第11話 商人ギルド
貴族であるアヴェスタ男爵が住む町。
彼の家の名前がそのまま付けられた町は、貧しいながらも豊かさを得ようと先祖が努力してきた甲斐あって活気がある。
俺たちの目的地は商人ギルド。
ギルドのような施設は村にはないためナテウス村から最も近い町へ訪れる必要があった。
アイラとメリッサを連れて商人ギルドを訪れる。
「いらっしゃいませ」
商人ギルドの施設を訪れると正面にあるカウンターに座る受付嬢が笑顔で迎えてくれる。
「どうされました?」
「この人を回収してください」
「……ん?」
荷物のように脇に抱えていた御者の男を放り捨てる。
「ノルデンさん!?」
快復させたものの未だに痩せこけている御者の男。
ノルデン、という名前は御者の荷物の中にあったステータスカード、それに商人ギルドの登録カードから確認してある。
「何があったのですか?」
「実は……」
ヨルシャ村とナテウス村で何があったのかを説明する。
「俄かには信じられない話ですね」
「では、もう少し上の方を呼んできて下さい」
「大丈夫ですよ。私は、このギルドのサブマスターですから」
それなりに地位のある人物が受付に立っていた。
どうやら、人手不足から経験の長い受付嬢である彼女が現場の統括も行うサブギルドマスターの業務まで引き受けるようになってしまったらしい。
「で、あなたたちは当ギルドに所属するセンドルフさんが一連の騒動を引き起こしていた犯人。そう言いたいのですね」
「そうです」
「証拠はありますか?」
証拠はない。
今のところ、センドルフと御者の男ノルニスが訪れた村で『鬼』騒動が起きていたこと。ノルニスが『鬼』となってしまい、騒動が起きていた時にヨルシャ村の近くで鬼人になれるセンドルフが潜んでいたこと。
鬼人騒動とセンドルフを結びつけるような証拠は手に入っていない。
ただし、こちらの目的はセンドルフを犯人として知らせることではない。
「信じないのなら結構です。まずは、こちらが保護したノルニスを回収してください」
ナテウス村にノルニスを介抱するほどの余裕はないため、俺たちで商人ギルドまで運ばせてもらった。
ナテウス村での事件、商人ギルドに登録している者が暴れた。壊した小屋の弁償に謝礼は商人ギルドが負担しなければならない。
その後、調査が行われて責任を負うべき者へと請求する。
「もちろんです。ただ、こちらでも騒動については調べなければなりません」
商人ギルドに所属しているセンドルフが村をいくつも壊滅させる騒動の犯人などと許容できるものではない。
できることなら内々に処理したい。
「それでも構いません。俺たちがお願いしたいのは、こちらの買い取りです」
カウンターの上に鬼人治療薬を置く。
「……これは?」
毒々しい色をした液体。
見た目の嫌悪感から正体を聞かずにはいられない。
「今、騒動を起こしている『鬼』は人が姿を変えたものです。驚異的な再生能力を有しているうえに凄まじい怪力があるので倒すのも苦労をしますが、倒してしまうと人殺しになってしまいますよ」
「……!」
人を襲ってしまったものの本意ではない。
彼らは助けられるべき人である。
「そこで、コレです」
薬を作ったメリッサから説明が行われる。
効果は既に試しており、ノルニスに使用していたところを信用してもらう為に魔法道具を使用して撮影していた映像を見せる。
『鬼』の体がドロドロと溶けて元の姿に戻るノルニス。
衰弱しているものの元の姿には戻ることができている。
「このような薬をどのようにして……!」
「作り方を教えますので、商人ギルドの方で用意してください」
今のところ犯人として最も有力なのがセンドルフ。
センドルフが犯人だと断定することはできないが、自分たちのギルドに所属する者たちに何かがあった時の為に喉から手が出るほどに欲しい代物。
そして、欲しいのは他の人も変わらない。
今、最も売れる商品だと言っていい。
「お願いします。作り方を教えてください」
「いいですよ。これ以上の被害拡大を阻止する為にも協力してほしいところですからね」
メリッサの口から材料、そして作り方が説明される。
だが、材料に『ユニコーンの角』が必要だと教えた段階で受付嬢の表情が曇ってしまった。
「どうしました?」
「どうしました……ではないです! 『ユニコーンの角』などという素材が簡単に手に入るはずがないでしょう!」
そう。
鬼人治療薬を作るうえで最も困難なのが、材料に欠かせない『ユニコーンの角』を入手する方法。
俺たちは王竜の素材を売却した時に対価として貰えた。
ユニコーンの角にも同等の価値があると言っていい。
少なくとも、アヴェスタのような小さな町にいる薬師に用意できる素材ではない。
「作り方を聞いたところで私たちでは材料を用意するのが不可能です。そもそも、どうやって手に入れたのか教えてほしいところです」
対価に王竜が必要なことを伝えた。
「……やはり、無理ですね。『ユニコーンの角』なんていう物を用意できるのは商人の国としてレジュラス商業国の中でも有力な商人ぐらいですよ」
つまり、あのレベルの商人なら用意するのは不可能ではない。
作り方そのものは難しくないので材料さえ用意することができれば、アヴェスタにいる薬師でも作製は不可能ではない。
「でも、治療方法は伝えましたよ」
そのまま商人ギルドを後にする。
今回は、『ユニコーンの角』を使用した治療薬を使用すれば鬼人となった人を元に戻すことができる、ということを商人ギルドへ伝えることが目的だ。
俺たちだけが知った状況だと後々に問題になる可能性がある。
しかし、商人ギルドも知っており、コストさえ気にしなければ治療薬を作ることができるにも関わらず用意していなかった。おまけに捕らえられた犯人は商人ギルドに所属している者。
騒動に関わったとしても真っ先に非難されることになるのは、俺たちではなく商人ギルドへなるように仕向けられる。
もちろん、今のやり取りは全て録音済み。
後にきちんと教えていた、と知らせる必要がある。
「あの人たち、動いてくれるかな?」
アイラが不安そうに呟く。
「動かないだろ」
センドルフが犯人だという証言にも半信半疑だった。
それに商人ギルドは利益を追求する商人たちを支援する為の組織。後々に不利となることはあっても鬼人になった人々を助けることは利益に繋がらない。
さらに薬を用意する為には材料として『ユニコーンの角』が必要になる。
コストを考えれば動くはずがない。
売れるかもしれないけど、コストを考えると赤字にしかならない。
「俺たち以外の連中にとって助けるのは赤字になる。けど、俺たちにとっては利益を齎すだけでなく感謝される」
せいぜい商人ギルドが動けない間に鬼人となった人々を助けることにしよう。
「まずは、どうやって鬼人になるのか原因を突き止めることにしよう」