第16話 魔神と地母神の加護
王都を出発した俺たちは盗賊に扮した兵士から聞き出したアジトの砦が見える場所で隠れていた。
もうすぐ情報を喋ってくれた兵士たちが戻って来る。
(いた)
街道を馬に乗った盗賊が駆ける。
彼らが俺たちの夜営していた場所まで来る為に使用していたであろう馬は迷宮でゴタゴタしている間に近くで見つけたので逃がしておいた。なので、彼らが今乗っている馬は誰かから奪ったものだろう。
「彼らをそのまま通してしまって良かったのですか?」
メリッサの言い分も分かる。
だが、彼らが俺たちについて報告することはできない。
「それよりもまずは周囲の制圧だ」
砦の周囲には大きな岩に隠れるように盗賊のような格好をした兵士が配置されていた。上手く隠れているが、上から見ればバレバレだ。
正面から戦っても勝てるが、殲滅することを考えると見つかるのはまだ早い。
「シルビア」
「はい」
シルビアの姿が消えた数秒後には何かが倒れる音だけがした後に岩の陰から赤い血が地面を染めていた。
「終わりました」
見張りに配置されていた兵士は10人。
それをシルビアは1分と掛からずに全員の首を狩って行った。
「でも、いいの? 彼らは命令に従っているだけの兵士なのよね」
たしかにそう言われると、少し可哀想な気もしなくはない。
彼らは兵士として上から下された命令にただ従っているだけだ。
けれども彼らは、その命令に従って『盗賊行為』をしてきた盗賊だ。
「さっきも言ったけど、俺たちは盗賊退治に来たんだ。兵士? そんなものはどこにいるんだ?」
砦の中にいる兵士は万が一にも誰かに見られてしまった時に備えて兵士に支給されている鎧ではなく盗賊の格好をしている。
事情を知らない人間が見ればアジトにいる盗賊にしか見えない。
「盗賊として実戦を積んできているせいでしょうか。兵士として見れば練度は高い方ですが、所詮はわたしたちの敵ではありません。個人の戦闘力ではわたしたちには及びません」
実際に兵士10人の首を狩って来たばかりのシルビアが言うと説得力が違う。
「問題は人数です。何百人もいると取り逃がしてしまう者がいるかもしれません」
4人で数百人という人数を相手にすることには全く問題視していなかった。
問題は、兵士の誰かに逃げられてしまうことだ。
「逃げられることについても問題ない。最初から逃げ場なんてなくしてしまえばいいんだから」
地面を踏みしめると砦の下に魔法陣が現れる。
レベルが上がったことにより足元から魔法陣を発生させ、広範囲にスキルを適用させることができるようになった。
『迷宮操作:壁』
魔法陣の外縁部に分厚い壁が地面から出現する。
それはどんどん上を目指し、やがて砦よりも高くなる。出現させた物は、あくまでも壁なので空は開いたままで太陽の光が差し込んでくる。
これだけ大規模な地形変化を起こしたが、俺自身の魔力はそれほど消費していない。代わりに迷宮が蓄えていた魔力をごっそりと消費してしまった。
だが、悲観はしていない。
目の前にある砦の中には盗賊が蓄えてきた財宝があるはずだ。それを魔力変換で魔力に変えれば消費分を賄うことができる。
「なんだ、これは!?」
壁の前で待っていると50人ぐらいの盗賊たちが出てくる。
あ、本当は兵士だけど盗賊のアジトの中にいるせいか盗賊に間違われてもおかしくないような格好をしているからあいつらは盗賊だ。
「壁、だと?」
「どんだけデカいんだよ」
「おい、誰かが壁際にいるぞ」
お、ようやく俺たちの存在に気付いたみたいだ。
「お前たちがこんなことをしたのか?」
「ああ」
「魔法か? いや、土魔法でもここまで大規模な変化は簡単には起こせない」
残念ながら迷宮主だけに許されたスキルだから、どれだけ考えたところで答えは出てこないぞ。
「さて、ここからの方針は最初に示したとおりだ」
「砦突入までは私の自由にしていい」
「支援はきちんとするから安心して」
「逃げ場もどこにもないし、大丈夫でしょ」
メリッサが頼りになる2人の仲間を残して前に出る。
これからアジトを制圧することには変わりないが、彼女にはどうしても聞いておかなければならないことがあった。
「私たちは盗賊団を壊滅する為に来た冒険者です」
正確にはメリッサは冒険者ではないが、今は些細なことだ。
「貴方たちは盗賊ですか?」
盗賊たちがどう答えたらいいのか困って互いの顔を見る。
まあ、彼らの場合は難しいな。
盗賊だと答えるのは本来なら兵士である彼らには許せないことだし、兵士だと答えてしまうのも盗賊団のアジトにいる状況では様々な問題を生んでしまう。
「ここが盗賊団のアジトだという情報は既に得ています。なので、殲滅してしまいますがよろしいですね」
