を【壁抜け】で擦り抜け……ようとして脇腹を斬られる。
「そっか……天井の金属っていうことは……」
『並大抵のスキルや魔法は無力と化す』
シルビアへ近付く遺跡の主。
その手には、銀色の金属で造られた槍が握られている。
槍が振り下ろされてシルビアへ当たる直前に神剣で弾く。
「大丈夫か!?」
「この程度。問題ありません……」
斬られた脇腹を押さえながら立ち上がるシルビア。
どう見ても無事なようには見えない。
「イリス、回復させろ!」
「了解!」
傷付いたシルビアを投げてイリスへ渡す。
そうこうしている間に吹き飛ばした遺跡の主が槍を突き出しながら突っ込んでくる。
槍に対して神剣を振るう。
特別な金属で造られた槍がバラバラに別れる。
『では、こういうのならどうだろう?』
バラバラになった金属がそれぞれ先端を鋭くして襲い掛かってくる。
当たる直前に横へ跳んで回避する。が、着地地点の先にある床から金属が錐のようになって飛び出してくる。
止まれるような距離ではない。飛びながら神剣を振るうと半ばから斬って、平たくなった場所を蹴って飛び上がる。
カサカサカサ。
虫が蠢くような音が聞こえて見上げると天井の金属が蠢き、鋭い矢のように形状を変えると落ちてくる。
「【空間魔法:天繋】」
メリッサの魔法によって空間が繋げられる。
一つは、落ちてくる矢の先。そして、出口は遺跡の主の上。
降り注ぐ金属の矢を受けることになった遺跡の主。矢そのものが頑強であったためゴーレムの装甲も貫通する。
「いや、まだだ」
床の金属が蠢いて遺跡の主の体を覆うように集まる。
「まさか……」
『その、まさかだ。ディアント鋼で造られた体、同じくディアント鋼による物なら貫くのも不可能ではない。けど、今の体を修復するぐらいは自由自在だ』
体を修復する為に必要な金属は大量にある。
一度や二度完全に破壊したところで修復されるのは目に見えている。
となると、狙うのは限られることとなる。
「どうするの?」
隣へ駆け寄ってきたノエルが尋ねる。
アイラも俺の前に立って遺跡の主を警戒している。
「魔石を破壊しよう」
全ての魔物に共通した弱点。
魔石さえ破壊すれば、どれだけ強力な魔物でも止まらざるを得ない。
『お前たちの狙いは読めている。だが、どうやって破壊するつもりだ』
遺跡の主の傍にディアント鋼が集まって人ぐらい大きさのある手裏剣になる。
投げられた手裏剣が回転しながら飛び、アイラの剣によって両断されて二つに分かれた刃が左右に落ちる。
が、床へ落ちた瞬間にバネのように跳ねて剣に形を変えて襲い掛かる。
アイラが跳んで回避すると二本の剣が左右から衝突して音を響かせる。
真っ直ぐにお互いを向いていた剣。しかし、衝突した直後に混ざり合うと1本の巨大な剣へと姿を変えてアイラを追う。
『……ん?』
迫る剣に対して目を閉じているアイラ。
恐怖を感じて目を瞑っているのかと判断した遺跡の主は、アイラへとディアント鋼の剣を進ませ続ける。
「【光燐世界】」
メリッサによって階層全体が光に包まれる。
アイラが剣を振って迫っていたディアント鋼の剣を弾く。【迷宮同調】によって他の眷属が見ている光景・地図を共有することができる。シルビアが飛んでいる剣を気配から正確に位置を特定してくれているおかげで剣に対応することができる。
そして、同様に遺跡の主の位置も丸分かりだ。
溢れる光に目が眩まないようにする為に視界情報は全て遮断してある。
ノエルと共に遺跡の主へ襲い掛かる。
神剣がスパッと遺跡の主に左腕を肘から斬り飛ばす。
だが、錫杖は右手によって受け止められてしまった。
『失礼』
「え、ちょ……!」
ノエルを中心に滑るように移動すると背後へ回り込んで残っている右腕でノエルを前に突き出して盾にしてくる。
これでは追撃ができない。
しかも、俺のいる方へノエルを突き出してくる。
相手の視界を潰したつもりだったけど、向こうにもこっちの位置がバレている。
『気配がバレバレだ』
「ゴーレムが気配なんて読めるのかよ」
『たとえ目を奪われたとしても音や熱で探知することができる。なによりも、この場所そのものが私みたいなものだ。位置を特定するなど容易い』
「じゃあ、これはどうかな?」
