第7話 鬼を生み出せし者
「『鬼』への変化は成功」
村から外れた林の中で一人の男が呟いた。
かなりの距離があり、普通の人間には村の様子など確認できるはずがない。それでも普通の人間ではない男には村の様子がはっきりと分かっていた。
監視している目的は、自らの成果の確認。
彼こそが『鬼』を生み出している張本人。
「ですが、成功したのは変化まで、ですか……」
アレでは『鬼』へ変化させた意味がない。
「何者なのでしょうか?」
先ほど話をした時には特別な者には思えなかった。いや、冒険者なので一般人よりは強いように思えた。しかし、『鬼』を倒せるほどには思えなかった。
それぐらい普通の少女のように見えた。
実際、平時にマルスたちは無用な諍いを避けるために力を抑えている。よほど歓待能力に優れた者でなければ力を見抜くのは難しい。
そして、監視している者にそれほどの力はない。
「困りましたね。これでは『鬼』を得ることができません」
彼の目的は、少しでも多くの『鬼』を得ること。
「あの場から奪い取るのは不可能でしょうね」
林から見ているだけでも完全に拘束されているように見える。
「残念ですが、この村で得られるはずだった『鬼』については諦めるほかないようです」
さらに冒険者たちに『鬼』を討滅するだけの力があることも見抜いていた。
完成された『鬼』ならば殺されるようなこともないだろうが、生まれたばかりの『鬼』ではどうしようもないように思える。
状況を口にして言葉にすると整理する。
「撤退しましょう」
この場から離れようと村へ背を向ける。
「どこへ行くつもりなの?」
「……!?」
背を向けた村のある方向から聞こえた女性の声に振り返る。
「え……」
振り向いた男の目に映ったのは胸の前で交差する2本の鎖。
それから自分の隣で鎖を持って立つ二人の女性。金髪と蒼髪の女性だ。
「さて、色々と教えてほしいことがあるので聞かせてもらいましょうか」
「……何者だ、お前らは?」
拘束された男が正面に立つ銀髪の女性を見る。
杖を持ち、ローブを身に纏った女性。明らかに魔法使いだと分かる風体。しかし、その身からは強烈なほどの殺気が放たれている。
「貴方が、あの村で遭った冒険者の仲間、とでも言えば分かりますか?」
「チッ、『鬼』に変化できる奴が現れたからと言って、あの村の近くに居座っていたのは間違いだったか」
男は自らの失態を恥じると舌打ちする。
そうして、力を込めて拘束する鎖を引き千切ろうとする。
「無駄です。その鎖は怪力自慢の者であっても砕けるような代物ではありません」
男を拘束している鎖は『狂感鎖』と呼ばれる特別な鎖。拘束した対象のスキルを封じる効果がある。
男が普通の人間ではないことは、離れた場所から村を監視している事、さらに『鬼』に変化させている騒動に関わっていることからも明らかだった。男が所有しているであろう特別なスキルを使用させない為に『狂感鎖』を使用した。
そして、強度も普通の鎖とは一線を画している。強化するようなスキルを使えなくするため拘束さえしてしまえば抜け出すのは不可能。
「……」
男が脱出する為の方法を思案する。
しかし、スキルを封じられた状態で抜け出すのは簡単ではない。
「一つ目の確認です。貴方は、あの村で行商を行った商人ですね」
「……」
「沈黙は得策ではないですよ」
正面に立つ銀髪の女性――メリッサの瞳と杖が妖しく紫色に光る。
「……そうだ」
【闇属性魔法】による暗示を受けた男――商人があっさりと肯定する。
自白させることが可能な【闇属性魔法】が使えるからこそメリッサが正面に立って危険な尋問役を引き受け、シルビアとイリスが拘束を続ける為に気を張り続けている。
魔法に精通している者なら暗示に抵抗することもできる。
しかし、商人は魔法への抵抗力が低かったため簡単に受け入れることとなった。
「どのようにして『鬼』を生み出しているのですか?」
「――信仰の力だ」
「信仰?」
「そうだ。この地で信仰されていたティシュア様だ」
豊穣を齎す神ティシュア。
メンフィス王国で暴れ回っていた神獣たちを退ける為に自らも異世界へと閉じ込めた獣人。
その後、彼女への想いが神へと昇華させることとなり、メンフィス王国へ訪れる災いを『巫女』を通じて報せ、恵みを望む人々の元へ雨を降らせるなどして恩恵を与えていた。
「貴方はティシュア様によって救われたようですね。彼女を信仰しているはずの貴方がなぜこのようなことをするのですか?」
「これこそティシュア様の望んだことだからだ」
試しに念話でティシュアへ確認を取るメリッサ。
しかし、ノエルを介して得られたティシュアの回答は『否定』だった。
「彼女はこんなことを望んでいませんよ」
「そんなことはない。私にこのような力を与え、神罰を望んでいるのはティシュア様だ。神としての地位を失ったと聞かされて絶望していた私の前に現れ、素晴らしい力を与えて下さった!」
全身に力を込める商人。
何かをしようとしているようだが、『狂感鎖』に拘束された状態ではどのようなスキルも使用することができない。
「厄介な鎖だ」
――ドクン!
