第1話 雲海-前-
『鬼』を討伐したことによる報酬。
彼らが身の内に抱えていたエネルギーである“穢れ”は神気に準じた力を保有していた。そこから得られる魔力は凄まじく、メンフィス王国から戻って落ち着いた後すぐに【魔力変換】を行った。
『結果発表~』
鬼人一体につき約1000万の魔力が得られる。
アヴェスタでは数十体、王都では500体近い鬼人が生み出されていた。それらの生み出した“穢れ”を全て回収できた訳ではない。それでも、回収できた分だけでもかなりの魔力が得られた。
迷宮の最下層で【魔力変換】して得られた結果を聞く。
『今回の騒動だけで約40憶の魔力を貯めることに成功したね』
やはり、神様関連のトラブルは稼げる。
『で、どうするの?』
維持費や余裕を持たせることを考えて3階層ぐらい追加するつもりでいる。
それよりも楽しみなのは次の階層から自分の思い描いたフィールドを追加できることだ。
現在、コツコツと貯め込んだ魔力を使って迷宮は85階まで拡張している。俺が迷宮主になった時は既に82階まであった。そのため85階まで廃都市フィールドを広げることが決められていた。しかし、86階からは別のフィールドを設定することができる。
地味に練っていた構想を広げる時!
「新しいフィールドですか……ここまで深い階層となると採取や財宝を目的に訪れる冒険者を呼び寄せる為の構造よりも最下層へ到達させない為の構造にした方がいいですね」
メリッサが独り言を呟きながら思案している。
こんなに早く86階まで到達できるとは考えていなかったため考えてあることを伝えていなかった。
「俺がやりたいようにやっていいか?」
「はい、問題ありません。この迷宮は主の迷宮ですから」
せっかく俺の為に考えてくれていたところを申し訳ないけど、以前から考えていた階層を追加する。
☆ ☆ ☆
そこは、どこまでも青空が広がっていた。
「いやいや……地上から綺麗な空を眺めているなら問題ないんだけど、あたしたちのいる場所が青空なんですけど!」
立っている場所の縁に立って下を見たアイラが叫んだ。
俺たちは今、新しく拡張した86階を訪れていた。
空に浮かんだ小島。土がむき出しの状態で全長100メートルの島が空の上に浮かんでいる。島が浮かんでいられる原因については分からない。迷宮の力でそのような空間を生み出すことが分かっていたため生み出させてもらった。
小島の上には芝生が敷かれており、休めるように小さな家が建てられていた。
家の隣には上層からの転移魔法陣がある。
「廃都市を攻略した奴は、島の中心にある転移魔法陣の上へ移動させられる。ここはフィールドにいる魔物に襲われる心配のないセーフエリアにするつもりだ」
別の階層から空を飛べる魔物を【召喚】する。
「よいしょっと」
次から次に現れる空飛ぶ魔物たち。
鳥型の魔物を中心に【召喚】しているのだが……
「いや、アレ高山フィールドにいるボスクラスの魔物よね」
アイラが悠々と空を飛んでいる魔物に気付いた。
鉄鋼鷲。
何時間でも空を飛び続けることが可能な持久力。人間が倒す為には遠距離攻撃によって討伐するしかない。しかし、その名が示すように異様に硬い体をしている。そのため普通の弓矢なら簡単に弾かれてしまうし、魔法にも耐え切ることができる防御力を持っている。
それでいて速い上に好戦的。自分を狙う相手に気付いたなら身構えて襲い掛かってくるようになっている。鉄のように硬い鉤爪に斬り裂かれて、傷を負ったところを空へ持ち運ばれてしまう。
高山フィールドでは稀に遭遇するボスとしてフィールドを飛んでいる。普段から高山フィールドを探索している者が倒すことによって破格の経験値が得られるぐらいには強力だ。
今回は、そんな彼らを招待させてもらった。
