第25話 引き籠りたい領主
領主の館へと詰め掛けたパウロ。
街の中に全く兵士の姿がないことから俺と一緒に行動していた時から「まさか」とは思っていたらしい。
そうして館へと辿り着いて門番に事情を聞いたところ間違いなかったと判明した。
「マジか……」
そう言わずにはいられない。
街の治安を守る為にいる兵士を非常事態であるにも関わらず使わないどころか自分だけを守る為に使ってしまった。
臆病な性格から鬼人に襲われた時のことを考えて少しでも多くの戦力を保有しておきたかった。
それは危険に晒されていた人たちにしてみれば許せないこと。
間違いなく領主が恐れていた失態となる。
「そこで、一つお願いがあるのです」
兵士長ケイロンさんからの提案。
それは、失態を隠す為の功績を見せる。
「あなたたちはローエン様が呼んだ救援、ということにさせてくれませんか?」
「却下」
提案を一蹴する。
「も、もちろん謝礼は出させてもらいます」
「そういう問題じゃないんですよ」
吹っ掛けようと思えばいくらでも釣り上げられそうな雰囲気のあるケイロン。
ただし、どれだけ釣り上げられたとしても受け入れるつもりはない。
「俺たちは、この国の政治を関わり合いになるつもりがないんですよ」
貴族である領主と関わりを持った時点で政治にも関わらせられるのは間違いない。
「ただ、問題は見過ごすことができないので最低限の手伝いだけしたら帰らせてもらいますよ」
「ケイロン!!」
ケイロンさんと話をしていると屋敷の中から彼の名を呼ぶ声が響く。
現れたのは身長が低く、小太りな青年。まだ衰えを覚えるような年齢でもないはずなのに屋敷から門までの僅かな距離を歩いているだけで汗を大量に流している。普段、どれだけ不摂生な生活をしているのか窺い知ることができる。
一番気に入らないのは頭の上にある猫耳と尻尾だ。獣耳と尻尾だけ異様に艶があり、可愛らしいのが気に入らない。
「今まで、どこへ行っていた!!」
「……南門へ大勢の住民が押し掛けたため騒動になると聞き、鎮める為に兵を率いて赴いておりました」
領主に対して丁寧な対応をするケイロンさん。
決して間違えている訳ではないのだが、勝手に屋敷の奥に引き籠もっていたローエンにとっては、自分を苛立たせてしまう態度だった。
「何をしている!? お前は……お前らはボクが命令した通りに動いていればいいんだ! 危険なんだから真っ先に守らないといけないのはボクだろ!」
領民の安全を優先させず、自分だけを守ればいい。
この場に兵士以外の存在がいることにも気付かず叫んでしまったせいで、パウロが突っ掛かる。
「なんだと!」
「グッ……貴族であるボクにそんなことをしてもいいというのか」
カルマンたち兵士が止めに入る。
「ああ。俺は、お前を貴族だとは認めない。今まで税はきちんと納めてやった。けど、それは税がないと街の統治が立ち行かなくなるだろ。お前自身は何もしなくても部下連中が真っ当だから協力してやっただけの話だ。そいつらの足を引っ張るぐらいなら貴族なんて止めちまえ」
「そこまでだ」
言い終えたところでカルマンさんが止めに入る。
彼も騒動を鎮圧する為に動きたかったところを無意味に足止めされて苛立っていたのは間違いない。それでも、兵士だからこそ領主の命令には従わなくてはならないからこそギリギリまで動くのを躊躇っていた。
「満足したか?」
「満足? そんなものする訳ないだろ」
色々と不満は溜まっている。
それでも鬼人になることがないところを見ると、理不尽にティシュア様へ不満をぶつけるような人ではないのだろう。
「だけど、アンタには普段から世話になっている。アンタが止めろって言うなら手を放すことにする」
ローエンが解放される。
解放された時に尻餅をついて倒れてしまったローエンが近くにいた兵士へ指示を出す。
「おい! アイツを捕らえろ!」
「罪状はどうされますか?」
