第21話 穢れた不満-後-
「う~ん……」
男の子が唸りながら悩んでいる。
子供ながら……子供だからこそノエルの言葉に考えさせられるものがある。
その、考えるという行為が重要だった。
「あ、れ……?」
元に戻っていなかった男の子の足が人間の足に戻っている。
子供らしいプニプニした小さな足。服は着ていたのだが、鬼人になる前の悲惨な生活のせいかボロボロな服が露わになる。ノエルから要望があったので、こういう時に備えて買っておいた子供用の服を【道具箱】から取り出す。今までの服を思えば上等な代物だ。
「もとにもどった!」
自分の状態を確かめるようにピョンピョン跳ねる。
けれども、少し前まで自分の意思で動かすことができなかった体。
「わわっ!」
思いっ切り前へ倒れてしまった。
自分の不注意で倒れ、痛みを感じることができる。
生きているなによりの証拠だ。
「大丈夫?」
「うん」
男の子が恥ずかしそうにしながら頷く。
「な、なんで……!?」
元に戻ったことに対して狼狽えている鬼人になっていた大人たち。
特に村長の息子だった男の狼狽え方が酷い。
「どうして、そいつだけ戻した!?」
彼らにはノエルによって中途半端とはいえ元の姿に戻されたことがなんとなく分かっていた。
だから、完全に戻った男の子もノエルが何かしたことで戻ったと思った。
「わたしは何もしていない」
だが、予想に反してノエルの言葉は非情だった。
「わたしは舞を捧げることで、あなたたちの不満を神様に届けた。けど、それはあなたたちの中で燻ぶっている不満の本当に一部にしかすぎないの」
そもそも、神は不満を押し付ける対象ではない。
人々の言葉を神に届ける役目を担っている『巫女』だからと言って、彼らの不満を全て届けられる訳ではない。
あくまでも自分の中にある声を届ける姿を見せただけ。
それによって、燻ぶり貯まり続けていた“穢れ”が吐き出された。
それでも、鬼人の体が残ってしまっているのは“穢れ”を呼び寄せてしまう不満が彼らの中にあるため。完全に元の姿へ戻る為には彼ら自身が自らの背負うべき不満ぐらいは受け入れる必要がある。
「まあ、あなたたちも不幸な目に遭ったのかもしれない。それでも、ものによってはどこにでもあるありふれた不幸だったりするものなの。神様のせいにするんじゃなくて自分で……自分たちでどうにかしなさい」
自分で抱える不幸。
たとえ一人で抱え切れず、圧し潰されそうになったとしても身近な人と協力して対処する。
それが人間のあるべき在り方だ。
力説するノエルの姿は『巫女』をしていた頃よりも尊く見えた。
「……」
不満な顔をしている村長の息子。
「あなたは何があったの?」
「ケッ、そこのガキを受け入れたせいで村が滅んだんだ」
「オレも……」
「わたしも似たような感じです……」
鬼人になった男の子に村を滅ぼされた。
その際に彼らも死の寸前まで追い詰められるような傷を負わされた。
死への恐怖。それが鬼人への変化のトリガーとなり、現状への不満を抱くようになってしまった。
「たしかに突然の死や自分の村が滅んだことは悲しい。けど、そんなことはこの世界に住んでいればどこででも起こる可能性があることなの。不幸を嘆いて神様へ不満をぶつけている暇があるなら、少しは幸せになる為の努力をしなさい」
ビシッと指を突き付けるノエル。
男たちもノエルの言葉に思うところがあるのか何も言い返せずにいた。
「そうだな。必死に足掻いたところで貧しい生活が好転しないせいで何もかも神様のせいにしていたところがあったかもしれない」
かもしれない。
ノエルとしては及第点をあげたくない言葉だったが、ギリギリ合格点だったらしく男の頭部が元に戻る。
その後も、完全に元に戻る光景を見ていた人々が自分たちの過去の行動を顧みて反省することで次々と元の姿へ戻る。
