第7話 境界線の奇襲
「行くぞ」
ラチェットさんとブライアンさんを先頭に次元の裂け目を跳び越える。
向こう側には離れた場所に遺跡と思しき建造物があるだけで何もない。真っ白な地面の荒野がどこまでも広がっているだけ。
「……離れろ!」
ラチェットさんの言葉に足を止めて身構える。
すぐに言葉の意味を察した。境界線を越えた場所、その左右に体長5メートルはある巨大な人型の人形が鎮座していた。
敵は戦力を出し惜しみしていた訳ではない。
境界線を越えて現れた相手を確実に葬る為に待機していた。何らかの方法によって向こう側の様子を知ることができる存在だからこそできる芸当だ。
俺たちの誰も待ち伏せされていたことに気付けなかった。
「二人とも!」
待ち構えていたゴーレムが両腕を振り落とす。
巨体から繰り出された拳が地面を砕いて吹き飛ばす。
「どうやら無事みたい」
「お……」
イリスの言葉にゴーレムの拳が落とされた場所を見れば、ブライアンさんは光の障壁で耐え、ラチェットさんは拳の向こう側へと移動していた。
「拳が落ちる直前に地面を砕く音とは別に爆発音が聞こえた。たぶん自分の爆発で逃れていたんだと思う」
終焉の獣には勝てなかった。
それでもゴーレムの急襲に対応できるだけの力があるのはSランクだからこそだろう。
「た、助けてくれ……」
障壁でゴーレムの重さに耐えているブライアンさん。
魔法的な攻撃への防御力は優れているが、物理的な攻撃による防御にはそれほど強くない光属性の障壁ではいつまでも耐えられない。
ブライアンさんが耐えることでゴーレムの動きを止めることができていた。
「待っていろ! くっ……」
ブライアンへ攻撃しているゴーレムへ駆け寄ろうとするラチェットさん。
しかし、その前にラチェットさんを攻撃したゴーレムが立ちはだかる。
「俺たちには目もくれない、か」
外では二人ばかりが目立って戦ってくれた。おかげで俺たちは戦闘後に後片付けを手伝った要員のように見えたはずだ。
つまり脅威と見做す必要がない存在。
「やっぱり外の様子を知る術がありそうだな」
待機させておくだけなら疲労などないゴーレムなら何時間だろうと耐えることができる。
しかし、俺たちが境界線を越えた瞬間にはゴーレムの腕は振り上げられていた。さすがに振り上げた状態を何時間も維持し続ければ体に負担が掛かり、いつかは壊れてしまう可能性がある。疲労はないが、負担の掛かる状態を維持し続ければエネルギーの消耗は早まる。
指示を出していた存在は、消耗を無視できるようでないのなら戦闘後で増援がないことを知った後でも警戒を解いていない俺たちについて知っていた。
「助けは必要ですか?」
救援に駆けたいラチェットさんに尋ねる。
「問題ねぇ!」
ゴーレムの攻撃をギリギリ回避すると地面へ叩き付けられた腕を軽くトン、と叩く。すると、肘の辺りで爆発が起こり腕をもがれる。
片腕を失っても無視して残りの腕を振り回して攻撃しようとする。
しかし、それよりも早く懐へ飛び込んだラチェットさんが拳を叩き込む。
振り抜かれた拳は衝撃を発生させてゴーレムの体を粉々に吹き飛ばす。
「外で出てきたゴーレムよりも大きかったんだけどな」
大きさなどものともせず吹き飛ばせている。
ゴーレムの1体が倒された。
その事実にゴーレムが焦った訳ではない。ゴーレムへ指示を飛ばしている存在が焦ったことによりブライアンさんを攻撃しているゴーレムが障壁を叩いている腕に込めている力を強める。
限界以上の力を引き出したことでギチギチと体が悲鳴を上げている。人間なら悲鳴を上げるようなダメージにも構わず力を強め続ける。
「一つのことに集中し続けられるっていうのも問題だな」
腕から発生させた爆発の衝撃を利用してゴーレムの頭部へ飛び移るラチェットさん。
爆発を発生させられる腕を頭頂部へと叩き込むと魔力を流し込む。
やはり、先ほどのゴーレムと同様に内側から発生した爆発によって粉々に吹き飛ばされる。