「罪状? 貴族に暴力を働いたんだ。それだけで捕らえるに値する!」
「そのようなことは止めておいた方がいいかと思われます」
「なに!? まさか、お前までボクに楯突くつもりか!」
「そうではありません。彼は若い冒険者に慕われています。理不尽な理由で捕らえるような真似をすれば住民の多くが立ち上がるのは間違いありません。今の状況で動かれるのはマズいのではないでしょうか」
「う、ううむ……」
ローエンは貴族だからこそ平民に反乱を起こされた貴族がどのような末路を辿ったのか把握していた。
自分もあのようになりたくない。
すっかり怯えてしまったため渋々ながらケイロンによる注意だけに留める。
「終わったか?」
「お前は何をしているんだ?」
「そっちの用事が終わるのを待っていたんだよ」
領主の館へ来ていたのはパウロの方が先だ。
なら、彼に順番を譲るのは当然のことだ。
「何者だ、お前らは」
「冒険者のマルスだ。外から来ていた『鬼』と内側で発生した『鬼』は俺たちの方で解決した」
「おお、そうか! ならば褒美を取らせなければならないな」
「じゃあ……」
褒美に何を渡すべきか悩んでいるローエンを無視して要望だけを伝える。
鬼人騒動のせいで滅んだ村の再興、被害者たちへの支援、しばらくは休める場所が必要であるため全員を都市で保護すること。
領主には領民が安全に暮らせるようにする義務がある。
事前に助けることができなかったのなら、被害後のケアは当然のことなのだが。
「ふざけるな! なぜ、ボクがそんなことをしなければならない!」
全く聞き入れる様子がない。
「アンタの領民が困っているぞ」
「フン! そんなことは領民共が軟弱だからいけないのだ。これだから平民はいけない……」
「……平民が税を納めないと何もできない貴族がなにか言っている」
「キサマァ!」
パウロが口を挟んでしまったせいで喧嘩が始まってしまった。
心情的にはパウロに同調したいケイロン。ただし、兵士長という立場からローエンに味方しなければならないため二人の間で板挟みになりながら喧嘩を仲裁しようと試みるものの困っていた。
「ねぇ、やっぱり無理なんじゃない?」
俺の傍に寄ってノエルが小さく呟く。
領民たちの保護も彼女が望んだから全員で赴いて要請している。別に俺たちが助ける必要はない。責任があるとすれば領主だけだ。
「そうだな。要望は伝えたし帰ることにするか。これで俺たちの要望を受け入れないのなら『領地を救ってくれた相手に報酬を全く出さない愚か者』っていう扱いになるだろうからな」
「なっ!?」
わざと聞こえるように言ったところローエンが反応してくれた。
ノエルの働きによって騒動が静まったのは街にいる大半の人が見て知っている。恩人とも言える人物に全くお礼をしない、そのことを知った領民がどのような行動を起こすのか。
「ま、待て……やらない、とは言っていない」
ぐぐぐ、と歯ぎしりをしながら唸って考え込んでいる。
こんなものは交渉でもなんでもなく複数の選択肢がない選択を強要しているだけだ。
「宿へ帰るか」
「待て!」
ノエルの腰に手を添えて離れる。
「いや、お前は……!」
「チッ、気付いたか」
ローエンの視線がノエルへ向けられている。
貴族だったからこそ『巫女』の顔を知っていてもおかしくない。こうなることが予想できたから先に帰っていてもいい、と言ったのだが自分の要望だからと言って同行を望まれてしまった。
彼が知っているノエルの姿は2年前のものだが、子供まで産んで大人びたと言っても若々しく以前の面影を強く残している。
「キサマ、どうして生きている!? あの騒動からどれだけ国が大変だったのか知っているのか!?」
知らない。
知るつもりもない。
「アレもコレも全てエセ神と役立たずの『巫女』がいけない!!」
「あ……」
ローエンの失言に気付いた時には手遅れだった。
彼の意思とは関係なく盛り上がる肉。
鬼人への変化が始まっていた。




