第1話 叔母と姪
クラーシェルから帰還した数日後。
家族には全員へ出掛けないように言って、屋敷で朝から人を待っていた。
昼が近くなった頃、
「お」
イリスが【転移】してくる気配を感じて立ち上がる。
眷属たちも全員が気付いた。
「お待たせ」
朝から出掛けていたイリスが戻ってきた。
その傍にはイリスの育ての親とも言えるフィリップさんとダルトンさん、さらには予定していなかったガンツさんまでいる。
「今日はお招きいただきありがとうございます」
フィリップさんが挨拶をし、ダルトンさんとガンツさんも頭を下げる。
彼らの挨拶は目の前にいる俺たちよりも後ろにいる母たちへと向けられている。
「いえ、こちらこそ招待ができて嬉しく思います」
氷神の騒動があった時に簡単な挨拶を交わした母とフィリップさん。
その時にイリスが世話になっているのだから、きちんと挨拶をしなければならないと思い、復興で忙しい状況でも少しだけ落ち着いたから時間を設けて赴くことになった。
既に冒険者でないフィリップさんたちだったが、冒険者ギルドで後進の育成やギルドの手伝いをしていて避難でカンザスを離れた今でも忙しい。
そんな状況にあっても【転移】なら移動時間を限界まで短縮させることができる。
リビングへと案内し、ソファに座ってもらうと母がお茶を出す。
母の隣にはオリビアさんとノンさんがいる。普段の屋敷での生活を知る3人が保護者として話に花を咲かせている。
当然、彼らの話題はイリスが中心になる。フィリップさんたちは幼い頃のイリスがどういう子供だったのか、母たちは屋敷でイリスがどういう生活をしているのかで盛り上がっている。
そんな風に話題になれば恥ずかしさのあまり俯かざるを得ないイリス。
「どうしたの、シエラ?」
親たちの話を聞かないようにしていたイリスがリビングを入口の陰から覗いているシエラに気付いた。
隠れていることに気付かれたことを悟るとタッタッタッ、とフィリップさんへ駆け寄る。
「こんにちは!」
教えられた挨拶を一生懸命に言う。
どうやら以前に『イリスの父』だと紹介したのを覚えていて挨拶をするタイミングを計っていたらしい。
「きちんと挨拶ができるなんて偉いな」
「えへへっ」
シエラの頭を撫でるフィリップさん。
既に信用できる相手だと認識しているのかシエラもされるがままになっている。
「みんなのところにいこう!」
「あ、おい……」
フィリップさんの手を引いて屋敷の奥へ行こうとしている。
階段も一生懸命に昇り、3階にある部屋へと入る。
「みんな!」
シエラが案内したのは弟や妹が寝ている子供部屋。
大きな声にビックリしてしまったのか寝ていたアルフとソフィアが目をパッチリと開け、一人で遊んでいたレウスが入口へ目を向ける。
「やっちゃった」
大きな声を出してしまったことを後悔するシエラ。
3人とも初めて見るフィリップさんたちを警戒している。イリスから自分の父だと紹介され、さらにはシエラからも言われたことで警戒を解く。
「う、ん……」
小さな声が聞こえる。
その声は、子供たちにも聞こえたたためレウスが歩いて近付き、アルフとソフィアもハイハイで近付く。
声を出したのはディオン。俺たちが入ってきても眠ったままだったが、挨拶をしている内に起こしてしまったらしい。眠いのを堪えながら目を擦っている。
「ここにいるのは全員お前の子供か?」
「まさか、レウスは俺の兄の子供ですよ」
改めて子供たちを紹介していく。
長女シエラ、長男アルフ、次女ソフィア、次男ディオン、三女リエル。
5人もの子供を紹介すると感慨深いものがある。
「ん、こっちの子供は?」
ダルトンさんの視線がリエルの隣で寝ている女の子へと向けられる。
生まれたばかりで特徴など目立たないが、こうして並んで寝かせられているとリエルにそっくりだということが分かる。何よりも頭の上にはリエルと同じ狐耳がある。