「どうやら自動修復機能は備わっていないみたいだな。おかげで助かった」
収納リングから魔力回復薬を取り出すと一気に飲み干す。
「さすがに、この大きさを一撃で爆発させるのはしんどい」
爆発の規模は流し込んだ魔力の量によって変わる。
同じような攻撃を俺は知っていた。
「マルスの使う【魔導衝波】に似てない?」
ラチェットさんの攻撃を見たノエルの感想は正しい。
対象の体内へ魔力を送り込んで衝撃と変える。ラチェットさんの場合は爆発魔法となる魔力を送り込むことによって衝撃ではなく爆発を発生させている。
それでも原理は同じだ。
「お、【魔導衝波】について知っているのか?」
「その……俺も使えるんです」
「そうか。王都で見た時はそこまでの余裕はなくて俺たちと比べて異様なほど強いことぐらいしか分からなかったけど、お前もコレを使うのか。俺以外だと初めて見たよ」
笑いながら拳を顔の前で掲げるラチェットさん。
今まで【魔導衝波】を扱う者が自分以外におらず、初めて会えたことを嬉しく思っていた。
俺も自分以外では初めて見た。
扱いの難しい【魔導衝波】。ミスによって逆に体がズタズタに引き裂かれる可能性もある。そんなリスクを負うぐらいなら別の方法を模索するのが一般的なのかもしれない。しかし、扱えるようになればこれ以上に強力な攻撃はない。
「俺は【魔導衝波】をDランク冒険者で燻ぶっている頃にギルドの資料室で見つけたんだ。高位の魔法使いになれるほどの魔力量を持っていない俺にはすごく助かる技術だったさ」
ラチェットさんの魔力量では純粋に攻撃系の魔法を放とうとすればCランク程度が限界。一般的な魔法使い並には使えるものの高位の魔法使いを目指していたラチェットさんは絶望した。
その後、実力も上がらなくなり冒険者ランクも上げられなくなる。
打開策を模索する為に冒険者ギルド内にある資料室に何週間も籠っているうちに見つけた古い文献に載っていたのが【魔導衝波】だった。
少ない魔力だったとしても相手の内側へ魔力を送り込む技能さえ身に付けていれば少ない魔力量でも大きなダメージを生み出すことができる。
資料を見つけた後は体を苛めるような訓練の末に【魔導衝波】を体得することにする。
「けど、俺の魔力量だとそのままの魔力を送り込んでも威力が足りなかったんだ」
どこまで行っても纏わり付く魔力量の少なさ。
そこで爆発を起こす魔法を発動させる為に必要な魔力を送り込むことで威力の底上げを行った。
ラチェットさんの魔力量では2体のゴーレムを倒すと息切れを起こしてしまう。だから収納リングには何本もの魔力回復薬が常備されていた。
「お前はどこで身に付けたんだ?」
「資料を偶然にも手に入れたんで、そこから一人で訓練しました」
迷宮が生み出すことのできる財宝の中に【魔導衝波】について記載された文献があった。
資料を手にして黙々と打ち込み続ける日々は今となっては懐かしい。
「ま、それでもいいさ」
どうにも俺の言い分に納得していないようだった。
「それよりもなるべくお前たちの力は温存していくぞ」
「敵は都合がいいことに勘違いしてくれている」
二人が言うように敵はラチェットさんとブライアンさんへ狙いを定めていた。
脅威の判定を誤っている内に少しでも先へ進む作戦だ。
「見渡す限り何もない荒野。さっさと遺跡へ行くことにしよう」
ブライアンさんも魔力回復薬を飲み干した。
二人とも持久戦をするつもりがないらしく、先へ進むことを優先させている。
「……ん?」
「地震か?」
地面が揺れているのを感じる。
ここは俺たちがいた世界とは全くの別世界。突発的に地震が起こったとしてもおかしくない。
「いや、地震じゃないぞ」
地面が割れて空洞となっていた地面の下から『何か』がせり上がってくる。
「おいおい、これは……」
「デカいにもほどがあるな」
全長20メートル。
巨大な6本の腕を備えたゴーレムが遺跡へ進む俺たちを阻むように姿を現す。