商人の中で嫌な力が高まるのをメリッサたちが感じた。
神の力に似ている。けれども、似ているだけで全く異質なもののように感じられた。
「神の意志を阻む者は、神の力によって裁かれよ」
拘束されている商人の体が一瞬だけ膨れ上がり、すぐさま元のサイズへと戻る。
その間にできた隙間を縫って上へ跳び上がると『狂感鎖』から抜け出すと周囲にある木の枝の上に着地する。
「……と言いたいところですが、こちらも準備不足な上にあなたたちと対峙する理由がありません。ここらで退かせてもらうことにします」
「絶対に逃がしてはなりません!」
林、という状況を利用したメリッサの魔法によって木から枝が生み出されて伸びると商人を拘束しようと蠢く。
「おっと」
だが、商人の振るう手によって弾かれてしまう。
拘束しようとしたのは普通の枝ではない。メリッサの魔法によって強化された状態で生み出された枝。普通の人間が払ったところで弾かれるような代物ではない。
「女性がこのような刃物を持つべきではありませんよ」
さらに不意を突いて背後から振るわれたシルビアの短剣すらも刃を掴まれて受け止められてしまった。
刃は当たっている。しかし、血が流れる様子はなく平然としている。
「無駄です」
商人の胸に氷柱が直撃する。
しかし、服が破かれる程度で致命傷を与えられていない。
「私の目的はこっち」
氷柱から発せられる冷気が商人の立つ枝ごと足を凍らせる。
身動きを封じて聞かなければならないことを聞き出さなければならない。
「どんな力も信仰の前では無意味です」
商人の足が巨大化し、内側から氷を砕いてしまう。
イリスの魔法は商人の足を完全に凍らせていた。無理矢理砕くような真似をすれば無事では済まないはず。
……そんな、考えは露わになった商人の足を見て間違いだと悟った。
「赤黒い肌――『鬼』!」
商人の足は赤黒く変色した上、いくつもの白いラインが走っていた。
よく見ればシルビアの短剣を受け止めている手の内側も同じように変化している。
「あなたたちと対峙する理由は本当にありません。そろそろ退散させてもらうことにしますよ」
「きゃ!」
掴んでいた短剣と一緒にシルビアを放り投げる商人。
「くっ……」
拘束が難しい。
逃げられるよりはいい、と判断したメリッサが光球を生み出して商人へ当てる。
「そのようなものは通じませんよ」
肩まで完全に変化した『鬼』の腕によって霧散させられてしまった。
「逃がす訳にはいきません! どうにかして『鬼』に変わった者を元に戻す方法を聞き出さないと!」
「元に戻す方法……?」
逃げ出そうとしていた商人の足が止まる。
邪魔された上に逃げ出してしまうのは悔しい。せめて彼女たちが真実を知って悔しがる姿を見たい。
「そんなものは存在しない。『鬼』となった者は永遠に力を振るい続けるのみ。それこそが神の望んでいることだ!」
最後に絶望を齎す言葉だけを『鬼』に変化した足で逃げ出す商人。
「待って!」
「止めておきましょう」
「どうして!?」
逃げ出した商人を追おうとするシルビアを止めるメリッサ。
「今は『鬼』になった人を元に戻す方法を模索する方が優先です」
メリッサたちの役割は『鬼』に変化させた犯人から元に戻す方法を聞き出すこと。
しかし、去り際の様子からして元に戻す方法はない。少なくとも、犯人が知らないのは間違いない。
「じゃあ、どうするの?」
「こちらの様子は主も分かっているはずです」
『鬼』となったザンガを拘束しながらもこちらの状況を把握していたマルス。
犯人が元に戻す方法を知らなかったからと言って諦めた様子はない。
「まずは戻って手伝うことにしましょう」




