第16話 鋼と雷
魔石から放出される魔力。
人間のように強い意志を持って操ることで形状を留めることができる。
ゴーレムの体にも制御し、武器の形に留める能力が備わっている。光の棒が振るわれ、屈んだノエルの頭上を過ぎ去っていく。
武器を振ってがら空きになったゴーレムへ錫杖を伸ばす。
狙うはゴーレムの膝。人よりも少し大きいぐらいのサイズになったとはいえ、ゴーレムの体は金属で造られているため、体そのものが重たい。故に支える足、特に関節部分には負荷が掛かる。
しかし、ノエルの伸ばした錫杖が届くことはない。足に取り付けられたタイヤを後退させたことで後ろへ移動された。
隙を狙った攻撃が回避されたことで呆けたノエルだったが、錫杖を構えて気を取り直す。
「上半身の状態を見ると隙を晒しているようにしか見えなかったんだけど、さすがはゴーレム……人間の身体構造なんて当てにならない」
ノエルと距離を取ったゴーレム。
目を光らせると右手に持った棒をノエルへ投擲する。
ゴーレムは人間の予想外な動きをするものの前動作からどのようなことをしようとするのか予想がつけやすい。投擲をする構えを取った時点で投げられた棒を回避できるようにしていた。
ノエルが立っていた場所に突き刺さる光の棒。維持がされなくなったことで霧散して消えてしまう。
武器を失ったゴーレム。
まだ左手に残っている一本があるものの再び隙を晒したと判断したノエルが距離を詰めるべく踏み込む。
「来た――!」
踏み込むべく足を止めることを予測していたゴーレム。タイミングを見計らって左手に持っていた棒も投擲する。
必要以上に強く踏み込んで身を屈めるノエル。
ノエルのすぐ横を光の棒が通り過ぎて行く。本当にギリギリで回避したため髪がわずかに焼ける。
「問題、ない――!」
【迷宮魔法:疾走】。魔力の消費と引き換えに加速する魔法。
ゴーレムの懐へ飛び込んだノエルが錫杖を突き出す。
(わたしの攻撃力や攻撃方法だとゴーレムみたいに硬い相手や意思のない敵に有効な攻撃を与えるのは難しい。だから狙うなら常に急所!)
ノエルの視線がゴーレムの股関節へと向けられる。
体を支える場所にダメージを与えることで行動不能にしようと追い込む。
ギィィィン!
「え……」
しかし、上から叩き落とされた光の棒によって錫杖は止められた。
「そっか……その棒は、手から出していたもんね」
ゴーレムの手から飛び出た光の棒。
エネルギーさえあればいくらでも再構成が可能で、光の棒を構成する為に消費されている魔力は総量から思えば微々たるものでしかない。
「こ、のっ……」
上から押さえ付けられた錫杖。
引き抜こうと力を込めるもののビクともしない。今は押さえ付けられる力に耐えるだけで精一杯。弾かれたり、下へ叩き付けられたりした瞬間に体勢を崩してしまうのをノエルは察していた。
そして、体勢を崩した瞬間にゴーレムは襲い掛かってくる。無理な姿勢での攻撃に本来なら敵も追撃が不可能になるところだが、ゴーレムの動きを思えば難しい姿勢から追撃を仕掛けてくる。
気の抜けない状況。
その状況を打破するべくゴーレムが両手の棒へ魔力を送り込む。
「きゃっ」
形を維持できる限界以上の魔力が込められたことで光の棒が弾け、衝撃がノエルを吹き飛ばす。
想定していなかった衝撃。
新たに構成した光の棒を前屈みになったままゴーレムがタイヤの力で突進してくる。
後ろへ倒れ込んでいる最中のノエルは、防御する暇もなく突進を受け止める。
「あぶな……!」
振り返って状況を確認するノエル。
そこには、たしかに仕留めたと思ったはずなのに攻撃が当たらなかったことで困惑している様子のゴーレムがいた。
