第20話 命の水
内側に液体のついた瓶が転がっている。
虹色と言うべきか……蛍光色をした液体。明らかに普通の液体ではない。
『貴方、自分が何をしたのか分かっているのですか!?』
「当然! この水を使えば人間を止めることができる」
新たな命を与えてくれる液体。
それは人間なら多くの者が望むような代物だろう。そんな代物なら何かしらのリスクがあってもおかしくない。
だが、第三階層にあった『命の水』はゴーレムを入れることによって新たな魔石を生み出していた。そして、人間の意識を魔石に宿して永遠に生きようという計画があったことも知れた。
「まさか、あそこにあった『命の水』を持って来ていたんですか!?」
「本当は持ち帰って研究してから使用するつもりでしたが、私の手には余る代物でした。だが、既に実証されているなら使わない手はない」
――ドクン!
ブライアンさんの身の内で何かが高まるのを感じた。
「キタッ――! これは素晴らしい力だ。体の奥底から力が溢れてくるのを感じることができるッ!」
目を見開いて自分の体を確かめている。
その瞳には一種の狂気が宿っていた。
「お前、そこまで……」
以前からの知り合いだったラチェットさんは、ブライアンの凶変に驚いていた。
「ラチェットにだってそいつらみたいな強い力を求める気持ちは分かるはずだ」
「そりゃあ……」
「そんなに力がほしいですか?」
「当たり前だ。あの後で私たちがどんな扱いを受けたと思っていやがる!」
あの後――終焉の獣が王都を襲った後の事。話には聞いていたため僅かながらだが知っている。
王都が窮地に立たされた時には率先して戦わなければならないSランク冒険者。依頼を受けて危険な場所へ赴き、魔物を倒さなくても毎月一定の金額が支払われるようになる。冒険者としては最も優遇されていると言っていい。
その為の金は税から捻出されている。だからこそ、今までには滅多になかったことだが王都が窮地に陥った場合には率先して戦い、王都に住む人々を救わなければならない。
ところが、実際に襲われた時には全く成果を挙げられなかった。
襲撃によって半数のSランク冒険者が死亡するか体を動かせない状態になった。ブライアンのように再起できたSランク冒険者もいたが、彼らは何もできなかったことで矢面に立たされることとなった。
つまり、責任の追及である。
「実際に王都を救ったのはお前ら、私たちは救えなかったことからSランク冒険者である資格すらないのではないか? そんな風に言われる始末だ」
資格の剥奪。
その程度で済ませればいい方で、糾弾する者の中にはこれまでに払った金に見合うほどの違約金まで要求する者までいる始末。Sランク冒険者への違約金など簡単に支払えるものではない。
「この依頼だって今までに比べれば雀の涙程度の報酬程度しか貰えない」
「そんなことを俺たちに言われても……文句があるなら冒険者ギルドへ言えばいいでしょう」
「いや、王都を守り切れなかったのは私たちの失態だ。その決定に文句を言うつもりはない。それでも、私が気に入らないのは君たちの存在だ」
「俺たち?」
「私たちにどうしようもなかった敵を瞬く間に倒した冒険者。罵倒される私たちとは反対に賞賛される君たち。少し前まで無名だった者たちばかりにもかかわらず凄まじい早さで頭角を現した。以前から少しは戦えた者はともかくとして、そちらのお嬢さん二人は違うだろう」
ブライアンさんの目がシルビアとノエルへ向けられる。
アイラは賞金稼ぎとしてあちこちを転々としており、メリッサも一部では才能のある魔法使いとして知られていた。イリスは仲間になる前から自力でAランク冒険者にまで登り詰めていた。
しかし、シルビアとノエルは村娘と戦闘能力を持たないどころか眷属となる直前にレベルとステータスを初期化されていた。
「君の仲間全員が異常な力を持っている。異常な力を持っている者が5人も集まったというよりも君の仲間になったことで異常な力を持つに至った、と考える方が自然だ」
「だったら……」
「不公平じゃないか。私たちが苦労して手に入れた力を上回るほどの力を簡単に手にした」
つまりは異常な力を保有していることに対する嫉妬。
王都が窮地に陥り、追い詰められてしまったことで力を欲するようになった。
「『命の水』を飲んだ理由は分かりました。遺跡を攻略する為にも先へ進みますよ」
『こちらです』
いきなり『命の水』を飲むという事態に驚いていた遺跡だったが、俺たちが冷静でいてくれたことで上の階層へ行ける昇降装置を起動してくれる。
第四階層の中心にある三台の装置。
上がってきた時に使用した昇降装置から反対側にある場所の床が浮かび上がっていた。
――キュン!