リエルが金色の毛。
隣の女の子が濃い黄色の毛。
二人を初めて見た人なら『姉妹』だと思うだろう。
「この子が四女か?」
「まさか」
「その子は、私が数日前に産んだ子――ノナです」
部屋へ入ってきたノンさんが女の子の頭を撫でながら言う。
母親に撫でられていると分かっているのか顔を綻ばせている。隣で何が起こっているのかなんとなく分かるのかリエルがぐずり始める。すぐにノエルがあやすと満足そうに再び眠る。
「ええと……」
ガンツさんが言葉に困っている。
見た目はリエルが姉でノナが妹のように見える。
「それが、ノエルがリエルを身籠ったのと同じ頃にノエルの母親であるノンさんも身籠ってしまったみたいなんです」
厳密には同日だが、面倒なことになるのが見えているので詳細は省く。
「で、俺たちが融雪作業に勤しんでいる間に生まれたんです」
元々成長の速い獣人。
しかし、ノナはなかなか生まれてこないため心配していた。これが初産だったなら母親が不安に苛まれていたかもしれないが、既に3人目の妊娠であるノンさんは非常に落ち着いていた。
そして、周囲の不安など気にすることなく産気づくとあっさり生んだ。
俺たちも帰ってから知らせてもらったぐらいだ。
「ノナは生まれた時から叔母なんです」
撫でるのを止めると不安になったのか隣にいるリエルへと手を伸ばす。リエルも気配を察しているのか手を必死に伸ばしている。
その姿は妹が姉に甘えているようにしか見えない。
しかし、血縁上はノナが叔母であり、リエルが姪になっている。
「随分と複雑な関係だな」
「まあ、あまり関係がありませんよ」
リエルがノナを妹だと認識する。
そうしている間は、ノナも俺の娘の一人だとして扱う。
レウスも兄が忙しくて面倒を見られない時は、自分の息子のように接するようにしているし、逆に俺が長期の依頼でいない時は兄に父親役を頼むようにしている。
この屋敷に住んでいる子供は、自然と大人たちの庇護下にある。
「へへっ、いいでしょ」
なによりもシエラがたくさんの弟や妹を前にして喜んでいる。
「お母さんは好きか?」
「うん!」
子供の高さまで屈んだフィリップさんが尋ねる。
すると、シエラが答えながら近くにいた順に5人の母親たちを見る。ノンさんは『母親』でもある以上にシエラの中で『祖母』という扱いになるので除外される。
「そうか。よかった」
母親の中にイリスがいたことを確認して笑顔になっている。
「お母さん、たくさんいるんだな」
「そうだよ」
「じゃあ、お母さんたちの中で誰が一番好きかな?」
ダルトンさんが何気ない質問をする。
子供ながら母親を務めてくれる人がたくさんいることを理解してくれているものの本当の母親が誰なのか理解しているのか気になった。
そういえば、俺たちもこの質問をしたことはなかった。
答えが気になってソワソワしているアイラ。
だが、すぐに落ち着くことになる。
「えへへ」
シエラがアイラの足にしがみ付いていた。
まるで、この人が一番大好きな母親だと言わんばかりだ。
「おかさん!」
「もう!」
「きゃっ!」
一番に選んでくれたことに感極まったアイラがシエラを抱き上げる。
「子供ながらシエラはしっかりと母親が誰なのか理解していますよ」
最も面倒を見てくれたシルビア、シエラにとって理想の女性らしいメリッサにも懐いている。
むしろアイラよりも懐いているように見えた。
それでも、シエラの中ではアイラが一番らしい。
「よし、そろそろごはんにしようか」
「ごはん!」
元々はフィリップさんたちを昼食に誘っていた。
シルビアが事前に準備し、今は母たちが用意してくれている。彼らはクラーシェルでこれから忙しくなるのだからゆっくりしてもらおう。