第8話 遺跡の門番
遺跡の前に姿を現した巨大ゴーレム。
基本的な形は今までに見たゴーレムと変わらず大きいだけ。違う点は、圧倒的に大きいことと今までのゴーレムが人間の頭部を模倣していたにもかかわらず、円筒のような物が頭の代わりに取り付けられており、円筒の正面にある真っ赤な単眼が輝いていることぐらいだ。
人間の形を離れたことでゴーレムらしさが増している。
周囲の景色は違う。それでも離れた場所にある遺跡は以前に見た遺跡と似ていることから同じような場所だと判断していた。
けれども、その判断は間違いだったと痛感させられた。
ここは全く異なる場所だ。
「チッ、こんな仕掛けがあるなんて聞いたことがないぞ」
ベテランのラチェットさんでも知らない仕掛け。
何が起こるか予想できず身構えていると肩に取り付けられた6本の腕を掲げる。人間と同じように肩から下へと伸びる腕、肩の前後に取り付けられた4本の腕。
それらが接合部の周囲から炎を噴き出すことで体から離れて空を飛び回る。
「は?」
あまりに唐突な出来事にラチェットさんが困惑して言葉を漏らす。
大空を飛び回る巨大な腕。人よりも大きいため上から落ちてくるのを受け止めるようなことをすれば無事では済まされない。
「破壊する」
ブライアンさんの手から光の線が放たれる。
上空から落ちてくる腕を貫くかと思われた光の線。しかし、ゴーレムの手に直撃した瞬間に弾かれてしまった。
「外のゴーレムは貫けたのに……硬い!」
「いいえ、そうではありません」
弾かれたことに動揺するブライアンさん。
けれども、メリッサはしっかりと見抜いていた。
「あの腕を覆うように障壁が張られています。しかも、お二人を脅威と見做した敵は攻撃される瞬間、確実に防御できるよう障壁の力を強めました。並の魔法では障壁に弾かれてしまうでしょう」
「では、障壁を貫けるほど強い魔法を使えば……」
「それほどの時間的余裕がありますか?」
メリッサがブライアンさんの腕を掴んで横へ跳ぶ。
二人が立っていた場所をゴーレムの腕が通り過ぎて行き、地面を削りながら飛んで行く。
回避されても諦める様子はない。
別の腕がブライアンさんへ狙いを定めて襲い掛かってくる。その間に通り過ぎて行った腕も旋回して再び狙いを定める。
どこまでも追い掛けてくる腕。
これから完全に逃げ切る方法は一つしかない。
「進め――遺跡へ駆け込むんだ!」
遺跡の正面には入口と思しき扉がある。
かなり大きめに作られているが、追いかけてくるゴーレムの腕よりも小さい。少なくとも屋内へ逃げ込んでしまえば炎の噴出を利用した推進力で追い掛けてくることはできない。
目的地は同じ。ただし、空を飛び交っているゴーレムの腕から逃れるためバラバラに逃げる。
ゴーレムの側面へ回り込む。
どうやら腕を飛ばす機能は持っているが、本体が動き回れるような能力はないのか追ってくる気配はない。
このまま後ろへ回り込めば……
「……!?」
誰かにジッと見られている気配を感じて顔を横へ向ける。
そこにいるのは正面へ顔を向けたままのゴーレム。だが、正面にある目とは別に斜め後ろに赤く輝く目が取り付けられていた。
左右の斜め後ろに一つずつ。
死角をカバーするように取り付けられた目が向けられている。
右へ駆け抜けた俺とシルビア、イリスにラチェットさん。
左へ駆け抜けたアイラとノエル、メリッサにブライアンさん。
それぞれへ赤い目が向けられている。
お互いの視線が交差したことで、目の奥にある球体が小さくされるのを捉えることができた。
「マズい……!」
咄嗟に足を止めて剣を抜く。
もう実力を隠すとか、そんなことを言っていられる場合ではない。
反対側ではアイラが俺と同様に剣を上に構えている。
直後――二つの目から真っ赤な光の線が放たれる。
剣を振り下ろして光を斬る。
神剣、アイラも【明鏡止水】を使用しているおかげで放たれた光を斬ることに成功した。
「大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない……」
しかし、完全に防げた訳ではない。斬って後ろへと逸らされた光の一部がラチェットさんの脇腹を掠めていた。血が流れ続けているため早急な処置が必要だ。
