第41話 望まれし神
「うええぇぇぇぇぇん!」
「あうぅ、……あああぁぁぁぁうう……」
「ふぎゃぁぁーーー!!」
「う、うあぁぁぁん!」
「うぇぇぇぇぇん!!」
迷宮核からの救援要請。
それは、屋敷にいる子供たちが全力で大泣きしているのでどうにかしてほしい、というものだった。
部屋へ入る前から聞こえていた鳴き声。
最近は泣かなくなったシエラが全力で泣き、アルフは兄として堪えようとしているがやっぱり我慢できずに泣き、ソフィアは手足をバタバタさせて暴れており、ディオンとリエルも生まれてから最も大きな声で泣いているのではないかと思うほどの声量で泣いている。
ここまで酷いのは初めてだ。
一応、近所迷惑も考えて結界は既に張ってある。思う存分泣いてもいいのだが、さすがに子供を泣いたままにさせておくのは申し訳ない。
「あなたたち!」
子供たちを落ち着かせようとしていた母さんたちが俺たちの帰宅に気付いた。
まずは、それぞれの母親が自分の子供を抱いてあやす。アルフだけは手が空いているイリスが担当している。
だが、それでも泣き止まない。
祖母でも、母でも泣き止ませることができない。
「根本的な原因を考える必要がある」
シエラたちの面倒を見ていたオリビアさんによれば、少し前に子供たち全員がミルクを飲んだばかりでお腹が空いている訳ではない。
おむつが汚れていないことは真っ先に確認している。
体調についても普段から気を付けて見ているから病気という訳でもない。
直前までシエラがディオンとリエルに構いながら遊んでいた。アルフとソフィアもそれぞれで遊んでいたため喧嘩をした訳でもないようだ。
それから、屋敷にいるもう二人の子供。
兄の子供であるレウスはアリアンナさんの実家へと出掛けている。
ノエルの妹であるノナちゃんは、朝から体調が悪いらしくノンさんと自室で休んでいる。一緒に遊べないことを朝伝えた時には寂しそうにしていたらしいが、それでも聞き分けよく5人だけで遊んでいた。
そして、5人だけで遊んでいた。
「本当に何があったんだ?」
『僕にもサッパリ……』
屋敷の様子を観察していた迷宮核にも心当たりがなかった。
気付いたら手が付けられないほど全力で泣かれていた。
「あ……」
「どうした?」
そこで、イリスが原因に気付いた。
「私じゃなくて氷神が教えてくれたことなんだけど……」
泣き止まないアルフを抱えたままシエラの傍へと顔を寄せる。
「ねぇ、シエラ」
「うええぇぇぇぇぇん!」
「もしかして、ティシュア様がいなくなったから泣いているの?」
「ばあちゃ、いないのぉぉぉ!」
シエラが大きく泣くと他の子供たちも大きく泣く。
間違いない。ティシュア様がいなくなったことをシエラが知ってしまった。そのことを他の子供たちも共有してしまったせいで泣くのを止められなくなっている。
「でも、どうやって知ったんだ?」
ティシュア様が消えたのは、ここから遠く離れた異国での出来事。
シエラと同調しているだけで存在は迷宮の最下層にいたみたいだけど、それでもシエラに気付ける訳がない。
「それについては風神が原因」
神様同士は新たな神が誕生すれば察知することができる。
そして、神が消えた場合にも察知することができる。
そのため風神がティシュア様の消失を察知し、異常なほどの親和性を見せるシエラにも伝わってしまった。
明確に伝わった訳ではない。それでも純粋な子供を泣かせるには十分だった。
大好きな姉が泣いている。
しかも、半分は血が繋がっているせいか悲しんでいる理由を共有してしまった。
「ばあちゃぁぁあああ!」
「もしかして……」
「はい。そうです」
シエラの様子から、ここにはいない祖母――ティシュア様の消失に気が付いた母は顔を伏せていた。
生まれた時から一緒にいてくれた人がいなくなった。
こればかりは俺たちにはどうしようもない。
「シエラ、ごめんね」
「やあああぁぁぁぁ!」
「どうしよう……」
困り果てたアイラ。
ここまでシエラが駄々をこねることなど今までなかった。
――会いたい。
「ティシュア様は、わたし以上にこの子たちから親しまれていたんだね」
ノエルも再び泣き出したいほど悲しい。
しかし大人になったせいか、それとも事前に聞いて覚悟ができていたせいか消えてしまった現実を受け入れていた。
ただし、子供たちが受け入れるのは簡単ではない。
「はいはい。お姉ちゃんなんだから、いつまでも泣かない」
「ばあちゃ!」
「え……?」
初めは幻聴かと思った。
しかし、シエラの頭を撫でる見覚えのある白い女性の姿、その女性に満面の笑みを浮かべながら抱き着くシエラの姿を見せられると現実だと突き付けられる。
「うぅ……」
「みゅ?」
「「あぅ」」
他の子たちも視線が突然現れた人物へと向けられている。
もちろん俺たちも信じられないものを見て驚く。
「あなた消えたでしょう!」
どうにか復活して言葉を振り絞る。
ノエルを見てみると涙を崩れ落ちそうだった。頼むからリエルを抱いた状態で倒れるようなことだけはないようにしてほしい。
「はい。消えましたね」
いきなり部屋に現れた人物――ティシュア様はサラッと肯定した。
「神としての格は残っていました。ですが、貴方たちと一緒にいたティシュアは穢れたもう一人の自分を受け入れたことで完全に消滅しました」
「なら……」
「ここにいるのは、ティシュアであってティシュアではありません」
ティシュア様なのは間違いない。
アイラから受け取ったシエラが彼女の腕の中で安心し切っている。普段から見ている安堵した顔だ。
「ここにいる子供たちが私を強く望まれました。結果――大好きなおばあちゃん、として本当に……本当に僅かだけ残っていた力から存在を再構成することに成功したんです」
目の前にいるティシュア様からは神としての力を全く感じられない。
どちらかと言うと実体があり、自意識のはっきりとしている幽霊……精霊に近しい存在と言えるのかもしれない。
「でも、復活できたようでよかったですよ。ノエルなんて、泣き止んだリエルの代わりに思いっ切り涙を流していますよ」
「あ、あれ……?」
自分が泣いていたことにも気付いていなかったノエル。
母親が泣いていることに気付いたリエルが慰めようと小さな手でポンポンとノエルのことを叩いている。こうしてもらえると自分は安心できる、と理解している。
「ありがとう」
ノエルが礼を言うとキャッキャッと笑う。
「ただ、非常に不安定な存在での復活です」
「え……?」
「この子たちに心の底から望まれたからこそ私は復活することができました。いずれは、この子たちも私を必要としなくなる日がくるでしょう」
親や祖父母の手助けが必要な時間は限られている。
その時が過ぎれば自立して巣立っていくことになる。
「それが、いつになるのか分かりません。ですが、その時になれば私は今度こそ完全に消えてしまうことになるでしょう」
「やぁ!」
「大丈夫ですよ。しばらくはいなくなったりしません」
会話の内容は聞いていても分からなかった。
それでも再び自分たちの傍からいなくなるような気配を察してシエラが抗議の声を上げる。
「この様子なら数年は大丈夫ですね」
「数年……」
「もっと、いて欲しいと思うのなら私の手が必要になる子供を次から次に用意することですね。全身全霊を掛けて子育てしますよ」