第22話 隔たる世界の環境
残骸と化したブライアン。魔石を破壊された状態ではゴーレムと言えど起き上がる心配をしなくてもいい。
だけど、この体を再利用されるのは防いだ方がいい。
「回収させてもらうよ」
残骸なら問題なく道具箱に入る。
「馬鹿やろうが……」
あれから数カ月。
その間、王都にいる大勢から責められた苦しみを思えば辛いのも分かるが、人であることを棄ててまで手に入れたい物があるとは思えない。
「俺も同感だ。冒険者は魔物を討伐するのが仕事みたいなところがある。あいつが手に入れた力を有効利用したとしても魔物であることには変わりない。受け入れるまでに相当な時間が掛かるし、それまでの苦痛に耐えられるような奴だとは思えない」
人々からの罵詈雑言。
恐怖が含まれた視線。
様々なものに晒された結果、心を苛むことになる。
そういったことに耐えられるような人間なら『命の水』に手を出すようなこともなかった。
『貴方たちも大変なのですね』
「そんな事よりも上へ移動させろ」
『こちらです』
昇降装置に乗ると遺跡の手によって上昇を開始する。
第五階層も金属で造られた空間が広がるばかりで部屋らしい物は何もない。
あるのは壁や床と同じ金属で造られた大きな椅子が二つ。
それから、椅子に座る二人。一人はゴーレムとなったブライアンと同じような姿をした銀色のゴーレム。もう一人も同じように銀色のゴーレムだが、ブライアンのようにトゲトゲとした姿をしていない。どちらかと言えば丸みを帯びた姿をしていてトゲトゲしい方が男性なら女性のような感じを思わせる姿をしている。
男性の方が頭を俯けたまま立ち上がる。
『悪いが、私たちはお前たちの訪問を歓迎しない』
「歓迎してもらわなくて結構。こっちは遺跡の攻略さえできれば、さっさと出て行くさ」
最上階層と思われる場所を確認する。
何もない部屋には財宝らしい物が見当たらない。そうなると攻略対象は一つしか思い当たらない。そして、そのことに相手も気付いている。
『果たして「何を」すれば攻略なんだろうな』
相容れない条件。
これから行われることに危機感は覚えているはずだが、遺跡の主の声からは焦りのようなものが感じられない。
ゴーレムだから……というよりも諦めたような感情だ。
『外は、それなりに平和みたいだね』
「やっぱり外の様子を知ることができるんだな」
『そうだね。ちゃんと偵察兵を放っていたからね』
シルビアが近くで妙な気配を捉えて虫を掴むように手を伸ばす。
「何です、これ……?」
覗いてみると手には指先にちょこんと乗るような小さな丸い金属があった。
それが虫のように飛んでいた。接近されなければ見落としてしまうようなサイズだったので離れた場所を飛んでいたら気付くのは難しいだろう。
「まさか……」
「これが偵察兵?」
『そうだ。空間が繋がった後で偵察兵を放させてもらった。向こうにいる連中は誰も気付かず近くにある町まで飛ばして情報収集をさせてもらった。生きていくのに問題ない量の食糧が売買され、誰もが笑いながら生活している――素晴らしい世界になったものだ』
声に羨むような思いが込められる。
彼が人間を止めゴーレムとして生まれ変わることを望んだ状況は、食料も満足に得られず、人々は失ってしまった文明に絶望するだけの毎日を送っており、未来に希望を見出すことなどできていなかった。
迷宮核からは、そんな風に聞いている。
「そんなに羨ましいなら外で生活すればいい。幸いにして人の形をしているんだから鎧を着ていることにして誤魔化せばいい」
ブライアンは失敗したが、遺跡の主には可能性が残されている。
『いいえ、それは無理なのです』
主に代わって遺跡が答える。
返答の詳細は、中空に映し出された映像によって示された。
「金属の残骸?」
「小石と同じくらいの大きさ。おそらく、さっきの偵察ゴーレム残骸だと思う」
映像を見て首を傾げたノエルの疑問にイリスが答える。
