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ダンジョンマスターのメイクマネー  作者: 新井颯太
第34章 鬼人慟哭
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第5話 『巫女』と商人

 ヨルシャ村をグルッと回るノエル。

 村人たちは黙々と農作業をしながら、ノエルの様子を遠巻きに見ていた。


 彼らには歩いているだけにしか見えない。しかし、ノエルと俺にはしっかりと意味のある行動だ。


「ダメ……全然神気が感じられない」


 村を回りながら神様に纏わるような力や代物がないか確認する。

 しかし、結果は芳しくなかった。


「この村は無事だった……っていうことで、いいのかな?」

「もしくは、神なんて最初から関わっていなかった」


 異常は見つからなかった。

 今のところは、それで終わらせるしかない。


「お嬢ちゃんたち」


 村へ来た時に最初に遭ったおじいさんが話し掛けてきた。


「今日はどうする?」

「今日?」

「もう昼は過ぎたぞ。隣の村へ行ってもいいが、今からだと急がないと日が暮れることになるぞ」


 おじいさんが心配しているのは俺たちの休む場所。

 休む場所を確保しなければ冬の寒空で野宿することになる。俺たちには快適に過ごせるテントや温かい食事があるから問題ない。

 けど、おじいさんを心配させるのは忍びない。


「どこか使える家はありますか?」

「オレの所でよければ使うか?」

「いいんですか?」

「問題ない。息子たちが別に家を用意して、ばあさんが死んでからは小さな家で一人暮らしだ。若い二人を泊めるぐらいなら大丈夫だ」

「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」


 休める場所の確保はできていた。


「……お、今日だったか」


 話をしているとおじいさんが村に客が来たことに気付いた。

 街道を走る馬車の音。それは村人にとって待ち望んでいた音だった。


「わぁ、商人さんだ!」

「すごぉい!」


 馬車に興奮する子供たち。

 近付こうとして危険なので近くにいた大人たちが必死に止めている。


「はは、危ないから近付くんじゃないよ」


 村の中心で馬車を止める商人。

 荷馬車の中には調味料や布といったヨシュア村だけでは得られない物が積み込まれている。


「いらっしゃい」


 馬車から降りてきたのは糸目の人間。茶色い長い髪を後ろで縛り、眼鏡を掛けた青年。商人と呼ぶには覇気が弱く、行商を行うよりも店の奥で書類と睨み合っているような男だ。


「手伝ってくれ」

「はいよ」


 御者をしていた男に声を掛け、荷馬車に積んでいた商品を次々に下ろしていく。

 御者はガッシリとした筋肉質な体をした狼の獣人。商品を運んで緊張でもしているのか狼の尻尾がピンと立っていた。


「みなさん、色々と不足しているでしょう。最近、さらに寒くなってきたので毛布をたくさん用意させていただきました」

「そいつはありがてぇ!」


 熊耳の生えた青年が村の奥から出てくる。

 その手には農作物の入った木箱が抱えられていた。


「処理の終わった収穫物だ」

「寒い中ありがとうございます」

「こっちこそアンタの商売に助けられているんだ。気にしないでくれ」


 それから若い男たちがいくつかの木箱を運んでくる。


「彼らは?」

「収穫しても、すぐに売れる訳じゃない。ああして、処理の終わった物から商人に買い取ってもらっているんだ」


 木箱の受け渡しが終わると値段の交渉へと移る。

 商人は少しでも安く。

 村人は少しでも高く。


 結局、商人の人が好いのか村人を慮った金額で引き取られることとなった。


「以前は領主に税として納めれば生きていくに困らない状態だったんだがな」

「そういえば、領主は……?」


 交渉を青年が行っている。

 もっと交渉事に慣れた人が対応した方がいいはずだ。


「以前から税を取ること以外に興味のない連中だったが、今は全くの無関心と言っていい状態だ」


 完全に引き籠ってしまっている。

 税を取ることで村人から恨まれるのを恐れている。

 まあ、何もしないこともそれはそれで恨まれる原因になるのだが、今のこの国の貴族にはそこまで気が回らない。


「そんな状況だからこそオレたちのことを思って商売をしてくれる商人のあんちゃんには頭が上がらないんだよ」


 農作物の買取金額の交渉をしている間に村の若い女たちが布や毛皮を手に取って商品を確かめている。

 どうやら満足したようで夫と思しき男に話し掛けている。

 その中には交渉が終わったばかりの青年へ話し掛けている女性の姿もある。

 青年は、妻と思しき女性には頭が上がらないようで言われるがままに妻の望んだ物を買うようにしている。妻も家計のことは把握している。無理がない範囲で、必要な物だけを購入するようにしている。