ただし、ゴーレムの腕が飛んできている状況で治療は不可能だ。
まずは抱えても遺跡へ駆け込む必要がある。
「全員、遺跡のある方向へ走れ!」
メリッサに手を引かれながら走るブライアンが杖を掲げる。
すると、杖から強烈な光が放たれて周囲一帯を覆い尽くしてしまう。視界が真っ白な世界へと変わり、何も認識できなくなる。
『【光魔法】の【光燐世界】です』
一定範囲を光で覆い尽くすことによって何も見えなくする魔法。
俺やイリスの知らない魔法だったが、メリッサは知っていたらしく効果時間が1分程度しかないことまで併せて教えてくれる。
遺跡のある方向は覚えている。真っすぐ前へ進むだけでいい。
「……なんて、言っている場合じゃないぞ!」
後ろから迫る気配に身を屈めると頭上をゴーレムの腕が通り過ぎて行く。
さらに体を転がして横へ移動すると焼け焦げた匂いが立ち込める。さっきまでいた場所が光の線に撃ち抜かれた。
上半身を起こして光の飛んできた方向を見る。
「見えているな」
俺にもゴーレムにも何も見えていない、はず。
それでも赤い目と視線が合ったような気がした。
「斜め後ろから続けて2本の腕が迫ってくる」
開けていても何も見えない。
不要な情報を遮断する為に目を瞑って回るとすぐ傍をゴーレムの腕が通り過ぎて行く。
そうして、腕を掲げると手にゴーレムの腕が当たり受け止める。
「【光燐世界】は世界から視界を一時的に奪い取ることのできる強力な魔法だ。けど、奪い取ることができるのは視界だけだ。俺たちの視界が潰れたところを逆に利用したつもりなんだろうけど、その腕が出している音や気配までは完全に消し切れていない」
ゴーレムの腕を握る手に力を込める。
装甲が剥がされる腕が逃れようと炎をあちこちへ全力で噴き出している。
だが、こちらもその程度で逃がすつもりはない。
「他の腕はどうした?」
俺が押さえているのは1本の腕のみ。
他の5本の腕は全く別の場所を攻撃していた。
ドゴン、ドゴン、ドゴン、ドゴン、ドゴン!
地面をゴーレムの腕が穿つ音が響き渡る。
『ゴーレムは熱で位置を特定しています。それに、対象を特定する能力もあるようです』
魔法で熱を生み出したメリッサ。それも俺と同じような熱を所持させることでゴーレムの認識を誤認させている。
認識を誤認させられたゴーレムは何もない場所を攻撃している。
『それはいいことを聞きました』
「お」
ゴーレムの動きが止まった。
炎の噴射には動力を大量に消費している。常に動力源である魔石から魔力を供給されていたから無茶な飛び方を続けることができていた。それも魔石が喪失すれば続けることができなくなる。
動かず鎮座していたゴーレムも機能を停止させて倒れる。
「――時間です」
【光燐世界】が解除されて元の世界へと戻る。
倒れたゴーレムの傍に立つシルビアの手には1メートルサイズの巨大な魔石が握られていた。
「お渡しします」
渡されたため道具箱へと収納する。
どれだけ優れた防御力を持つ者であろうとシルビアの【壁抜け】の前では意味を成さない。おまけにシルビアのことは完全に敵として見做されていなかったため目を潰されていたゴーレムは近付くシルビアに気付くことができなかった。
「お前ら、何をしたんだ……?」
「倒したのか?」
仲間たちの間では情報を共有していたため何をしたのか分かっている。
しかし、視界まで完全に潰されていたラチェットさんとブライアンさんにとっては気付いたら門番みたいなゴーレムが倒されていたようなものだ。
「どうやら、このゴーレムが敵の切り札みたいなものだったみたいで増援は本当にないみたいですね」
「ああ。だが、中にわんさかいることも考えられる」
遺跡の前に立って改めて見る。
四角錐の建造物。外から見る限り、階層の大きさは5つに分かれているように思える。中は迷宮のように亜空間になっているので外から見た大きさは当てにならないが、5階層の遺跡だというのは予想できる。
「敵が何者か知らないけど、かなり危険なことは間違いないな」
人形がわんさかいる遺跡へと足を踏み入れる。