神剣を構えたまま遺跡の主へ向かう。
『人質が見えていないのか?』
「生憎と視界は潰している」
『そういう意味じゃない!』
振られる神剣。
神剣の迫る方向へノエルが掲げられる。
「【召喚】」
神剣が触れる直前、ノエルの姿が消える。
移動先はイリスの傍だ。遺跡の主にバレないよう念話で【眷属召喚】するよう伝えておいたおかげでノエルはイリスの傍へ移動している。おかげでノエルの心配することなく剣を振るうことができる。
『クソッ……!』
遺跡の主が後ろへ加速して移動する。
敵がいなくなったことで剣が空を斬る。
『やれやれ……その剣には本当に注意する必要がある』
床から飛び上がった金属が斬り落とされた左腕があった場所へ集まり、左腕の再構成が行われる。
「評価してくれるのは嬉しいけど、警戒されるのは勘弁だな」
『素直に受け取っておいた方がいい。完全ではないものの終わりのない体を手に入れた私には誰も勝てない』
「勝ち誇っているところ悪いけど、あんたみたいな素人に負けるつもりはない」
『なに……?』
俺とノエルの同時攻撃には対応することができた。
しかし、イリスによって人質にされたノエルが救出されるところまでは予想していなかったせいで対応することができていない。
理由は、遺跡の主が戦場を見渡すことができていないからだ。
「あんたは高性能な感知能力をいくつも持っている。こうして視界が潰された世界でも俺たちの位置を正確に捉えて戦うことができている。だけど、戦闘に慣れていないせいで戦場全体を見ることができていない」
あの時、イリスは手を向けてスキルを使用する為に魔力を準備していた。
優秀な感知能力を稼働させていたならイリスの状態も把握することができていたはず。それでも適切に対処することができなかったのは、俺たちに対処するだけで精一杯でイリスが何をしようとしているのか予想する余裕すらなかった。
俺が本気で刃を向けていたこと、何かをしようとしているイリス。
状況を把握することができていれば人質としての価値が低いことぐらいは予想できていたはずだ。
『たしかに私は戦闘の素人だ。だが、私をどうやって倒すつもりだ?』
「せっかく忠告してあげたのに反省できていないな」
――ドスン!
背中で起こった爆発に遺跡の主が倒れそうになる。
「くっ、浅い!」
『キサマァ!』
背後へ回り込んで攻撃した犯人はラチェットさん。
これまでの遺跡における出来事から遺跡の主は俺たちを脅威と見做し、ラチェットさんたちは下に見ていた。その上、下に見ていた二人のうち一人は自爆してしまったようなことになってしまったため全く警戒していなかった。
そんな警戒していなかったラチェットさんだからこそ難なく背後へ回り込むことができた。
「だから言っただろ――戦場全体を見ていないって」
『この程度は問題ない』
遺跡の主が言うように体の内側へ爆発の魔法を流し込んで内側から破壊できるよう改良した【魔導衝波】。それでも僅かに内側へ潜り込んだところで弾かれてしまったせいで内側の中心まで到達することができない。
結果、表面を僅かに削るだけに留まった。
しかも、削った部分も再生される。
「俺を雑魚扱いするか」
『力ない者を雑魚として扱って何が悪い』
遺跡の主が後ろにいるラチェットさんへ手を伸ばそうとする。
「気にしないで! そのまま何度だって爆発を起こして!」
『キサマまで……!』
正面から接近して拳を叩き付け【魔導衝波】を使用する。
二度も忠告したのにラチェットさんに気を取られているせいで俺の存在を認識していない。
「前後から叩き付けますよ」
「おう!」
前と後ろから交互に【魔導衝波】が叩き付けられ、遺跡の主の胸が吹き飛ばされて行く。
『なめる、なぁ……!』
爆発の隙間を縫って金属が集まる。
修復しようというのだろうが、これだけ削れば十分だ。
――パキン!
『なに……?』
遺跡の主も自分の魔石が砕かれたのを感じた。
魔石周りは弱点を守る場所だからこそ他の場所よりも強固になっている。その装甲が半分以上も残っている状態で魔石が砕かれる。
『何をシタァ!?』
叫ぶ遺跡の主の見る先では、離れた場所で握り潰したようにした手を掲げているシルビアの姿があった。