第14話 マッチポンプ
本来の職業――メティス王国所属の兵士
トップに立つ人間の名前――ペッシュ・メティカリア
トップに立つ人間の本来の職業――カリュケ領主
盗賊をしている理由――領地拡大の一環
アジトの場所――北東にある捨てられた砦
迷宮へ送り込んだ兵士たちから得られた情報。
それらの情報を統合した結果、ある事実が浮かび上がる。
――カリュケ領の領主である第3王子が領地拡大を目的に自分の命令で動かせる兵士に盗賊に扮するよう命じて町や村を襲わせている。
「けど、そんなことをして何の意味があるのでしょう?」
シルビアの疑問ももっともだ。
盗賊に扮した兵士が略奪したからといって、略奪した品々が全て第3王子の物になるわけではない。もしも略奪した品物を換金するような真似をすれば必ず第3王子に辿り着く。
逆に自分たちで使うのも色々と問題だ。
「彼らの目的は略奪ではありません」
だが、メリッサは既に答えを持っていた。
「今回のことが知れたことで長年の疑問にようやく答えが得られました」
「長年の疑問って?」
「私の町が襲われた時、翌日には兵士が駆け付け盗賊たちは街から追いやられたと聞いています」
メリッサは襲撃があってすぐに両親と幼い妹を残して町から逃げ出しているためその後の顛末については伝聞になってしまっている。
「ですが、普通に考えて早すぎます。襲撃は闇夜に紛れて行われたので夕食後のことでした。そして、兵士たちが駆け付けたのは翌日の早朝のことです」
いくらなんでも早すぎる。
半日あるかどうかというところだ。
「兵士たちの話では近くで夜営訓練を行っており、遠目だったが町が襲撃されているのが確認できたため早朝に奇襲を仕掛けた、との話です」
「ちなみにその時の指揮官は?」
「……第3王子のペッシュ・メティカリアです」
あ、これはもう黒だわ。
俺やシルビアにも今回のカラクリが分かってきた。
アイラだけは分かっていないようなので説明してあげることにした。
「つまり、第3王子が自分の兵士に町を襲わせて逆に自分の兵士で盗賊を討伐しているんだ」
「だから、そんなことをして何の得があるの?」
おそらく――。
「盗賊から解放された町ですが、領主不在ということで盗賊から助けた第3王子が一時的に統治。その後は別の役人によって統治されているようですが、私の得た情報によれば第3王子の傀儡です」
実質、ラグウェイの町は第3王子に支配されているような状態だった。
「私もその統治が酷いものだったなら訴えるなりしていましたが、統治そのものは酷いものではなかったのでしませんでした」
「なら、よかったじゃない」
「いいえ、盗賊と違って統治を良くするのはこの場合は当たり前のことなのです。彼が欲していたのは豊かな広大な領地です」
何を企んでいるのか知らないが、第3王子の企みは短期的に得られるような利益では満たされないようなもの。そこで、自分の支配下における領地を次々と増やしていっている。
「この数年の間に私の故郷と同じように盗賊被害にあって領主の交代にあった領地がいくつかありました。盗賊に領地経営に必要な書類を奪われた、村にやってくる行商人が次々と襲われたばかりに必要な物資が手に入らなくなった、村人が誘拐された、全て領地を拡大していくうえで隣接することになった第3王子の手によって解決されています」
その後、責任を取らされる形で領主が交代。
新しい領主には第3王子の息が掛かった者がなる。
「酷いマッチポンプだ……」
襲っているのも解決しているのも全ては第3王子の手によるもの。
「ですが、随分と強硬策に出られるんですね。こんな方法を取り続けていれば、いずれは自分のことを疑われてしまうのではないですか?」
「それでも第3王子には急ぐ理由があったのです」
急ぐ理由?
