第30話 氷雪山の調査-後-
雪山に作られた道は頂上へと続いている。
「ストップ」
しかし、頂上まで行かなくても分かる。
中腹にある開けた場所まで進んだところで足を止めざるを得なくなる。
「うわ、これは酷い」
「ですね」
先頭を歩くイリスとシルビアが呟いた。
そこでは、人ぐらいの大きさがある氷柱が花のような形になって生えている……いや、形を見るなら『咲いている』という表現が正しい。
しかも、1本ではなない。
何十本と咲いているため氷柱の花畑の中にいるように思える。
「これが、氷神の力がピクシーに奪われた時の影響」
地面に咲いた氷柱を撫でるイリス。
カンザスは氷神による襲撃が起こる前から凍て付いた日々が続いていた。ただ、異常と気付けるレベルではなかっただけで、以前から氷神の異常は始まっていた。
その間、何が起こっていたのか?
最初から予測することはできていた。
そして、氷神からも証言を得られたことで確信を得られた。
「はい」
氷柱の根元を撫でるように触っていたイリス。
触りながら【解氷】を使用していたため根元だけを融かして氷柱を回収することができた。
そして、そのままの状態で道具箱へ収納する。
俺たちの目的は、この場にある氷柱の回収。
……ついでに氷神が降神した原因の調査。
「まあ、原因は分かっている」
張本人から聞けたのだから間違いない。
原因は不明ながら、この山に大量の魔力が地脈を通って流れ着くようになってしまった。それも、複数の経路から流れてきた魔力が山の中心で衝突するようになっていた。
普通なら絶対に起こり得ない状況。
幾度も衝突が起こされたことによって偶発的に神の力にも匹敵するような力が放出されることになった。
その影響を強く受けてしまったのが氷神。
以前から冬が訪れると寒くなる雪山で彼女の意識は覚醒させられていた。
本格的に冬となったことで山へ意識を引き寄せられた氷神は魔力を受けたことで暴走し、不安定になったところを偶然にも遭遇したピクシーと力を通わせることで安定させようとにした。
ところが、不安定な状態だったせいでピクシーが逆に支配することとなった。
「『今回の件は、神として申し開きのしようもない失態です』」
償いたいところだが、償うだけの力も残されていない。
ただし、その辺はティシュア様が他の神と話をしたみたいで色々と優遇することで償うことにした。
同じ神である氷神が犯した失態は他の神が償う。
他の神への借りは、彼女が力を取り戻した後でしてもらえばいいだろう。
「まずは、この状況をどうにかしよう」
神を狂わせるほどの地脈の異常。
そちらは氷神が引き受けたことで衝突が最小限に抑えられている。
問題は、地上で神気を振り撒いたことで生まれてしまった氷の華だ。
「こんな物を放置していたら同じことだぞ」
いつ流れの道が変化するのか分からない。
もしも、変化したことで神気から作られた氷柱に衝突するようなことがあれば同じようなことが起こるかもしれない。
「さっさと片付けよう」
『了解』
アイラが【明鏡止水】で根元からスパッと斬る。
メリッサが魔法で鋭利な火の輪を作り出して切断する。
ノエルもジワジワと熱を浴びせて融かそうとしている。
この咲いている氷柱。神気の暴走によって作られているおかげで頑丈に作られている。おまけに、神気を蓄えているせいで爆弾のように注意が必要で扱いには気を付けなければならない。
俺も神剣で注意しながら氷柱を切断する。
「はい、はい」
そんな心配をよそに氷柱を回収していくのがイリスだ。
「よく、そんな風にポンポンと回収できるな」
「ああ。それならシヴァと契約しているおかげか氷柱に込められた神気が分かるようになったから、力の籠め方とか危険な場所が分かるようになったから安心して取れるようになっただけ」
「おお! できればコツとか教えてほしいところだな」
「無理。私も完全に感覚で取っているから」
アドバイスは得られなかった。
それでも、時間を掛けたことで最終的には70本の氷柱が回収できた。
「けど、これは保管するのも大変だし、処分するのは以ての外だよ」
