第16話 不死なる鬼
月明かりを受けて立つセンドルフ。
彼の体は手首と足首の先が鬼人のものになっていた。
「また、アナタたちは……!」
激昂しながら突っ込んでくる。
鬼人の手足には鋭い爪がある。その手で斬り裂かれれば人間の体程度なら血の海に沈めることができるし、武器だってバラバラにできる。
けれども、神剣には関係がない。
「へ……?」
惚けた声を出すセンドルフ。
ゆっくりと自分の右手を見ると手首から先がなくなっていることに気付いた。
「あ、手が……私の手がぁぁぁあああ!」
「手に構っている場合か」
あまりに隙だらけだったので首を刎ねる。
撥ね飛ばされたセンドルフの首が地面へ落ちた。
「――酷い人だ」
「……ッ!?」
背後から聞こえた声に前へ跳ぶ。
「……たしかに首を斬り飛ばしたはずだぞ」
背後を振り向く。
そこには地面に頭部が落ちており、立ったままの体には首から上がなかった。
「私でなければ死んでいましたよ」
声を発しているのは地面に落ちた頭部。
「残念ですけど、今の私はその程度では死なない体--」
最後まで聞かずに頭部へ炎を叩き付ける。
数秒で焼き尽くすと炭化した頭部が転がる。
「これだけダメージを与えているっていうのに……」
「――本当に酷いですね!!」
ただの炭にしか思えない頭部から言葉が発せられる。
さらに、その頭部を体が手を伸ばして掴むと切断された首の上に置く。
瞬きをする一瞬。
「ふぅ、あんな状態から元に戻したのは初めてでしたけど、どうやら杞憂だったみたいですね」
そんな短い時間の間に肉体の損傷を元に戻していた。
頭と胴体を切り離し、切り離された頭部を焼き尽くされても無事。この様子だと心臓を潰すなんていう普通の人間なら死んでいてもおかしくないダメージを与える方法では死なないだろう。
「死なないのは分かった」
「そうでしょう」
「けど、今はあいつの邪魔をされる訳にはいかない」
【迷宮操作:落とし穴】。
相手が一瞬で再生するなら、こっちは一瞬で落とし穴を作る。
足元の土が消えて穴が作られる。
「これは……!」
真下へ落下するセンドルフ。
だが、無事に着地することはない。
落下しながら細切れにする。
「ま、た……!」
ボトボトと10メートル下にある穴底にセンドルフのパーツが落ちる。
「きもっ……!」
ワタワタとバラバラになったパーツが蠢いて一箇所へと集まる。
自分で切断したとはいえ、この光景を見せられるとやる気が失せる。
「本当に酷い人ですね。村で遭った時は、そんな酷い人だと思いませんでしたよ」
「それはこっちのセリフだ」
ヨルシャ村で遭遇した時は、普通の商人しか見えなかった。むしろ、あんな寒村にまで来てくれるのだから気のいい商人という評価だった。
「本当に誤算です。もっと『鬼』の数を増やしてから派手に行動を起こすつもりでしたのに貴方たちのせいで計画を前倒しにしなければならなくなりました」
「この街に恨みでもあるのか?」
「いえ、アヴェスタには全く関わりがありませんよ」
「じゃあ、どうして」
「行動を起こす為には『鬼』の数が足りていないんですよ」
アヴェスタへ襲撃を仕掛けた理由が分かった。
「この街にいる人たちを鬼人に変えるつもりか」
「鬼人……いい呼び方ですね」
鬼人に襲われている現状。
住人は襲われることで不安を感じ、現状に不満を抱くことになる。
条件を満たしてしまった人がアヴェスタにどれだけいるのか分からない。それでも村よりも多い人数がいることを考えれば相当な数の鬼人が生まれることになっていたはずだ。
「私は、そちらの質問に答えたのですから私の質問にも答えてください」
「なんだ?」
「どうやって鬼人を元に戻していますか? 見たところ『穢れ』が完全に払われています」
「薬を作ったんだよ」
元に戻した方法を言いながら再度スキルを使用する。
一瞬にして穴を開けることができる【迷宮操作:落とし穴】。逆に開けた穴を一瞬で閉じてしまうこともできる。
穴の底にセンドルフを置いたまま【迷宮魔法:跳躍】で穴を脱出する。
