第43話 王のいる港町
メンフィス王国の南部にある港町――デュポン。
国内でも王都に次いで栄えていると言ってもいいぐらい発展した都市で、様々な国から商品を乗せた船が寄港しているため騒がしい。
あれから一週間。
女神ティシュアが暴れたメンフィス王国。ある程度は落ち着いただろうと思い海の上を飛んでデュポンを一人で訪れていた。
が、以前訪れた時とは違った騒がしさを見せていた。
都市内の道は大勢の人が忙しなく行き交っていた。港が忙しいのは荷物の積み下ろしなどで大変なのだろうが、北の方は割と落ち着いた雰囲気を見せていたはずだ。そのため都市に屋敷を構えたい貴族なんかは北側で建てていたはずだ。
そんな落ち着いた様子は見受けられない。
「……とりあえず他の奴らを喚ぶか」
シルビアたちも全員【召喚】する。
いなくなっていた時の反動なのか、あれから一週間も経っているにもかかわらず子供たちはティシュア様から離れようとしない。まあ、おかげで母親である彼女たちが煩わされることなく俺に同行することができる。
「とりあえず、どこへ行こうか?」
メンフィス王国はノエルの故郷だが、デュポンへは全く来たことがないため彼女に聞いても分からない。
「領主の館へ行きましょう」
「え、いいのか?」
メリッサの言葉に俺たちみたいな冒険者が行ってもいいのかと尋ねる。
「普通は絶対にダメです。ですが、こちらにはノエルさんがいます。現状の騒がしさについて調べるなら都市で最も偉い人物に尋ねるのが手っ取り早いでしょう」
そういう訳で領主の館へ向かう。
人混みを掻き分けながら領主の館へ到着するとメリッサの提案が間違いではないことが分かった。
領主の館には広い庭があったのだが、そこに大量の馬車が停められていた。
さらに何人もの人が慌ただしく屋敷内を駆け回っている。外からも見える窓からはメイドの姿も見えるが、それ以外にも文官と思われるような人が資料を抱えて廊下を走っている。
どちらも領主とはいえ、一貴族が召し抱えるような人数ではない。
「あなたは--」
屋敷を眺めているとイリスが門扉の前で門番のように屋敷の警備をしている人物に気付いた。
名前は知らないが王城で見かけた騎士だ。
門番をするような身分の人物ではないはず。
「失礼」
「これは……!」
「俺たちの素性については公表しないでください」
今も近くを多くの人が行き交っている。
そんな状況でノエルが『巫女』だと知られるのはマズい。騎士も納得してくれたのか真面目な顔で頷いた。
「で、この騒ぎは何ですか? 王都へ行く前に寄ってみたら異様な騒ぎなので、もしかしたら新しい騒動でも起きたんですか?」
知らない仲ではない。
報酬次第では助けてあげてもいい。
「王都へ行く……?」
再びメンフィス王国を訪れた目的を告げたところ首を傾げられた。
いきなり姿を晦ませることになったので、その後の状況を確認しようと思った次第である。
国外からではメンフィス王国内がバタバタしているせいで碌な情報が手に入れられなかった。以前ならティシュア様に頼めば、ある程度の情報は得られたが今では全く情報が手に入らない。自分たちで赴くしかなかった。
「なるほど。何もご存知ないのですね」
呆れた騎士が頭を抱えている。
その後、近くを通り掛かった騎士に頼んで門番を交代してもらうと館の中へと案内してくれる。
館の中でも最も奥にある部屋。
その部屋を騎士がノックする。
「入れ」
短い言葉。
だが、その声音には聞き覚えがあった。
「お客様がいらっしゃいました」
「客……? お前たち、今までどこに――いや、無事なようで何よりだ」
領主がいるべき部屋にいたのはメンフィス王国の国王であるレオニード国王。
ただ俺たちが知っている姿よりも窶れており、疲れた様子を隠し切ることができずにいた。
「どうしてデュポンに?」
「そうか……あの後で王都がどうなったのか知らないんだな」
レオニード国王が語ってくれる王都の現状は衝撃的なものだった。
女神ティシュアの脅威からは助かった王都。しかし、彼女が残して行った爪痕はあまりに深かった。
「『鬼』によって王都の住人の2割が死亡、3割以上の人間が何かしらの怪我を負うこととなった」