「……は?」
盗賊たちがメリッサの告げた突然の死刑宣告に戸惑っている間にメリッサの準備は終わった。
盗賊たちと話をしている間も体内で練り上げられていた魔力を使用して発動された魔法によってメリッサの両肩から2メートルほど上に2種類の光るレンズが出現する。
1つは、燃えるような真っ赤な色をしたレンズ。
もう1つは、白色に輝くレンズ。
「フレアレンズ、クリアレンズ発射」
メリッサから放たれた言葉。
それを合図にレンズから膨大な魔力が噴出し、赤いレンズから放たれた光が射線上にいた何もかもを溶かし尽くし、白いレンズから放たれた光が全ての障害物を消し飛ばす。
光の攻撃によって50人ほどいた盗賊が4人にまで減っていた。
減らされた盗賊は死体すら残さずに消えてしまっている。
「あ、あ……」
残った盗賊が目の前で起きた出来事が信じられずに尻餅をついてしまっている。
「これが盗賊の末路です」
「ち、違う……俺たちは、本当は――」
命令されていたとはいえ、盗賊として活動していたことは紛れもない事実なのだから否定しようがない。
「違いません。貴方たちは盗賊です」
メリッサが手を翳すと人よりも大きな魔法陣が出現し、魔法陣から生まれた大岩が盗賊の体をグシャッと押し潰す。
後には潰れた人だった肉塊だけが残る。
「う、うわあぁぁぁ!」
2枚のレンズによる攻撃から生き残った盗賊が殺される姿を同じように尻餅をついて見ているしかなかった3人の盗賊たちが逃げ出すが、メリッサの指先から放たれた風を圧縮させた弾丸に腹部を貫かれて大穴を開けることになったせいで倒れる。
「う~ん、あいつも相当鬱憤が溜まっていたみたいだな」
「命令されて行動していただけの人たちには同情しちゃうけどね」
「ですが、盗賊行為が悪だと分かっていたのなら彼らも上司を止めるなり、参加しなければ良かっただけです。罪を犯した者として裁かれなければなりません」
本来が兵士であろうと盗賊であることにも違いはない。
「それにしても凄い威力の魔法でしたね」
「あれ、普通に使ったら1度の使用で魔力を1000は使うような強力な魔法だぞ」
それを2つも同時に使用している。
操作能力に関してはメリッサの鍛錬によるものだが、強力な魔法を使用できることの理由には眷属になってメリッサが手に入れたスキルが関係している。
というわけで、ドン。
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名前:メリッサ・ラグウェイ
年齢:15歳
職業:迷宮眷属
性別:女
レベル:24
体力:1633(192)
筋力:1594(153)
敏捷:1479(149)
魔力:19530(408)
スキル:迷宮適応 魔神の加護 地母神の加護 魔力解放
適性魔法:迷宮魔法 迷宮同調 全
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魔神の加護……魔力が10倍になり、全ての属性への適性を持てるようになる。
地母神の加護……魔力消費時、消費魔力を1割に抑える。
魔力解放……スキル使用時に残っている魔力を全て消費することにより制限時間内で使用可能。使用後、魔力が99999になり消費魔力が0になる。
まさに魔法使いの為にあるようなスキルだ。
しかも、魔神の加護の凄いところは、眷属契約によって強化された状態で10倍になるところだ。これによってメリッサは常に俺よりも多い魔力を持つことができるようになった。
本来なら最上級魔法に分類されるはずのレンズ魔法も消費魔力が地母神の加護によって100にまで抑えられているため、まだまだ余裕があった。
「砦の外に出てきた盗賊は片付きました」
「それで、第3王子はまだ砦の中にいるんだよな」
「はい、います」
最初の計画では、砦の中にいる兵士を全滅させて連絡がないことを不審に思って派遣されてきた兵士たちも悉く倒して、仕方なく第3王子本人が出てきたところを叩く計画だったが、本人がいるなら今日中に片を付けることができる。
メリッサが肯定するなら間違いなく砦の中にいる。
彼女には振り子を渡したままにしてあり、水晶が王子の居場所を正確に示してくれている。消費魔力がデカすぎて使い物にならない魔法道具だが、メリッサは一切の苦痛を感じていなかった。
俺たちは第3王子の顔を知らないため振り子を使用することができないが、王都に長くいた彼女は遠くからだが、第3王子の顔を見たことがあったため姿をイメージするのに問題はなかった。
「じゃあ、砦の制圧へと向かいますか」
メリッサの眷属特典
・魔力10倍
・消費魔力1/10