第15話 五体のゴーレム
遺跡の第三階層。
そこでは5体のゴーレムが何かの作業をしていた。
「なんだ……?」
ラチェットさんの見ている先には大型のゴーレムすらも入れるようなサイズの正方形のプールがあり、5体の人型ゴーレムが取り囲んでいた。
ちょうど回転する刃を装着したゴーレムが第二階層から上がってきた。
天井から吊るされたアームに掴まれたゴーレムの体を持ち上げるとプールの上まで移動させて放り込んでしまう。
プールの中にゴーレムが入れられたことを確認すると取り囲んでいたゴーレムたちの体からプールへ向かって光が放たれる。
それぞれのゴーレムが放つ光の色は違う。
五色の光に当てられたことでプールの水が極彩色に輝く。
「うわ……」
その色は『綺麗』というよりも見ている者に本能的な恐怖を与える。
遠くからプールの様子を見ていたラチェットさんが吐き気を催し、感受性の強いノエルが頭痛を覚えていた。
「大丈夫か?」
「わたしは大丈夫。それよりも、アレは放置しない方がいいと思う」
「ああ。ゴーレムが傍にいるならヤバイものだろうからな」
「ヤバイ……? そんなレベルの代物なんかじゃない」
ノエルの言葉の真意を問う前にプールの中からゴーレムが飛び出してくる。
回転する刃を持つゴーレムは俺たちを一度だけ見ると上がってきた場所とは別の場所にあるエレベーターを利用して第一階層へ下りて行った。
「なんだったんだ?」
ゴーレムの様子も気になる。
けれども、それ以上に気になるのは第三階層にあるプールだ。
「……命の水」
「それは、何ですか?」
何かを知っている風に呟いたブライアンさん。
「昔、文献で読んだことがある。古代文明時代に亡くなった人間を蘇らせる、永遠の命を手にする……そういった命に関する研究が真面目にされていたことがあるらしい。その中に出てきた特殊な液体だ」
高純度の魔力を含んだ液体を取り込むことで命を得る。
その研究は途中までは成功し、死体に取り込ませることで新たな命を得るところまでは成功した。
「問題は、望んだ結果ではなかったというところだ」
死体は心臓を脈動させ、明確な意思を持って人と接した。
ただし、蘇った人格は生前のものとは全く異なっており、何度も実験して生まれた人格はバラバラ。蘇った人たちは本当に新たな命を得ただけで、生前の状態のまま蘇ったわけではなかった。
そして、最も厄介なこととして蘇った人々は人を襲わずにはいられない衝動に襲われるようになる。武器で無抵抗な人であろうと惨殺し、武器がなければ己の肉体がどれだけ傷付こうと攻撃を続ける。
その姿は完全に魔物だった。
人を蘇らせることはできなかった。
新たに生まれた命は魔物でしかなかった。
その事実に行き着いた時、命の水に関する研究は頓挫した。
「けれども、命の水について知った時に私は思いました。魔物を生み出すことを目的にしているなら、これほど効率的なものはない」
魔法使いとして興味を惹かれた。
しかし、大災害によって『命の水』も失われてしまったため興味を持つだけに終わってしまった。
「まさか、実在していたとは……!」
ゴーレムを『命の水』のプールへと入れ、新たな命――魔石を体内に宿すことによってゴーレムを完成させる。
魔石を保管しているにしても製造できる数には限りがある。
だが、ゴーレムの数が尽きる気配がないのには魔石を大量に用意することができるシステムが完成されていたからだった。
「ここはゴーレムの製造工場なんかじゃない! 『命の水』を研究する為の施設だったんだ!」
興奮した様子のブライアンさん。
『命の水』がある場所へ近付いた瞬間に光を浴びせていたゴーレムが整列して立ちはだかる。
「君たちは、『命の水』の守護者かな?」
尋ねながら問答無用に手から光の線を放つ。左から右へと払われたことで動いた光の線がゴーレムの体を両断する……はずだった。
「おや?」