論理的に考えられるゴーレムだからこそ、あり得ない事態に直面すれば困惑してしまう。
「わたしは、それなりに準備してきたんだよ。初めての遺跡、神獣たち魔物には頼ることができない。おまけに屋内なら【天候操作】だって力を発揮してくれないだろうから、地力を身に付ける必要があった」
ただし、与えられた時間は一晩のみ。
そこで自分一人で考えても仕方ないと思い、神獣たちと相談することにした。
マルスは頼りになるが、気楽に相談できる相手という訳ではない。同じ眷属であるシルビアを頼り、一つのアドバイスを受けたノエルは実現させるべく神獣たちと相談した。
シルビアから与えられたアドバイスは緊急回避術の模索。
シルビアと同様に身軽さを活かして回避するようにしているノエルは防御力も低い。だからこそ、回避できない状況になってしまった時でも回避する術を身に付けておいた方がいい。
自らの【壁抜け】を思いながらアドバイスをしたシルビア。
ノエルは自分なりの方法で緊急回避する方法を見つけた。
「【雷身化】。一時的に雷そのものへ変化する技」
ゴーレムが貫いたのは雷となったノエル。
雷であるため叩かれ、突撃されたとしても霧散するだけに終わり、雷を集めて肉体を再構成させることで回避することができる。
しかし、急拵えの技。それなりのデメリットがある。
「くぅ……」
体に残る電撃。
体が痺れ、心臓の鼓動が不規則になるのを感じていた。
雷獣から教わっていた雷を操る術から考案された緊急回避術。咄嗟の変化であるため、完全に元通りに戻すことができずにいた。ダメージがある状態で行うのも元の姿に戻れなくなる可能性があるため危険を伴う。
おまけに雷となっていられるのは一瞬。
攻撃に利用できるほどの精度はない。
ピピピッ――!
ノエルの状態から何度も使用できる技ではない、と判断したゴーレムが光の棒を構えたまま突っ込んでくる。
「上等ッ!」
ゴーレムに向かってノエルも駆ける。
ゴーレムの光の棒、ノエルの錫杖。
二つの武器が交錯する瞬間、ノエルの姿がバチィという音と共に消える。
目標を見失ったゴーレムだったが、冷静に状況を分析すると上へ向かって光の棒を交差させて構える。
「やっぱり、見つかったか」
天井スレスレに雷の状態から復帰したノエル。
ゴーレムは、その場所に現れたことを自分の死角から攻撃してボディを貫くことだと判断した。隙間を狙って上から落とされた攻撃ならノエルの攻撃でもゴーレムのボディを貫くことができるかもしれない。
上から落とされる攻撃を受け止める為に光の棒を構える。
しかし、防御しようとしたところで気付いた。攻撃するにしてもノエルの現れた位置が高すぎる。
「準備してきたって言ったでしょ!」
遺跡にゴーレムが現れることは知っていた。
だからこそ硬い相手も倒せる武器を用意していた。
「切り札――その2!」
ノエルの指に嵌められた収納リングが光る。
現れたのは2メートルの斬馬刀。それが上から落ちてくるノエルの手に現れたことで交差させた光の棒の上からゴーレムの体に叩き付けられる。
炎鎧が振り回していた斬馬刀。ノエルが振り回すには重たすぎ、持つだけでも苦労させられる。しかし、収納リングから出して上から叩き付け、狙いを調整するぐらいならノエルの力でも可能となっている。
狙いはゴーレムの胸の中心。
そこに魔石があるのは分かっていたため狙わない理由はない。
硬い装甲の上から貫かれた魔石を傷付けられたゴーレムが崩れ落ちる。
「おもっ……!」
狙いを調整するだけでも力を要した斬馬刀。
さらに隙を突いて上まで移動する為に【雷身化】を使用したことで電撃が体に溜まっていた。
おかげでノエルの体は、動き出せるほどの自由がなかった。