ルイーズさんが言うようにどこかで保管していては山と同じ状況になる。
処分すればドカン! と暴発してしまうことになる。
「本来なら暴発しないよう祈るしかできないところでしょう」
だからこそ俺たちの手で回収した。
「【魔力変換】」
全ての氷柱を一瞬で迷宮の魔力へと変換する。
この方法なら氷柱を傷付けることもなく処理することができる。
何よりも、膨大な量の魔力が手に入った。
「氷神を討伐したのは俺たちです。氷柱は回収してしまっても構いませんよね」
「本来なら大問題だよ」
俺たちが今いるシュベルト山。
カンザスを含んだいくつかの領地に囲まれているせいで、周囲を治める貴族が領有権を主張して揉めている。それで、現在いる場所はカンザスよりも北西にある街を治める貴族が領有権を持っている。
各地を転々として魔物を狩る冒険者。
人間の生活に貢献しているが、その土地にいる魔物も領主の所有物と見做される。価値の低い魔物なら見逃されるが、体内に希少な金属を宿した魔物などといったように価値の高い魔物の場合、税金を納めなければならない。間違っても申告を黙っているような真似をしてはいけない。
そして、それらは領地で得られる貴金属そのものに対しても言える。
「この氷柱も領地で希少な物。申告する義務があるね」
領主が依頼を出して回収するよう命じたなら話は別。
が、今回は誰にも知らせていない。
「そう――誰も知らないんだよ」
あったことを知らない。
「よし」
既に現物は【魔力変換】してしまったため存在しない。
こうして証拠を隠滅してしまえば、勝手に採取した証明をすることは不可能。
「俺たちは氷神が暴走することとなった原因を探りに来た……だけ」
原因は分かり、既に排除済。
「ま、アンタたち以外には価値のない代物だよ」
神気から魔力を抽出するなど人の技術では不可能。
「それに危険物を取り除いてあげたんだ。その苦労と功績を思えば、アンタたちに出す依頼の報酬は税金以上になるのは間違いないだろうね」
普通の人にとっては、ちょっと綺麗なクリスタル。
そこから得られる利益よりも俺たちへ出す依頼の方が高くなってしまうらしい。
「こんな危険な代物を宝石にして売れるんですか?」
「慎重にやったとはいえ、根元を切断して回収したんだ。少しずつ削り出して加工する。さらに地脈の噴出点みたいな場所へ持ち込まないよう気を付けてもらえば、危険は限りなく抑えることができるよ。ただね……」
それらへの手間賃。
さらには暴発した時へのリスクを考えると得策とは言えない。
「今度、何か驕るので黙っていてくださいよ」
「共犯者にしなくても言うつもりはないよ」
「チッ」
いっそ賄賂を受け取ってくれた方が安心できた。
「さて――帰りますか」
「それにしても、どうしてこんな風になったんだろうね」
「ここの被害が特に酷かっただけで世界中のあちこちで同じような被害が起こっていますよ」
「なんだって?」
アリスター近辺でも地脈の流れに異常が見られた。
そのせいで強力な魔物が突発的に現れることになり、冬だというのにアリスターにいた高ランクの冒険者が何人も駆り出されることとなった話は聞いている。
ルイーズさんも魔物被害の話は聞いていた。
ただ、地脈の異常まで話を繋げることができなかった。
「帝国に知り合いがいるので聞きましたが、帝国内のあちこちでも地脈が乱れているせいで強力な魔物が出現する被害が出ているらしいです」
もちろん帝国はリオからの情報提供だ。
他にもイシュガリア公国やエステア神国からも同様の報告を受けている。
「知っていたなら教えてくれてもいいじゃないかい」
「教えたところで有効な対策ができましたか?」
俺たちにしても今回のように目に見える形で現れた異常を取り除く形でしか対処することができない。
地脈の正常化など既に神の領域だ。
「世の中には知らないと対処できないことは沢山あります。けど、知ったところで対処のしようがないことも沢山あります」
そして、何も知らない人たちにとっては知っていて何も『できなかった』人たちの姿は敵のように映る。
何も教えなかったのは俺たちなりの優しさだ。