第42話 神像と信仰
子供たちに抱き着かれるティシュア様。
「ふふっ」
身動きができない状態なのだが、自分の服を掴んで離さない子供たちの姿を見て微笑んでいた。
結局、あれから数分間は喜びを露わにしていた子供たちだったが、子供らしくすぐに疲れてしまったらしく今はティシュア様の傍でスヤスヤと眠っている。
「さて……こうして復活は果たせましたが、今の私がどのように見えますか?」
「神、ではないですね」
以前は注意深く探れば感じられた神気が全く感じられない。
姿形、それに人格や記憶までもが以前のままでも以前とは全くの別人だ。
「今の私は、神格を持つティシュア神とは別の存在です」
子供たちの世話をするだけなら問題はない。
「ただし、戦闘においては問題があります」
ノエルの【ティシュア神の加護】だ。
アレはティシュア神と同調することによって神気を扱えるようになる。だが、ただスキルを使用しただけではノエルの身に与えられるまでの間にいくらか消耗してしまう。そこで傍にいたティシュア様が仲立ちすることによって消耗を最小限に抑えることに成功していた。
以前のように扱うことはできなくなった。
「それも既に対策済みです」
「え……」
「迷宮の地下83階へ行ってください。そこに、私が万が一の場合に備えて用意しておいた物があります」
「ティシュア様は?」
「私はこの場を離れる訳にはいきません」
今、動けば子供たちを起こすことになる。
「そうではありません。今の私には屋敷から出られる資格がありません」
子供たちの世話をする為の存在として復活したティシュア様。
屋敷内を自由に動き回るのが限界らしく、屋敷の外へ出る為には子供たちの同伴が必要になってしまった。
もちろん迷宮へ行くことなど不可能。
「まあ、ノエルを通して念話は可能みたいなので連絡を取り合うことは可能です」
☆ ☆ ☆
ティシュア様に子供たちを任せて地下83階へと移動する。
彼女が遺しておいてくれた物には心当たりがある。
「そういえば頼まれて神殿を用意したな」
迷宮の階層を拡張して、どのような構造にするのか悩んでいた時。
ティシュア様から神殿を設置するよう頼まれたため都市の中に大きな神殿を用意した。せっかくだから豪華な神殿にしようと思い、俺たちの知っている神殿の中でも最も大きな神殿であるティシュア様を祀っていた神殿をそのまま再現することにした。彼女から頼まれた神殿だったし、ちょうどよかった。
「ただ、外側と簡単な内装を用意しただけで細かな所までは手をつけていないんだよな」
ティシュア様からも自分の自由にさせてほしい、と言われていた。
外から資材を持ち込んで造形してもいいし、購入した物を持ち込むのは自由だ。
「大丈夫。そんなにおかしい物じゃないから」
「ノエルはティシュア様が見せたい物が何なのか知っているの?」
「忘れたの? お金を持っていないティシュア様の為に資金を用意していたのはわたしなんだから、何を買ったのかは知っている」
「うわぁ」
ドンドン減っていくお小遣いを思ってシルビアがげんなりする。
依頼で得た報酬は、生活費を除いて全員へ行き渡るようにしている。そのためノエルは個人で大商人レベルの資産を持っていてもおかしくないぐらいに稼いでいてもおかしくない。
そんな様子が見えないのはティシュア様の為にお金を渡していたからだった。
「コレ」
「な、なるほど……」
ノエルに案内された神殿。
メンフィス王国の王都にあった神殿と瓜二つな神殿が聳えている。
そして、神殿へと続く道がある広場の右側に見覚えのある人物を象った石像が建てられていた。
ティシュア様の神像だ。
「まさか、自分で自分の神像を用意したのか?」
「正確に言うなら自分で彫刻したみたい」
「え……自作!?」
ノエルの金を使って巨大な石と彫る為に必要な道具を一式購入していた。
神が自ら己の姿をイメージしながら彫刻したのが目の前にある神像らしい。
「でも、プロが彫ったぐらいに精巧な神像よ」
「さすがに有名な彫刻家の作品には及びませんが、神が自ら彫刻した像として売り出せば高値がつくかもしれませんね」
間近で神像を確認するアイラとメリッサ。
俺には自分でこんな物を用意する理由が分からなかった。