 と、毛皮を抱えた女性がこちらの様子に気付くと頭を下げた。

 俺たちへの挨拶、というよりも隣にいるおじいさんへの挨拶のように見えた。


「息子夫婦だ」


 別の村へ行き『鬼』に襲われた息子以外にも子供がいる。


「若い男の中では一番力があるし、村の連中から頼りにされている。息子なんかに務まるとは思っていないが、村長みたいなことをやっているんだよ」

「すごいじゃないですか」


 純粋にすごいと思える。

 交渉が上手くいったことを村人たちに報告し笑顔を振り撒く青年。

 その姿に村人たちも笑顔になり、笑いが広がっていく。

 純粋に彼を中心に村が笑顔になっていた。


「それに、あの商人もいい人ですね」


 かなりの安価で商品を売っている。


「なんでも昔、『巫女』様に世話になったことがあるらしい」


 『巫女』という言葉にノエルが反応する。

 しかし、俺を間に挟んでいたためおじいさんが気付いた様子はない。


「オレたちが苦労するところを『巫女』様は望んでいないはず。だから、商人のあんちゃんは私財を投げ打ってまでオレたちを助けてくれるんだとよ」


 ノエルに助けられた商人。


『覚えているか?』

『ううん、見たことない』


 しかし、『巫女』本人であるノエルは否定する。

 まあ、『巫女』と言ってもノエルよりも前の『巫女』が彼もしくは彼の関係者を助けただけかもしれない。それにノエル本人が関わっていないところで助けられたのかもしれない。

 ノエルが覚えていないからと言って嘘だと断ずることはできない。


「ちょっと行ってくる」


 商人のことが気になり駆け寄る。


「あの……」

「なんです?」

「どうして、そんなによくしてくれるんですか?」

「今までに見たことのない方ですね」

「あ、はい。冒険者です」


 何度もヨシュア村を訪れたことのある商人は村人の顔も把握していた。


「以前はおられた『巫女』の事ぐらいはご存知ですよね」

「まあ、一般に知られているぐらいには……」

「私がまだ駆け出しだった頃、行商で立ち寄った村で休んでいたところ突然の豪雨に見舞われたのです」


 近くの川が氾濫し、村にまで水が押し寄せてくるようになった。

 村にいた男連中は全員が協力して土嚢を積み上げて水を堰き止めようとした。しかし、水の勢いは凄まじく村に住む男や商人のように村へ立ち寄った数人の冒険者に協力してもらっても止められそうにない。


 単純に人手が足りない。

 誰もが諦めた時に駆け付けてくれたのが王都の騎士団だった。


「『巫女』様は神託により川の氾濫を預言し、村へ騎士を派遣してくれました」


 ティシュア様を中心にしているメンフィス王国。

 いくら普段は蔑ろにしている地方の小さな村だったとしても、『巫女』であるノエルから「救え」と言われれば駆け付けない訳にはいかない。

 『巫女』の神託はティシュア様の言葉そのもの。

 ノエルの神託があったからこそ村は救われた。


「豪雨の中、馬車で移動するのは危険でした。村人でない私は商品と馬車を捨てれば自分の命だけは助けることができました。ですが、商人としてそんなことは許せなかった」


 だから氾濫から守る為に力を貸した。

 だが、堤防が決壊する直前には自分の選択を後悔していた。


「本当に『巫女』様には感謝していたのです」


 純粋な尊敬の眼差し。


「ですから、あのような事態になって残念なのです」


 騒動で命を落としたことになっているノエル。

 商人は『巫女』が亡くなったと本気で信じていた。


「せめて、彼女が救ってくれた地方にある村ぐらいは救いたい。私程度が動いたところでどうなるものでもありませんが、少しでもあの時の恩を返したいと思ったのです」

「そっか、頑張ってね」


 そそくさと商人の傍を離れるノエル。

 その様子を不思議そうな表情で商人は見つめていた。


「どうしよう……」

「覚えがあるのか?」


 俺の質問に真っ赤な顔をしながら首を横に振る。


「川が氾濫する、なんていう神託は何度も下ろしたことがあるの」


 その中の一つで救われたのが商人だった。


「なら、よかっただろ」


 ノエルが『巫女』として過ごした日々は無駄ではなかった。

 きちんと救われた人たちがいる。


「うん」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 時間差ながらもノエルさんの行動で確かに救われていた人たちも確かにいて、彼女の死を嘆き生き方を良い方向に変化させた人が実際に活動しているのを直に知る事が出来たのは、彼女にとっての救済・励まし…
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