第13話 鬼人の正体
アヴェスタの宿で部屋を借りて休む。
ちょうど6人の大部屋が空いていたのでタイミングもよかった。
「で、何が原因だったんだ?」
全員に心が落ち着くハーブティーを出されたところで切り出す。
シルビアが用意してくれた飲み物なので間違いはない。
「うん……」
切り出すように言ったもののノエルは非常に気まずそうだ。
「お前が気に病むような問題でもないだろ」
たしかにノエルは『巫女』としての責務から逃げ出した。
だが、その責務は小さな女の子が親から引き離されて負わせるには、あまりに重すぎた。
そして、『巫女』に助けられ、『巫女』を支えるべき者たちは、その重荷を背負うのを手伝うことすらなく、さらに重くしようとしていた。
終いには、自分たちにとって都合のいい者へ代えさせようとした。
ノエルのことなど、どうでもいいと思っていた連中だ。見捨てたところで、どうとも思わないというのが俺たちの意見だ。
「ちがうの」
俺の問いに対してノエルが首を横に振る。
「わたしが『巫女』の責務から逃げたりしたから、こんな事態になっているみたいなの」
「どういうことだ?」
ポツリ、ポツリと呟くように説明してくれる。
「今までは大きな災害があってもティシュア様が事前に知らせてくれたから被害を最低限にすることができていた。神への祈りが大地に恵みを齎していたから比較的豊かだった」
それは、ティシュア様が齎してくれた恵み。
「神からの言葉を民衆に届け、民衆の言葉を神に届けるのが『巫女』の役割」
けれども、いつしか権力闘争の道具として利用されるようになってしまった。
強い権限を持っているように民衆からは見える『巫女』だったが、実際の神殿内では発言力が弱くなっていた。
本来なら『巫女』を支えるのが神殿の役割だったのだが、『巫女』が授かった言葉を利用している内に神殿の権力が強まってしまった。
「けど、神の言葉も万能じゃないの」
災害が起こることが分かったとしても被害者をなくすことはできない。
大地を豊かにすると言っても手入れなどを怠れば不作になる。
上手くいかないことがあり、不満は存在していた。
けれども、それ以上に功績が不満を打ち消してくれていた。
「ところが、わたしが『巫女』を止めてからティシュア様までいなくなった」
神が実在しているかどうかなど知りようがない。
しかし、人々に反省させる意味でティシュア様が自らいなくなることを伝えてしまっていた。
その結果、人々は神に見捨てられたことを知った。
「反省させる、という意味では正しかったのかもしれない。けど、正直に反省してくれる人間ばかりじゃないっていうことを忘れていた」
父親の失態によって生まれた時から得ていた権力を失った元貴族。
ちょっと頼りになるからといって村長という面倒な役目を押し付けられた青年。
「二人とも不満を持っていそうだな」
「確認だけど、ノルデンっていう人は鬼人になる前に愚痴を言っていなかった?」
「愚痴っていうか……」
アイラが必死に思い出す。
御者の男本人については、完全にノーマークだったため気にしていなかった。
「あたしとシルビアからセンドルフが鬼人騒動の犯人かもしれないって教えられてからは俯いてブツブツ言っていたわ」
「なるほど」
口にしていた言葉の内容は分からない。
それでも、状況からセンドルフに対する不満を口にしていたのは間違いないだろう。
「すごく情けない話だけど、ティシュア様から見捨てられたって考えたせいでこの国の人はティシュア様とは全く関係がないような不満でもティシュア様に見捨てられたせいだって思うようになったと思うの」
あり得そうな話だ。
ザンガも愚痴を口にしながら「ティシュア様さえ、いてくれれば……」と言っていた。
豊穣を齎していたティシュア様なら不作は関係があるかもしれない。
しかし、ザンガが口にしていた愚痴の中には村人同士の些細な諍いも含まれていた。
そんなものまで神のせいにされてはティシュア様も堪ったものではないだろう。
見捨てたくなる気持ちも分かる。
「それが鬼人と関係あるのか?」