「じゃあ、反対側にある像もティシュア様の作品?」
「そっちは気にしないで!」
案内の為に先頭を歩いていたノエルは気付いていた。
広場の左側には目を閉じて両手を組み、祈りを捧げる『巫女』の像があった。どこからどう見てもノエルの像だ。
本人は絶対に直視できない。
『ええと……聞こえていますか?』
ティシュア様から念話が届く。
ノエルに届いた念話は俺たちにも聞こえるようにすることができる。
「……聞こえています。で、こんな物を用意して何がしたいんですか?」
反対側にある自分の像を思って怒っている。
『そ、そんなに怒らないでください。「巫女」の像は、ちょっと興が乗ったので作ってみただけです』
明確な目的もなく用意した。
尚更、悪いわ。
『とりあえず【ティシュア神の加護】を発動させてください』
「はぁ……」
やる気なく【ティシュア神の加護】を使用する。
すると、神気に包まれるノエルに呼応するように目の前にある像が光り出す。
「これは……」
『神気です』
以前のティシュア様が果たしていた仲介役。
それを目の前にある神像が代わりに果たしていた。
『神が自分で彫った像です。これ以上に神の依り代として適した物はないでしょう』
毎日、少しずつ神気を込めながら完成させた。
使い方次第では神像を依り代に復活することも可能だったかもしれないが、可能性が低かったために確実な手段を選んで【ティシュア神の加護】の依り代として使用することを選んだ。
『コツコツ用意した置き土産が無駄にならなかったようで、よかったです』
「もう……」
呆れたノエルは何も言えない。
代わりに錫杖を手にしながら反対側にある像へと向かう。
「ま、待て……何をするつもりだ!?」
羽交い絞めにして進めないようにする。
「放して! 必要なのはティシュア様の像だけで、わたしの像は必要ないじゃない!」
「ぷぷっ、面白いから残しておきましょ」
「笑ったらかわいそうよ」
今にも笑い出しそうになっているアイラ。
シルビアも窘めているが、口元が完全に緩んでいる。
「笑わないでぇ!」
「だって……」
あ、イリスが無表情になっている。
笑いを堪える為に全ての感情を押し殺している。
「……なに?」
「まあ、人目につかなければ大丈夫ですよ」
「そ、そうよね」
メリッサが慰めてくれたおかげでどうにか落ち着いてくれて……
『あ、それ手遅れ』
「……どういうこと?」
迷宮核からのカミングアウト。
迷宮のとある場所の光景を見せてくれる……これは、沼地フィールド?
『地下61階の光景だよ』
そこでは何百人もの人間が迷宮の中だというのに生活をしていた。
「レンゲン一族か……捕らえる度にここへ放り込んでいたから、いつの間にかけっこうな人数に増えていたんだな」
「……ちょっとぉ!」
彼らが過酷な状況でも生きていることなどノエルには関係ない。
いや、ある意味では彼らの生活の一部が気になって仕方なく、映像に釘付けにさせられてしまった。
「どうして彼らの集落の目立つ場所にわたしの像まであるの!?」
集落の中心にはティシュア様とノエルの像が置かれていた。
レンゲン一族の中には跪いて祈りを捧げている者までいる。
『あ、ちょうどいいし、少しでも多くの信者が欲しかったので2体目の像を設置してみたところ信者を獲得することができました』
過酷な状況だからこそ心の拠り所となる存在が必要だった。
教会や神殿などない世界。そこに神を象った像を設置すれば自然と祈りを捧げるようになる。
『私には女神ティシュアに届いていた悪意が届いていませんでした。同様に女神ティシュアに届いていない祈りも存在していました』
レンゲン一族は謂わばティシュア様だけの信者だ。
そのため彼らの祈りもティシュア様にのみ届けられていた。
『こんな簡単に信者が獲得できて笑いが止まらないです』
「うぅ……わたしの像まで勝手に使われた」
項垂れるノエルが憐れに思える。
しかし、2体の像を並べて見てみると神に祈りを捧げている美少女にしか見えない。
「ティシュア様、予備はありますか?」
『楽しくなってきたので、まだ3体ほどあります』
「せっかくなので庭にでも飾りましょうか。ご利益がありそうです」
「ちょっとぉ!」
さすがにここまで抵抗するので庭に設置する案は却下することになった。