負傷者は、鬼人から直接的な攻撃を受けていなくても避難時のゴタゴタで怪我を負った場合も含まれる。
負傷しなかった人たちも疲労困憊で動けるような状態ではなかった。
「やはり『鬼』との戦闘は弱体化したメンフィス王国の兵士に耐えられるようなものではなかったらしい」
犠牲者の多くが兵士や騎士だ。
そんな状況で黙っていられなかった王族がいた。
「まさか--」
「レオニードの奴が出て行った」
街中へ出て行って苦戦する騎士たちの指揮を執って奮戦していた。
それは普段から将軍として軍を預かる彼らしい行動。戦場にいることを危険に思うことはあっても効果があったため積極的に止めるようなことをしなかった。
それが仇となった。
安全を確保していた場所……安全だと思い込んでいた場所にいたのだが、不意を突かれて攻撃を受けることとなった。
「あいつの死体は何も残らなかった」
血に濡れた真っ赤な服だけが残された。
その後、俺たちが奮戦したおかげで女神ティシュアが討伐された。
「女神が消えたことについては知っている。だが、『鬼』どもはとんでもないものを残していった」
大量の鬼人が暴れていた王都。
全ての鬼人が人へ戻されたことで纏っていた“穢れ”も撒き散らされることとなった。
その“穢れ”に触れた人々の体が爛れるようになる。
「え、アレは人体に影響はないはずじゃあ」
「どうやら“穢れ”の濃度がこちらの想定以上だったようです」
多くを虚ろ喰が回収した。
しかし、総動員しても回収できる量には限界があったため残りについては放置せざるを得なかった。
中には亡くなってしまった人もいるらしく、王都はしばらく誰も住むことができない環境となってしまった。
「おかげで王都を棄てざるを得なくなってしまった」
人が住めないのでは都とは呼べない。
「それに末子を死なせるようなものが蔓延している場所にいたくなかった」
「え……」
レオニード国王には4人の王子がいた。
長男が戦場で戦死し、四男が環境汚染による病死。
さらに事件は続いた。
「王都を棄てるにはしても移住先はどこにするのか……悩んだ末にデュポンへの移住が決定された」
仮ではあるが、今はデュポンが王都という扱いになっていた。
その決定に不満を抱いたのが王都近隣の村から無理矢理王都へと連れて来られた人たちだった。彼らが住んでいた村はギリギリ“穢れ”の影響から逃れていた。もしも、あのまま村に住んでいれば苦しい思いをせずに済んだ。
しかも、国王の決定により彼らはデュポンへの移住が決定した。国王へついて行けばしばらくの生活は保障してもらうことができる。しかし、別行動を取れば一切の保障もなく放逐されることとなる。元の生活に戻ることのできない彼らは従うしか選択肢がない。
ただし、だからと言って不満が溜まらない訳ではない。
「生活を保障することで不満を反らしたつもりだったが、甘かった」
普段ならもう少し考えられた。
しかし、彼も息子を二人も亡くしたばかりで余裕がなかった。
デュポンへ移住すれば生活を保障することを約束した。だが、どのように保障するのか明言することができず、デュポンは港町として完成された都市であるため彼らが介入できる余地はほぼない。
彼らの未来は不安で塗り潰されていた。
「住人たちと一緒に避難している最中に反乱が起きた」
いつかは起こると思っていた。
避難民を安心させる為に行動を共にしている状況は、彼らにとって反乱を起こす好機に映ってしまった。
「兵士の方が強い。それでも多勢に無勢であるため武器を手にした男の接近を許すこととなってしまった」
その時に次男が身を挺して守ってくれた。
ナイフの刺さった場所が悪かったらしく、治療の甲斐なく亡くなることとなった。
「……今は残ったノリスと共にデュポンで避難民の受け入れ準備を進めているところだ」
反乱を起こすような人たちと行動を共にすることはできない。
それに受け入れ側の準備も進める必要がある。避難民の護衛に兵士を最低限だけ残して国王たちはデュポンへ急行することにした。
「分かったか? もうメンフィス王国の王都フィレントは残っていないんだ」