「多分、これが原因の一つ」
気付けばメンフィス王国は、ティシュア様への不満で溢れていた。
「まったく困った話ですよ」
そして、気付いたらこっちに合流したティシュア様がノエルからハーブティーを奪っていた。
気分が落ち着くみたいなので冷静になってほしい。
「私に見限られるような行動をしていたのは貴族連中だというのに貴族連中は私を恨み、大衆も不満を私へ向けるようになっていました」
かなり早期の段階でそのような動きがあったらしい。
だからこそ、ティシュア様はノエルにメンフィス王国の現状を伝えたくなかったし、完全に見限ることにした。
「でも、ようやく私にも鬼人の正体が分かりました」
「私もです」
渋い表情になりながらメリッサがハーブティーに手をつける。
「今のメンフィス王国には繁栄を神へ願う想いとは逆――自分たちを見限った神を恨む想いで満ちています」
信仰されることで力を持つティシュア様。
逆に恨まれたことで、神気とは真逆の力が生まれてしまった。
「そういうことか」
鬼人からは神気と似ているにも関わらず、全く異質な力を感じていた。
体を構成するエネルギーが神気と同じ方法で生み出されているにも関わらず、そこに込められた想いは真逆。
異質だと感じるはずだ。
「鬼人は――神を恨む想いが凝縮された結果、生み出された存在なの」
それがノエルの出した結論だった。
そして、だからこそノエルは自らに責任があると感じていた。
「もしも、『巫女』がいたらこんな事態にはならなかったと思うの」
神を恨む気持ちがあったとする。
それでも、『巫女』がその想いを神へと届けていれば人々に影響を与えるような地上に残ることはなかった。
「わたしさえ残っていれば……」
「それは違うぞ」
思い詰めた表情をしたノエルにキッパリと言う。
「お前は『巫女』を止めてから何も見ていなかったのか?」
「え……」
「他の国が神に頼り切っているか?」
神を信仰し、中心にしている国もある。
それでも、何かしら上手くいかないことがあったからといって不満をぶつけるような対象にはしていなかった。
そもそも、アリスターでは特定の神を信仰していない。
一応、教会が建てられているものの教えを説いて、人々の心の拠り所とする場所でしかない。
「この国の人間がおかしいんだよ」
化け物を生み出してしまうほどの不満。
自分たちで負うべき責任をどれだけ他人へ押し付けようとすれば、そのような事態になるのか分からない。
極論を言ってしまえば自業自得。
「そうそうノエルが気にする必要ないわよ」
「あんたリエルに不満があったらティシュア様のせいにしなさいって教える?」
隣に座ったシルビアとアイラがノエルの体を抱きながら慰めている。
「鬼人の正体については分かった」
残る問題は、どのようにして鬼人へと至ったか?
不満を言っているだけで鬼人になってしまうのだとしたら誰もが変貌してしまう可能性を秘めている。
それにセンドルフと強く接触した二人の人間が変貌を遂げている
「まだ何かある……」
だが、それが何なのか分からない。
「わたしにもそれが何なのか分からない」
ノエルも予想できていない。
「さて、困ったな」
鬼人へ変貌する理由が分かれば手掛かりになると思っていた。
ティシュア様へ対して強い不満を抱いていそうな人が手掛かりになる。
「そんな人たくさんいるぞ」
メンフィス王国の北側を記した地図をテーブルの上に広げる。
北部には貧しい村がいくつも存在しており、中央部を恨んでいる人が多くいる。おじいさんは、ティシュア様がいなくなる前と生活は変わらないと言っていた。だが、現状を不満に思っていることには変わりなく、その恨みは信仰対象だったティシュア様へと向けられている。
「とりあえず明日から手当たり次第に村を訪れて様子を確認するしかないか」
もうすぐ夕食の時間。
既に外は真っ暗になっているので調査を始めるなら明日からになる。
だが、俺たちは致命的な見落としをしていた。
鬼人発生最大の原因と思しきセンドルフを追い詰めてしまっていたという事実を見落としていた。