「このメティス王国には現在、齢50になろうとしている国王と3人の王子がいます。数年前から噂されていましたが、第1王子に王位を譲ろうと考えられていたようです。それを第1王子も受け入れ、第2王子もしっかりと国を支えていくと宣誓をしております」
宣誓をしてしまっている以上、簡単に翻意することはできない。
「ですが、それに異を唱えたのが第3王子です」
「は?」
「彼曰く、『王子が3人もいるのだから、王位は実力によって判断されるべきだ』とのことです」
それは詭弁だな。
それで第1王子が凡愚のような国王に相応しくない存在だと言うのなら理解できるが、俺が聞いたことのある噂話ではそんなことはなかった。本人は温厚な人で、隣国との戦争が起きた時にはどうなるのかちょっと不安は残るが、戦争なんてここ数十年起こっていない。
国民としては、やはり安定した生活を保障してくれる国王の方がいいだろう。
だが、子供の癇癪のように第3王子が唱えた実力主義。
それを無視するわけにもいかず、国王も一応の了承を得た。
それでも第3王子が得られたのは国王の退位までの数年間だけだ。数年で圧倒的な成果を出すには普通に領地経営をするだけでは足りない。その頃の第3王子は、将来のことを考えて都市を1つ任されているだけだった。もちろん経験不足ということで優秀な補佐官は付けられている。
それでも普通の方法では時間が足りない。
そこで第3王子が目を付けたのが領地の拡大だった。
しかし、王族である彼が平和な統治が行われている領地に対して侵略行為を行えば、それだけで問題行為になり、王位継承権の剥奪もあり得た。
そうして考えられたのが盗賊に襲われている領地を救うことで自分の思い通りに使える領地を増やすことだった。
彼の目的は、すぐに成果が出なくても良かった。数年後に国王として認められるだけの成果があれば良かった。
「それで、メリッサの町が盗賊に襲われた理由は?」
「第3王子の任地であるカリュケに一番近い領地が私の故郷であるラグウェイだった。ただ、それだけの理由です」
「そんなのって……」
領主だったメリッサの父親に落ち度なんてない。
盗賊に扮した兵士では、領地規模の小さな兵士では敵うはずがなかった。
「それで、これからどうするのよ」
「どうするって?」
「このまま黙っているのかっていうことよ」
「いや、それはないな」
メリッサのこともあるが、これは俺たちの失態だ。
「俺たちは今回盗賊に襲われたから返り討ちにした。これは問題ない。けど、第3王子ほどの権力のある人間なら自分の部下が返り討ちにあった時間に街道を利用していた人を調べ上げることぐらいはできるはずだ。そうすれば街道を利用していたテックさんはどんな目に遭う?」
自分が王位を継ぐために盗賊行為を平気でできるような相手だ。
該当者が複数人いたとしても全員を闇から闇へ葬るぐらいのことはしてくるはずだ。そうなれば俺たちは返り討ちにすることができてもテックさんの安全は保障されない。それは、護衛依頼を受けた者として許せない。
「解決方法は単純だ。敵を完膚なきまでに叩き潰す」
襲ってくる相手がいなければ襲われる心配もない。
「じゃあ、それをすればいいじゃない」
「問題は相手の立場だよ」
さすがに盗賊行為をしているからという理由で第3王子を傷つけるわけにはいかない。いや、王族の立場を利用すれば、その理由すらも葬り去ることができる。
敵の正体は掴めているのだが、手出しができない。
そういう状態だった。
「もう、普通に盗賊を倒す。それでいいじゃない!」
そういうわけにはいかないから……いや、それで万事解決だな。
「でかしたアイラ」
「へ?」
アイラは自分の功績を分かっていないようだったが、これで堂々と動くことができる。
「俺たちが盗賊団の頭領が第3王子だって知っているのは盗賊たちから聞き出したからだ。なら、頭領の正体を聞かなかったことにしよう」
「そんなことしていいの?」
「何も問題ないだろ」
一応、盗賊たちの証言は魔法道具で録音してあるが、そんな物は提出しなければいいだけの話だ。
俺たちは盗賊団のアジトの場所だけを聞いて盗賊団が貯め込んでいる財宝を目的に冒険者として襲撃する。
「なんだ、俺たちは話を難しく考えていただけなんだな」
「その通りでしたね」
「というわけで盗賊退治に行くぞ」
第3王子なんて関係ない。
盗賊団の頭領を倒しに行こう。