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ダンジョンマスターのメイクマネー  作者: 新井颯太
第34章 鬼人慟哭
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第20話 穢れた不満-前-

 センドルフが逃げた。

 追い打ちをかけることは可能だろうが、今はそれよりもやるべきことがある。


「大丈夫か、ノエル?」


 全力で舞を披露していたノエル。

 今までにないほどの疲労を感じて全身から大量の汗を流し、虚ろな目をして倒れていた。最後は使命感だけで舞っていた。


「鬼になった人たちは……?」

「そっちは心配ない」


 疲れ果ててしまったノエルは彼らがどうなったのか見ていない。


「わっ」


 急に視界が高くなったことに驚いた。

 せっかくなので、お姫様抱っこで鬼人たちの様子が見える場所まで移動させてあげようとしたのだが、突然のことだったため驚かせてしまったようだ。


「もういい! 自力で立てる」


 移動したところでピョンと下りてしまった。まだ少しフラフラしているようなので無理はしてほしくないのだが、ノエルの意思なので無理は言えない。


「……なに?」

「「別に」」


 無理をしたのはアイラとイリスに見られていたから。

 ついでに二人に見られている、ということはシルビアとメリッサにも筒抜けになっているはずだ。


「それよりも……」


 ノエルが確認した鬼人の状態は微妙だ。

 腕や足だけといった体の一部だけ、肌が赤茶けている者、額から角を生やしている者など鬼人だった時の特徴を全員が残している。

 鬼人に変化していたのは老若男女様々で5、6歳ぐらいの小さな男の子がいるかと思えば白髪の目立つ老人の男性もいる。それでも、働き盛りといった若い男性が多いのは彼らの方が不満を貯め込み易いからだろう。


 ノエルが真っ先に鬼人になっていた男の子へと駆け寄る。


「う、ぐすっ……」


 その男の子は膝から下が鬼人のまま残っている。

 自分の意識がはっきりしているが、足が自分の知っているものではなくなってしまったショックと使い方が分からないせいで思うように立ち上がることすらできずにいた。


「おい……」

「ああ、街を襲おうとしていた化け物共だ」


 その時、街から出てきていた冒険者たちが駆け寄ってきた。

 騒ぎがすっかり収まった様子であるため状況を確認する意味でも近付いてきたのだろう。


「ひぅ……!」


 ただ、その言葉は男の子を傷付けるには十分だった。

 他にも意識が鮮明な者は彼らから向けられる言葉と視線に怯えていた。


「はい、見世物じゃないんだからあっちに行っていましょう」

「邪魔」

「あ、おい……あいつらをあのまま放置していていいのかよ」

「そうだぜ! 今の内に全員を仕留めておいた方がいいんじゃないか?」


 相手が弱っている内に仕留める。

 これが本能に街を襲うしかできない魔物、それこそ鬼人の状態だったなら何の問題もなかった。しかし、今は襲う意思など失った普通の人。まあ、肉体に『鬼』の要素が残っているから不安に思うのも無理はない。

 冒険者であることを考えれば決して間違っていない。


「ノエルの好きにさせなさい」

「なっ、それで被害が出たらどうするつもりだ?」

「大丈夫」

「何の根拠があって言っている。余所者のお前らには分からないだろうが、ここは俺たちの街なんだ」

「大丈夫。また暴れるようなら今度は仕留める」

「……」


 イリスの強い眼差しに冒険者たちは何も言えなくなる。

 その様子を見てアイラはパチパチと拍手をしていた。

 拍子抜けするような状況だが、冒険者たちもイリスとの実力差は痛感させられている。睨まれれば逆らうような真似はしない。


「さて、ようやく外野が静かになったことだし聞いてみようかな。ねぇ?」

「……なに?」

「君は自分に何があったのか覚えている?」

「うん……」


 男の子は全てを記憶していた。

 鬼人となってからは目に付く全ての者を襲い、全ての物を壊さずにはいられなくなっていたこと。その手で自分の住んでいた村にいた人たちを全員潰してしまったことを感触まで覚えていた。