イリスが言ったように粉々となった偵察ゴーレムだった。
『これは自然と壊れたものです』
「自然と……摩耗して朽ちたっていうことか?」
たしかに壁や床に使われている金属よりも一段落ちる金属から造られていた。
それでも、異様なまでに頑丈な金属で造られていたはずだ。
『ここで造られるゴーレムは人間から魔物となった主の新たな体を生み出す為の物です。そして、最終的には大災害によって汚染された世界でも朽ちることがないようにしたかったのです。その研究は半ばまで完成しました』
ゴーレムは大災害に汚染された世界でも活動ができるようになった。
俺たちが遺跡のあるこちら側の世界にいたのは数分程度の出来事。以前に探索した冒険者たちも、こちら側で拠点を築いて滞在していたはずだが、探索を初めてすぐに撤退することとなったため影響が出ることがなかった。
本来なら人間が生きていくのが難しい世界。
それが、こっちの世界。
『問題はこちらの世界に適合し過ぎてしまったことです。向こうの世界は、普通の人間にとっては生活しやすいのかもしれませんが、私たちの造るゴーレムにとっては毒に汚染された世界にも等しいです』
時間の経過と共に先ほど見せられた偵察ゴーレムのようにボロボロに朽ちてしまう。
『具体的に言うなら三日も活動できればいい方です。こちらの世界へ帰還することができたとしても完全な整備が必要となります』
浄化されたことで遺跡の主には生きられない世界となってしまった。
『皮肉な話だ。「命の水」に関する研究を続けていた最中に世界が滅ぶような危機に晒され、逃れる為に人の体を棄てたというのに浄化された世界では生きていくことが許されないらしい』
ようやく遺跡の主が諦めた気持ちになった理由が分かった。
自分の努力を全て否定されているようなものだ。
『もう、ここの生産能力は汚染された世界でも生きていけるゴーレムの生産に特化している。今さら戻すことなど不可能。私が向こうの世界で生きていく術など存在していないんだよ』
遺跡の言うことが正しければゴーレムとなったブライアンも同様に元の世界へ帰還したとしても時間を置かずに死していたことになる。
ちょっとばかり肩の荷が下りた。
「だったら--」
『だが、その程度のことで私も諦めるつもりはない。今は絶望しているところだが、研究を続けて向こう側へ渡れるようになる術を見つけるつもりでいる』
再起は考えているみたいだ。
敵対関係にある相手とはいえ絶望している姿を見ているのは苦しい。
『だが、それではお前たちとは決して相容れない』
「そんなこと……」
『そちらの世界にも適応したゴーレムを造り出す為には、もっとそちらの世界の情報が必要になる。大型ゴーレムの出入り、環境情報の入手……諸々と必要になることの為に境界を拡大させてもらうことになる』
遺跡は境界を越えて情報のやり取りができていた。
特別な技術を用いれば境界を拡大させることも可能なのかもしれない。
「……! それだけは避けなければなりません!」
「どうして?」
「今の規模ですから影響はありませんが、あまりに拡大されてしまうと浸食されてしまうことになります」
メリッサに言われて気付いた。
もしも、二つの世界が完全に繋がるようなことになれば汚染された空気が向こう側にも流れることになる。
そんなことになれば広範囲に渡って人の住めない大地と化すのは間違いない。
「結局は、こっちの事情で倒さないといけないっていうことか」
『そういうことだ。私は、私が向こうの世界で生きていく為に境界を拡大させる必要がある。だが、そんなことをされては世界全てに影響を及ぼすようなことにはならないだろうが、境界のある近辺は滅んでしまうことになる。死の大地としたくないのなら全力で倒すといいだろう』
顔を上げる遺跡の主。
彼の想いに応えるように壁を構成する金属が蠢き、破片となって遺跡の主の周囲へ集まって行く。
遺跡の主の傍で舞っている銀色の金属。
次第にナイフへと形を変えていく。