合計で10体の鉄鋼鷲が整列する。本来なら好戦的な鉄鋼鷲が人間を前にして整列するなどあり得ないのだが、迷宮で生まれた魔物は迷宮主に従わなければならない。
「お前たちにお願いしたいのは、他に喚んだ魔物たちの統率だ」
86階に出現する魔物はそれほど強くないようにするつもりだ。具体的に言うなら31階~35階の高山周辺を飛んでいる鳥型の魔物と同程度の強さを持つ魔物を大量に用意する。
本当に恐ろしい魔物が出現するのは88階からにするつもりだ。
雲海フィールドまで到達するほどの実力を持つ者が弱い魔物を倒して油断し、進むことに苦戦したところを強力な魔物でサクッと倒す。
「ところでゴールはどこなの? まさか、この小さな島のどこかにある訳じゃないわよね」
全長100メートルしかない小さな島。
探索はあっという間に終わってしまう。
「まさか」
こんな簡単な探索があるはずない。
「あそこ、ですね」
シルビアが島の外を指差す。
迷宮は最下層へ向かって魔力が流れている。迷宮に慣れ優れた探知能力を持つ者なら魔力の流れを辿ることで攻略する方向を知ることができるのだが、シルビアには既に簡単になってしまったらしい。
「……どこ?」
シルビアに示されてもアイラにはどこのことなのか分からない。
島の外には青空が広がっているばかりで、他には雲があるばかり。下は途切れてしまったように真っ黒になっている。落ちてしまった者は確実に助からない仕様になっている。
「まさか、アレ?」
「……さすがに酷くありませんか」
イリスは持ち前の視力で、メリッサは魔法で遠くの景色を拡大させることで気付いた。
拡大させた景色を後ろからアイラとノエルが覗く。
「げっ」
レンズに映し出されていたのは薄らと光る雲。
「あの雲の上に転移魔法陣がある」
「いや、あんな場所までどうやって行くのよ。あんたたちみたいに空を飛べる人なんて稀なんだからね」
「大丈夫。ちゃんと道を用意してある」
島の縁まで移動すると近くにあった雲の傍へ向かう。
普段は気にも留めることがない空に浮かんでいる雲。強いて違いを挙げるとしたら普通の雲よりも濃い白色をしていることぐらいだ。
「せ―――の」
ピョン、と飛び移る。
「え、ちょっと……!」
雲に人が乗れる保証などない。
それでも飛び移った俺の行動を信じられなくてアイラが手を伸ばすけど、残念ながら空を切る。
……いや、ちゃんと乗れることを知った上で飛び移ったんだけどね。
「この階層にある雲は特別製だ。人間が乗っても壊れないようになっている」
雲の大きさはバラつきがあるものの20~40メートルほど。
雲と雲の間は少し離れているものの迷宮の攻略を考えられるような者なら十分に飛び移ることができる程度に距離を抑えている。
「分かったな。こうして雲を飛び移りながら転移魔法陣のある雲を目指すんだ」
それが雲海フィールドの攻略方法。
「それだけ?」
「ちなみに忠告が一つ。雲は、乗ってから10分が経過すると自然と消滅するように設定してあるから長時間同じ場所に留まっていることはできないんだ」
飛び移っていくだけなら難しくない。
しかし、落ちてしまえばどうなるのか分からない恐怖と戦いながら襲い来る魔物へ対処をしなければならない。魔物への対処を同じ場所で行ってしまうと10分が経過して落とされてしまうかもしれない。時間を気にして焦った侵入者が足を滑らせて落下してしまう可能性もある。
「ここは恐怖に耐えながら、どれだけ正確に先へ進み続けることができるかを試す階層なんだ」
欲望を刺激する為に雲の中に宝箱が隠されていることもある。
時間を稼ぐ罠はいくつか用意させてもらうつもりだ。
「で、ゴールまで辿り着くと次の階層にある島へ行くことになる」
再び雲海のある青空を見ることができる島へと移動する。
島内の景色は先ほどと一緒。しかし、島の外に広がる景色は一変していた。
「……雲、ないんだけど」