 それは、幼い男の子にとっては耐え難い衝撃だった。

 だから、頭の中に響く声に従って街を襲うことにも不思議はなかった。


 ザンガと違って全てを覚えていたのは元に戻された方法にあった。


「よく分からないけど、お姉さんのおどりを見ていたら、おなかの向こうにあったモヤモヤってしていた気持ちが少しきえたんだ」


 ティシュア様へと届けられたことで穢れが軽減された。


「君は、何を不満に思っていたのかな?」

「おかあさん……」

「お母さんと喧嘩でもしたの?」


 何気なく聞いた原因。

 男の子はノエルの回答に対して頭を横に振っていた。


「もう、いないの」

「あ……」


 男の子の母親は既に亡くなっていた。

 幼い子供にとって母親を喪ってしまうのは絶望するのに十分な理由だ。


「お父さんは?」

「……知らない」

「そのガキに父親はいない」


 父親について知らないと言う男の子。

 その詳細を教えてくれたのは額から角を生やした男性だった。


「あなたは?」

「そのガキが暴れたせいで潰れた村の村長だった男の息子だ」


 村長の息子だった男が言うには、2年ほど前に男の子を連れた母親がフラッと村を訪れて自然と居着くようになった。中央がゴタゴタしているようなので、逃げてくる人が多く彼らもそういった事情を抱えた人なのだろうと思っていた。


 村長としては面倒事に巻き込まれたくなかったから母子を追い出したかった。

 しかし、母親は気付けば村に馴染んでしまっていた。村の外れにある牧場で牛を飼育している男の下で働き、日銭を稼ぐと離れにある小さな小屋へと帰っていく。

 大きな害もなかったようなので村人は母親を受け入れていた。


「けど、それも2カ月前までの話だ」


 冬を前にして母親が体調を崩してしまった。

 その後、流行り病によってあっさりと死んでしまった。

 ……男の子を残して。


「そのガキが村に受け入れていたのは母親がしっかりしていたからだ。けど、母親がいなくなって余所者のガキに誰も近寄りたくなかったんだよ」


 男の子の方から歩み寄っても無視される始末。

 どうにか小屋を使わせてもらう状況は続いていたが、そんな状況では食料も満足にくれるはずがない。


「しょうにんさんがくれたんだ」

「商人さん?」

「センドルフの野郎だよ」


 角を残した男が教えてくれる。

 彼にも鬼人になっている間の記憶が残っている。そして、男の子と違って知性があるおかげで自分たちに指示を出しているのがセンドルフだと気付いた。


「あいつは、そのガキに近付く為に食料を与えて生き延びられるようにしていたんだよ」

「いったい、どうして……」

「自分にとって都合のいいことを吹き込む為だ」


 母親がいなくなり、たった一人の現状。

 助けを求めても誰も助けてくれない。

 そんな状況にあって唯一助けてくれるセンドルフは、男の子にとって本物の救世主のように思えてしまった。


 そして、現状に対する不満をぶつける対象を教えられてしまった。


「ティシュア様だね」

「うん。いま、ぼくがくるしいのはティシュアさまがぼくたちをみすてたからだって言われたんだ」


 まるで全てのことがティシュア様に責任があるような言い方をされた。

 純真な子供である男の子は、それ以降はティシュア様へ毎日のように祈りの代わりに罵詈雑言のような不満をぶつけるようになった。

 そして、限界は意外とあっさり訪れた。


「それからはあたまがぐるぐるして--」

「もう、いいから」


 混乱する男の子の頭を抱くノエル。

 それから村長の息子へと目を向ける。


「どうして、男の子を一人だけにしていたの」

「逃げるように村へ来た奴は面倒事を村へ招き寄せる。現に村を滅ぼす原因になりやがった。追い出していなかっただけありがたいと思ってほしいところだ」


 自分たちの正当性を主張する男。

 言っていることは分からない訳ではない。閉鎖的な地方の村にはよくある迷信の一つみたいなものだ。


「ちがう」


 だが、男の子に責任を問うのは間違っている。


「こんな小さな子供が助けを求めていたのに誰も大人は助けなかった。助けを求めるだけで何もしない大人を助けないのは別にいい。けど、子供を助けないのは間違っている」

「余所者が偉そうに……!」

「それぐらい人の常識として当然でしょ」

「……」


 ノエルの言葉に男が反論できなくなる。

 自分たちの過去の行動を少しは悔いているのだろう。


「辛かったんだね。大変だったんだね」

「うん」

「けど、神様へ全ての不満をぶつけるのは間違っているの」

「どうして?」

「神様っていうのはね。毎日ちょっとずつでいいから感謝の込められた祈りを捧げて助けてくれるの。見返りを求める訳じゃない。まして、不満をぶつけるようなことはしちゃいけないの」

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