「……何か?」
ブライアンへ背を向けて昇降装置へ歩き出すと背中に感じた衝撃に眉を顰める。
「それは何だ?」
「少しばかり強力な障壁です」
様子がおかしいと感じた少し前から周囲に【迷宮結界】を展開させていた。
おかげで後ろから撃たれたブライアンの攻撃も見ることなく防ぐことができた。
「また、そうやって特別な力を……!」
左手で右肘を押さえて腕が動かないよう固定するブライアン。
右手の5本の指先から光の線が何発も放たれるものの全てが【迷宮結界】によって防がれる。
「こんなことをしてタダで済むと思っているんですか?」
「なに、を……」
「力への欲に囚われたせいで先走ってしまったみたいですけど、あなたがしているのは攻略への明確な妨害です。この事が冒険者ギルドに知られればどうなるでしょうね」
今は依頼を受けて遂行することで報酬を違約金への返済に充てているような状況。
もしも、依頼の最中に自分勝手な行動を行ったばかりか仲間であるはずの人物へ攻撃をしたと知られれば、今後は依頼の斡旋そのものが行われなくなる可能性がある。
そうなれば違約金を返済する手段がなくなる。
後は、キツイ仕事を強制的に受けさせられ、奴隷のように扱われる毎日が待っている。
「どうしてだ……?」
飛んできた光を叩き落とす。
周囲にばら撒かれていた光球が爆発するが、【迷宮結界】によって守られている俺には傷一つ付かない。
「たしかに底知れぬ力を身の内から感じる。だというのに傷一つ付けることができないなんて……」
「申し訳ないけど、それが手にした力の違いだ」
飛んできた光を回避して一気に接近するとブライアンの胸へ掌底を叩き付ける。
「ぐ、ふぅ……!」
『命の水』を服用したおかげなのか耐久力が上がっている。
それでも俺の【魔導衝波】に耐えられるようなものではなく、直撃を受けたことで大きく後ろへ吹き飛ばされる。
『強いですね』
遺跡の声が素直に賞賛していた。
吹き飛ばされて壁に叩き付けられたブライアン。気絶してしまったらしく、床に腰を下ろしたまま動かない。
「あんなものなのか?」
ブライアンが賞賛していたほど『命の水』を飲んだ者への脅威を感じなかった。
『一つは純粋に貴方が強かった。もう一つは、改造を加えられていたため人間には想定したほどの効果が発揮されなかったのです』
「改造?」
『下の階層にある「命の水」は、ゴーレムの一部と化した魔石の強度を上げることを目的にしています。それと、ゴーレム向けの魔石を生み出すことに特化しているため普通の人間が飲んだところで効果が薄いのです』
「なるほど」
命を投げ出すほどの価値がなかった代物。
「けど、殺してよかったのか?」
「その方がいいでしょう。連れ帰って正直に報告したところで奴隷のように扱き使われる日々が待っているだけです。だったら、勇敢にも後輩を守って遺跡で死亡したことにした方が本人の名誉にもなるでしょう」
決して連れ帰ったブライアンにとって有利となるような証言をするつもりはない。
証人は同じSランク冒険者であるラチェットさんがいれば足りるだろうし、今の冒険者ギルドは俺たちの方にこそ価値を見出しているように思える。俺たちだけの証言でも信じてもらえるだろう。
「さっさと先へ行きますよ。ゴールはすぐそこなんですから、今日中に--」
昇降装置の方へ行こうと足を向けると背後から奇妙な音が聞こえてきて止める。
まるで金属が震えて叩き付けられたような音。それが吹き飛ばされたブライアンの方から聞こえてきた。
ああ、勘違いをしていた。
ブライアンは、強くなること以上に『決して老いることのない体』を求めていた。『命の水』は、その想いを忠実に組み上げていた。
「人としての器なんていらない。そういう訳か」
壁や床を構成する金属がブライアンへと寄せられていく。