左端に立ったゴーレムの両手から飛び出してきた二本の光る棒によって受け止められ弾かれる。
受け止めたゴーレムの隣に立ったゴーレムの両腰に取り付けられた砲門から砲弾が発射される。
ブライアンさんの手からばら撒くように放たれた光の球。
砲弾と光の球が衝突して爆発が起こる。
「どうやら君たちにとって『命の水』はよほど大切な物らしい」
爆発によって発生した煙を突き破って手に光の剣を携えたゴーレムが現れる。
視界が塞がれた状態での接近だったため気付けなかったブライアンさん。だが、接近したゴーレムの腕へ叩き付けられた爆発がブライアンさんを助ける。
「おい、興奮するのは結構だが目的を見失うんじゃねぇよ」
「目的? ギルドからの依頼など『命の水』を前にすればどうでもいい」
「な、に……?」
「アレがあれば老いとは無縁になれる。貴方だって自らの体が老いていくのは辛いでしょう」
「……!」
ブライアンさんとラチェットさんは既に40代。
肉体的には冒険者を続けるのは難しい。これまでに貯め込んだ資産、Sランク冒険者にまで昇格した功績によってギルドで後進育成に努めたり、大きなパーティを結成して後方支援に徹したりと金に困るようなことには引退してもならない。
ただし、冒険者を続けたい者にとって老いは苦痛になる。
自分の体で動き回りたい、弱くなる自分を直視したくない。
しかし、どれだけ敵視したとしても生命である以上は老いから逃れることはできないし、打ちのめすこともできない。
「たしかに俺も老いは恐い。それでも、受けた依頼を蔑ろにしたり、人間を辞めたりしてまで手に入れたいとは思わない」
ゴーレムに新たな命が与えられるところを目撃した。
あそこにある『命の水』が本物であることは疑いようがない。
しかし、先ほどブライアンさんが説明したように『命の水』の研究には失敗しており、得た人間は老いとは無縁になれるのかもしれないが、魔物と同様の存在となってしまう。
そうなれば冒険者の手で遅かれ早かれ討伐しなければならなくなる。
冒険者であるブライアンさんにはしっかりと分かっていた。
「いいでしょう。遺跡の攻略を優先させることにします」
ドガァ!
キィッ!
それが分かっているなら手伝ってほしい。
「二人とも言い合うのはそこまでにしてください」
魔力を棒状にして固めたゴーレムの攻撃をノエルが防ぎ、弾いて体勢を崩したところへ錫杖を叩き込む。が、硬い体には傷一つつかない。
飛んできたミサイルをアイラが斬り、接近すると剣を振り下ろすが、目に見えない妙な力が剣を押し返してゴーレムの体まで届かない。
ゴーレムの指先から撃たれ続ける弾丸を巧みに回避しながら冷気を浴びせていくイリス。凍らせて動きを止めようとするが、ゴーレムの体から放たれる熱によって思うように凍らせることができない。
二本の剣を振り回し、タイヤで床を滑るように動き回るゴーレムからの攻撃をシルビアが全て捌いている。シルビアの方が速いが、ゴーレムは造られた体であることを活かして人間ではあり得ない角度から攻撃を放つ。
最初の位置から動かず後ろから攻撃を放つゴーレム。両手から炎と電撃、頭部にある目から光の線が放たれてシルビアたち全員を攻撃しようとしている。しかし、それらの攻撃は全てメリッサによって相殺されてしまっている。
眷属の5人がゴーレムの相手をしている。
主である俺としては助けに入りたいところなのだが……
「こんな奴、問題ないかな」
「私たちだけで十分」
「ご主人様は休んでいてください」
「そうそう。まだ三階なんだから」
「この遺跡の主は確実にいます。温存できる戦力は温存するべきです」
眷属からの忠告が入った。
「それよりも先へ進む為の手段を探してください」
「いいのか?」
「もしも、このゴーレムを倒せなかった場合には無視して先へ進む必要があります。上へ行く手段は知っておく必要があります」