そうして、すぐに落とし穴を塞ぐ。
「永遠にそこにいろ」
殺せないなら殺せないで対処する方法は存在する。
戦い慣れた人間なら俺が穴からの脱出を考えた時点で危険を覚えて自分も脱出しようとする。
だが、センドルフは本当に特別な力を得てしまっただけで戦い慣れているみたいではなく、穴が塞がる直前も俺がいた正面へ向かって語り掛け続けていた。
「いきなり鬼人の集団が現れた理由も分かった」
センドルフが人の姿を残したまま鬼人になっていた姿を見て思い出した。
あれだけ大量の鬼人が闊歩していれば、村の上空にしか待機させていなかったとしてもサファイアイーグルが気付かないはずがない。おそらく、サファイアイーグルの目には、いてもおかしくない人の姿は映っていたはず。
「鬼人は人の姿のまま街へ近付いていたんだ」
離れた場所で鬼人になったのも迫られていることを知った方が恐怖感が増すからだろう。
「さて、本当にどうやって元に戻したら――」
「まったく……本当に酷い人だね!」
埋められたはずの落とし穴が下から吹き飛ばされる。
穴があった場所には、左右の側頭部から2本ずつと額からの計5本の角を上へ突き出した白い鬼人が立っていた。
「しぶとい奴だ……」
生き埋めにしたはずだが、鬼人の持つエネルギーによって内側から土砂を吹き飛ばされてしまった。
「それが今の本当の姿か」
「カッコいいでしょう」
鬼人の巨体でジャンプすると穴から簡単に出てしまう。
「さて、どうする?」
生き埋めにする方法は意味がない。
怪力がスキルによるものだったなら『狂感鎖』による拘束も有効だったのだろうけど、アレはもっと別の力によるものだと思われる。
「私からは、もう一つ聞きたいことがあったんだけど答えてくれないかな」
「こっちはもう答えた」
とりあえず動きを封じる必要がある。
神剣で切断しようと振るうものの後ろへ大きく跳ばれて回避される。
「鬼人を元に戻す薬があるなんて信じられない。だけど、本当に戻っていることから実在しているのは疑いようがない。そんな薬を持っている君たちは、本当に何者ですか?」
質問しながら鋭い爪の生えた手を振るう。
俺には届いていない。しかし、鬼人から放たれた『穢れ』が飛んで地面を抉っている。
「ただの冒険者だよ」
「……答える気はないようですね」
自分たちの素性を教えるような愚行は犯さない。
センドルフが手を握りしめて突き出してくる。『穢れ』と言っていた力が固められた気弾が飛ばされる。
気弾の前へ飛び出すと神剣で斬り捨てる。
「では、質問の内容を変えます――彼女は何者ですか?」
「変わってねぇよ」
今、放たれた気弾も俺ではなく離れた場所にいるノエルへと向けられる。
センドルフと直接対峙している俺、鬼人を元に戻す為に今も奮闘しているアイラとイリス。誰かを狙うなら、まずは3人のうちの誰かであるはずなのに真っ先にノエルを狙ってきた。
理由は分かっている。
鬼人であるセンドルフにとって『巫女』は無視できる存在であるはずがない。
「なぜ、彼女が生きている!?」
「知っているのか」
「ああ、知っている! 何故、村で見た時は気付かなかった!? いや、理由は分かり切っている。あの時に見せた表情があまりに普通すぎた!」
普通の女の子にしか見えなかった。
それに死んだと聞かされていた者が生きているなど普通は思わない。
「だが、今の姿を見て本物だと確信した!」
ノエルへと拳を向ける。
「邪魔しているんじゃねぇ!」
地面から土の棘を生やしてセンドルフへ投擲する。
驚異的な再生能力を有していても痛いものは痛い。回避する為に横へ跳ぶと狙いがノエルから外れる。
「悪いが、鬼人になってしまった人を元に戻したい――そう願ったあいつが見つけた希望だ。邪魔させる訳にはいかない」
「……どうやら本物のようだ。私の中にある『穢れ』が今の彼女の姿を見て本物だと判断した」
睨むように鬼人たちのいる方向を見据えるセンドルフ。
そこでは、鬼人の周囲でノエルが舞っていた。