第9話 侵入者を報せる警報
遺跡の床と壁は異様に硬い。
それもそのはずだ。内部は金属で構成されており、強く踏みしめても床から硬い感触が返ってくるだけ。これなら派手な攻撃をしても簡単に崩壊するようなことにはならない。
入口の先は左右と正面、斜め左右にそれぞれ通路が続いている。
おまけに5つの通路は広い。通路の先がどうなっているのかも見ることができないため奥までかなりの距離があるのは間違いない。
「普段の遺跡攻略なら財宝を求めて隈なく探索する。だが、今回は攻略のみ考えていく必要がある」
ラチェットさんが魔力回復薬で失った魔力を回復させながら尋ねてくる。
ちょっと中毒になっているのではないか、と疑うほど飲み続けている。何が起こるのか分からない遺跡内であるため万全にしておきたい気持ちも分かるため強くは言えない。
顔色の悪い状態で取り出されたのは遺跡の地図。
攻略に挑んだ冒険者たちが作成してくれた地図が渡されていた。
「高かったんじゃないですか?」
未知の場所を探索して得られた情報。
それは、彼らにとって財産となるため簡単に渡せるようなものではないため遺跡や迷宮に挑む冒険者の中には地図を渡すことで利益を得る者もいる。
「いや、今回は無償で譲り渡してもらった」
攻略ができなかったのは遺跡の難易度が高いためだったが、それでも依頼を失敗に終わったのは事実。彼らの尻拭いをするため地図も無償で提供して貰えた。
「最初から地図があるのはありがたいですね」
「どこから進むべきか……」
5つの通路。
通路の広さを考えると外から見えた遺跡の大きさを越えている。遺跡内部で空間が歪んでいるため外から見たよりも広くなっている。
地図によれば通路の先に広い部屋がある。ただし、探索した時に広い部屋で何かを見つけることは叶わなかった。おまけに地図が完成しているというのに上の階層へ行く為の出口が見つからない。
「考えられるのは二つ。どこかで見落としたか地図が完成していないか」
真っ先に考えたのは壁の向こう側に隠し部屋が存在していること。
ただし、壁が硬いことを考えると破壊して向こう側を確認するのは難しい。
「この赤い点は何ですか?」
地図には赤い点がいくつか記されていた。
「ああ、これは……」
ヴ――ン、ヴ――ン……!
「なんだ!?」
攻略方法を考えていると遺跡内に警報が響き渡る。
『警告。第一階層ニ侵入者アリ。警備兵ハ迎撃セヨ。尚、コレヨリ全トラップ起動スル』
同時に聞こえてくるのは硬い声。
『繰リ返ス。第一階層ニ侵入者アリ。警備兵ハ迎撃セヨ。尚、コレヨリ全トラップ起動スル』
「は? コレは奥へ行ってからの話だろ」
事前に冒険者たちが探索した時は奥まで進んだところで警報が鳴り響いた。それからゴーレムが大量に現れるようになり、冒険者たちは撤退せざるを得なくなったらしい。
二つの意味でタイミングがおかしい。
「事前に聞いていたタイミングと違う。それに侵入者を報せる警報なら、どうして今のタイミングなんだ?」
侵入者を報せるなら侵入した直後でなければおかしい。
何か今のタイミングでなければいけない理由がある。
「やっぱり監視されているらしい」
地図のある場所を指差した直後に警報が鳴った。
まるで出口を知られるのを恐れて警報を発動させたみたいだ。
ガシャン、ガシャン……!
左右の通路の奥から金属の鎧が歩く音が聞こえる。
ただし、その音を立てているのは騎士などではなくゴーレム。広い通路を塞ぐようにして整列したゴーレムが迫ってくる。
「……走れ!」
ラチェットさんが叫び俺たちも正面に向かって走る。
直後、俺たちがいた場所を無数の弾丸が通り過ぎて行く。あの場に留まったままなら蜂の巣にさせられていた。
数万発という弾丸が衝突する。
「うわ、弾丸って一発だけでも高価なんですよね」
「それを惜しみなく使えるだけの力があるんだろ!」
真っ直ぐ走っていると騎士の姿をしたゴーレムが立ちはだかる。
ラチェットさんが拳を握ってゴーレムを倒そうとする。
「退いて」
走るラチェットさんを押し退けて前へ出ると神剣で両断する。
外の戦闘で俺の脅威度は上がっているはず。なら、実力を隠す必要はない。
「どこへ行けばいいですか!?」
「地図は頭に叩き込んであるか」
「はい!」
地図の暗記など冒険者にとっては必要技能だ。
廊下を再び走りながら説明してくれる。
「あの地図は探索した冒険者たちが作った地図を合わせた物だ。だから精度はかなり高いと思っていい。さっきの赤い点は前回の探索時に警報が鳴った時、冒険者たちがいた場所だ」
出口が知られることを恐れて警報を鳴らした。
なら、前回も警報が鳴った時に冒険者たちがいた場所に何かしら手掛かりがある可能性が高い。
探索に参加したのは12組のパーティ。
そのうち7組が何もない廊下におり、5組が広い部屋にいた。壁の向こう側に隠し部屋があることまで考慮するなら廊下も可能性はあるが、それよりも広い部屋に何かある方が可能性は高い。
「そこへ急いで行こう」
「それがいいですね」
方針を決めたところで地図を頭の中に思い描く。
最も近い場所は、次の角を左へ曲がった先にある部屋だ。
――ガコン!
「……ん?」
走る足が沈み込む。
不信感を抱く間もなく足元で爆発が起こる。
「ぐわっ!」
すぐ隣を走っていたラチェットさんが巻き込まれて吹き飛ばされる。
「ご主人様!?」
「マルス!?」
至近距離で爆発の直撃を受けた俺を心配してシルビアとアイラが駆け寄ってくる。
「大丈夫だ」
幸いにして足に火傷を負うだけで済んだ。
「でも……」
「さっきの警報を聞いていただろ」
遺跡内に響いた声は「全トラップ起動スル」と言っていた。
当然、床や壁に対してトラップへの警戒をしていた。
「何が飛び出してくるのか分からないからな。体を魔力で覆っていたんだ」
即座に防御ができるよう防御力を高めていた。
まさか、踏んだ瞬間に床が沈み込んで落ちた場所の周囲に埋め込まれていた爆薬が起爆する仕組みになっているとは思わなかった。
「トラップならわたしが気付くべきなんですけど、すみません」
「気にするな。今はそんなことを言っている場合じゃない」
メリッサに回復魔法を掛けてもらって火傷を癒す。
それよりも気になるのは吹き飛ばされたラチェットさんだ。ブライアンさんに助けられて体を起こしていた。
「俺も大丈夫だ」
「でも、かなり近くで爆発していましたよ」
「あの程度のトラップに対処できないようでSランク冒険者になれるか」
爆発を察知した瞬間、後ろへ跳んで逃れていた。
ただ衝撃を完全に逃がし切ることができずに飛ばされてしまった。
「それよりも気を付けろ。報告だとトラップの存在はなかった。けど、敵が自由に起動させられるらしくて今は生きている」
トラップの存在が事前に分かっている時は警戒しながら進んだ方がいい。特にここのように殺傷能力の高いトラップが相手の場合は猶更だ。
しかし、そうも言っていられない。
「おいおい……人型のゴーレムだけじゃないのかよ」
後ろからガシャガシャと音が聞こえる。
これまでに聞こえていたゴーレムとは異なる音に振り返れば10体の犬型ゴーレムが迫って来ていた。
まるで猟犬のような姿をしたゴーレムが赤い目を光らせながら迫る。