かなり衰弱していることもあって呆然としている。
「で、最後に残ったこいつはどうする?」
「わたしとしても困っているところなんだけど」
最後まで鬼人なままの大男。
例の炎を纏っていた鬼人だ。
その男は、他の者たちとは対照的に角を残した状態で首から上だけが人間の姿に戻っていた。
ノエルと一緒に眼前まで移動するとキッと睨み付けてくる。
「テメェら、よくもやってくれたな」
まるで人間へ戻されたことを嘆くような言葉。
「あなたは鬼人のままでいたかったの?」
「当たり前だ。こんなスゲェ力が簡単に手に入ったのに手放すなんて勿体ねぇ!」
たしかに一般人が持つには強過ぎる力。
力だけだったなら、捨てることを惜しむ気持ちも分からなくもない。
「何がそんなに不満なの?」
「ソコのガキと同じだ」
男が言っているのは、鬼人になって村を滅ぼした男の子。
「ぼ、ぼく?」
「そのガキは知らないみたいだが、ソイツは不正を働きまくって処刑された神官の息子だ」
時間が経てば経つほど次々と露見する不正。
しかも、糾弾する声を抑えることもできず、危機を抱いた人たちは今までの身分を全て捨てて自分たちのことを誰も知らない場所で生きて行こうとした。
なるほど。そういう目的なら北部の寒村は適切だったかもしれない。
「ソイツの母親は早々に行方を晦ませた。これは、何かあると思った奴らがガキの父親を処刑したのさ」
逃げた母親と子供を追うべきだという意見もなかった訳ではない。
しかし、中央では他にも処断するべき人間がいる、という意見によって見逃されていた。
「オレもさっさと逃げ出した口だ」
早々に逃げ出した母親を見習うことにした。
彼の一族は、国の要職に就いていた。しかし、その要職は他の一族と合同で数年おきに持ち回りにして受け継がれていた。たとえ、能力が乏しい者だとしても一族の後継者、という理由だけで受け継ぐことができる。
彼らだけで独占していたことによって能力のある者が登用されることがない。
そのことを不満に思う有能は多かった。
「今まで何百年もこの方法で上手く行っていたんだ! なのに、今さら……!」
ノエルへ強い憎しみを向ける。
貴族だというならノエルの顔を知っていてもおかしくない。
「本当に、今さら戻ってきてどういうつもりだ!」
その言葉はノエルが本物であるか疑っていた人たちに確信を抱かせるには十分だった。
「これも全てティシュアの奴が悪いんだ!」
天を見上げながら叫ぶ。
怨嗟の籠った叫びは、さながら『鬼』の慟哭のようだった。
「きた――キタキタキタッ!」
男を中心に渦巻く“穢れ”。
自分は何も悪くない。悪いのは全て自分を見捨てた神。
他者へ責任転嫁された強い想いが呼び寄せる。
「力さえ戻ればオレたちのものだ。テメェもオレの怒りを向けるに相応しい相手だ! すぐに潰してやるよ」
「もう、不可能よ」
「あ? 何を言って……」
鬼人へと変化する為に膨張を始めた男の体。
しかし、膨張が始まってすぐに膨張が止まり、体の至る所からひび割れを起こしていた。
「な、に……!?」
まるで鱗が剥がれるように鬼人の体と一緒に男の体もボロボロに崩れていった。
当の本人には、何が起こっているのか分かっていない。
「ど、どうして……!」
「単純よ。“穢れ”なんて力は集めれば扱えるような力なんかじゃない。わたしの舞を見て少しでも扱う力を失った状態で、無理に集めようとすれば体の内側に溜め込んだ“穢れ”のせいで逆に崩れる」
「く、くそがぁ!」
体の大半を失ったことで男の頭部が地面に転がる。
倒れて月を見上げる男。
「これ、も……ぜんぶ女神の奴が……」
最後までティシュア様のせいにして全身が崩れてしまった男。
不幸な境遇を嘆くことそのものには同情できるが、それをいつまでも神様のせいにし続けるのは間違っている。