第29話 氷雪山の調査-前-
天候により1日休んでしまったものの数日の時間を掛けてクラーシェル周辺にある町や村はようやく落ち着きを取り戻した。
冬なので、すぐに復興作業とかいかない。
それでも、春にむけて最低限の状況ぐらいは整えておきたい。少しずつ復興が進められることになる。
「今回は助かった」
領主の執務室。
机の前に並んだ俺たちが報酬をもらう。
「都市への救援、氷神の討伐。おまけに冷え切った都市を暖めまでしてくれた――最終的には金貨30万枚を支払うことが決定した」
俺たちの功績が強過ぎる。
そのため依頼を出した領主だけでなく、冒険者ギルドや有力な商人までもが報酬の決定に関与することとなった。
どのような話し合いが行われたのかは知らない。
しかし、報酬を低くする訳にはいかない。誰の目にも触れるような功績を残したにもかかわらず、報酬を低くすれば今後の冒険者の活躍に差し障る。
「それは構いませんが、払えますか?」
隣にいるメリッサが尋ねる。
「さすがに、すぐには無理だ。そこで--」
領主が机の引き出しから一枚のカードと書類を取り出す。
「徐々に、ということになるが返す。それと同時にここの冒険者ギルドで素材を卸した時には優遇するようにした」
報酬は分割。
素材を卸した際には通常よりも割り増ししてくれる。
優遇すると言っているが、優遇する為には俺たちに素材を卸してもらう必要がある。俺たちが持っている特別な、さらに珍しい素材を求めている、というのもあるのだろう。
「問題ありません」
書類――契約書の内容を確認したメリッサが言う。
報酬については今後10年で支払うことになる。ただし、最初の1年については復興の為に少額であり、9年で残りの金額を均等に支払う。
メリッサが了承したのなら大きな問題はないだろう。
「ありがとうございます。また、何かありましたら気軽に呼んでください」
「さすがに、こんな事態はそうそう起こってほしくない。何よりも、Sランク冒険者以上の者を呼ぶ出費というものを痛感させられたところだ」
領主が出せる報酬に関してはそこまで期待していない。
これから復興の為にお金が必要になるだろうから手元にあった方がいい。
それでも、分割で支払ってくれるというのだから良心的だ。
「では、失礼します」
本当に欲しい物は別にある。
「終わったかい?」
領主の館を出るとルイーズさんが待っていた。
「ついて来るつもりですか?」
「当然、アタシはこっちがメインで来たんだからね」
俺たちがこれから向かおうとしているのはクラーシェルの外……さらにカンザスの北にある山。
なぜ、今回のような騒動が起こってしまったのか調査するのが目的だ。
魔法使いとして永い時を生きてきたルイーズさんの知識は調査において役立つ。
「それに、アンタたちと一緒じゃないとアタシは帰れないからね」
被害の大きかった北側。
王都へと続く西側。
南側への復興は、まだ手付かずと言っていい状態。
街道が雪に覆われてしまっては最低限の旅支度すらせずに飛び出してきた彼女が帰れるはずもなく、【転移】に頼るしかなかった。
「ついて来るのはいいですけど、遅れても知りませんよ」
「これでも冒険者だったし、現役時代と同等に走るぐらいの力はあるよ」
老いるのが遅いエルフらしいセリフが聞けたところで北を目指す。
☆ ☆ ☆
北へ向かうのは俺たち6人とルイーズさん、それにティシュア様が同行した。
「随分と静かな所だね」
辿り着いたカンザスにはまだ人がいなかった。
外が寒いため、凍えるのが我慢しながら復興作業に従事することができなかったのだろう。それに、この町は鉱山が近いため鍛冶屋が多い。今回の騒動で工房そのものが壊れるなどしたため時間は掛かるはずだ。
今日のところは無人の町。
だが、俺たちにとっては都合がいい。
「どうだノエル?」
「たしかに北の方から神気を感じる」
錫杖を手にしながら目を瞑ったノエルが神気を感知する。
「……ということで、間違いないですね」
「『ええ、私の意識が最後に正常だったのは北にある山です』……そう言っている」
氷神にも確認を取る。
なお、今は氷神と契約を果たしたイリスが通訳をしてくれている。
ただ、気になるのは通訳してくれるイリスの表情が優れないこと。右手で左腕を押さえて気恥ずかしそうにしている。
「何かあったのか?」
「その……気付いたらペタペタ触ってくるの」
「はあ!?」
イリスに【加護】を与えた神はスキンシップが過剰な神らしく、常にイリスと触れ合っている状態だった。
本人以外にはどうなっているのか分からない。
だからこそ、イリスは悟られないように頑張っていた。
「私の方からも注意はしたのですが……」
ティシュア様が表情を曇らせる。
むしろ注意してペタペタ触るレベルらしい。
「ちょっと待て! 本当にその前はどうしていたんだ……?」
「ノーコメント」
「え……」
「だ、大丈夫! 一線は越えていないから!」
顔を真っ赤にして否定するイリス。
その姿だけでいけないことをしていたのは想像ができる。ただし、本人が言うように踏み止まっていたのだろう。
「文句は言わない」
イリスが何もない場所を叩いている。
おそらく、氷神がそこにいるのだろうが、俺たちの目には何も見えないし、何も感じることができない。
「どんまい」
「……」
ただ一人分かっているノエルがイリスの肩に手を置いて慰めている。
それがイリスにとってはショックだった。
「でも、手放すつもりはないんだろ」
普通に【加護】を得た者は逆に自分から手放すことができない。どれだけ嫌悪する【加護】だったとしても一生付き合っていかなければならない。
だが、『神』と『巫女』のように強い繋がりがあれば断ち切ることもできる。
それでも、イリスは捨てない。
「この【氷神の加護】は私と凄く相性がいい。とてもじゃないけど、捨てるなんてできるはずがない」
自分が我慢してでも仲間の為に力を手にする。
イリスらしい選択だ。
「ちょっと……!」
その姿が気に入っている氷神が再び抱き着いているらしく、必死に引き剥がそうとしている。
「それよりも案内しろ」
イリスが嫌がっている。
残念だが、ティシュア様のように敬うことはできそうにない。
「え、ちょっと体を借りるって……」
イリスの意思に反して右手が持ち上がる。
抵抗しようと思えばできるのだろうが、体を借りて動かしている氷神に敵意がないから身を任せている。
「『開け――氷雪の道よ』」
イリスの口を借りて紡がれた言葉。
カンザスの北にある雪原。幅5メートルほど北へ一直線に伸びる道が融けることによって出来上がる。
さらに山へ到達すると登りやすい場所から山道に沿って道が作られる。
「『貴方たちが求める物がある場所まで案内しましょう』」
氷神との契約があるおかげで調査がスムーズに進む。