第28話 雪だるま
氷神を討伐した翌日。
今日は休日となっている。
それというのも朝から雪が降っていたからだ。降雪と言っても雪がパラパラと舞い落ちてくる程度。特別、気にするほどでもない。
ノエルが【天候操作】で【快晴】や【炎天】にすれば雪を止ませることはできる。
けど、久しぶりに氷神の関わっていない雪。
自然に降っている雪なら無理矢理スキルで止ませることはせず、落ち着くのを待った方がいい、という結論になった。
村の復興は急ぐ必要がある。
けど、昨日の今日では物資だけでなく、人の心も追いついていない。
ま、のんびりする為に炎鎧が都市の中心で暖めている。
「お久しぶりです」
時間をもらった私は、子供の頃にお世話になっていた孤児院を訪れていた。
迎えてくれたのは家族を失ったばかりの私を育ててくれたリリシャ院長。私が孤児院へ来た頃から『おばあちゃん』といった感じの優しい人。あれから10年以上の月日が経過しているのに私が初めて来た時と同じような笑顔で迎えてくれた。
「ふふっ、活躍は聞いていますよ」
私の活躍は『蒼剣』なんていう名前と共に広まってしまった。
冒険者にとって二つ名が付けられるのは非常に名誉なこと。私にも以前は憧れていた時期があった。けど、私の場合は戦争での活躍が噂に尾ひれがついた状態で知れ渡ってしまった。そのことが凄く恥ずかしい。
微笑みながら出してくれた紅茶とクッキーを口にする。
……けっこう、美味しい。
「こんなに高価な物をいただいていいんですか?」
「構いませんよ。どちらも孤児院を卒業した子が定期的に持って来てくれるものですからね」
子供の頃、お世話になったお礼として色々な物を持ち寄る。
あまりに高価な物を持ち寄ってしまうと院長を委縮させてしまうため基本的に安価な物、自分が勤める店で取り扱っているため手に入れやすい物といったように院長を困らせない物を持ち寄る。
それが孤児院を卒業した私たちのルール。
私もクラーシェルで冒険者をしていた頃は、休日になると簡単なお菓子なんかを持って孤児院へ来ていた。けど、アリスターへ行ってからは距離的な理由から全く来られていなかった。
「ごめんなさい……」
「気にしなくていいんですよ。元々が卒業した子供たちが善意で寄付してくれていたことです。それに、寄付してくれていた子供たちも大人になって自分の家庭を持つようになれば自然と孤児院から離れていきます。あなたも自分の家庭を手に入れたのなら自然なことですよ」
そう言ってくれるけど、私としては何かをしたかった。
まだまだ院長にお礼をし切れていないと思っていたから。
「それに、あなたはここを卒業して行った子たちの中で最も大きなプレゼントをしてくれましたよ」
「え……」
「ここを卒業した子が『蒼剣』だと知った子供たちは凄く楽しそうに話をしていました。活躍すること――それが、あなたの齎してくれた大きなプレゼントです」
私たちが冷たく凍えた都市を救った。
この孤児院に子たちの命を救ったことにも繋がっている。
「ありがとうございます」
「そうだ。気にするようなら子供たちと遊んでくれないかしら」
「子供たちと?」
元気な子供たちは雪の積もった庭で遊んでいる。
「あ、あおいかみのお姉ちゃんだ」
私も庭を通り過ぎようとしたら一人の子供に気付かれた。
「わ、本当だ!」
「きれい……」
ワラワラと集まってくる子供たち。
院長を見ると微笑んでいるだけで止まってくれない。どうやら、私はここで足止めを受けるみたい。
「みんな、何をしていたの?」
「雪だるま作っていたの!」
「だれがいちばんおっきな雪だるまをつくれるかきょうそうなの!」
小さな女の子が答えてくれた。
今、孤児院の庭には3歳から10歳くらいの子供が遊んでいる。それよりも大きな子供も孤児院にはいるけど、大きな子供たちは働きに出掛けている。今のクラーシェルは困窮していたせいで人手不足。その上、寒くて環境が悪いため人手を集めるのも一苦労なので働いてくれるだけでありがたい。
働くことのできない小さな子供たちは、邪魔にならないよう孤児院で遊んでいる。普段なら外へ遊びに行くことも許可するけど、今はそういう状況ではないから全員が庭で遊んでいる。
そこへやってきた客。
噂で私のことを聞いていたからなのかすっかり囲まれてしまった。
「へぇ、たくさん作ったね」
「へへっ」
大小様々な雪だるまが庭に並べられていた。
中には私ぐらい大きな雪だるまもあって大変だったことが窺える。
「じゃあ、もっとすごい物を見せてあげる」
「すごいもの?」
魔法を使用して庭の中央に巨大な雪だるまを触れることなく作る。
「わぁ!」
「すげぇ~」
いきなり現れた雪だるまに子供たちが目を丸くしている。
今の私なら雪を操作して全長4メートルの雪だるまを作るぐらい造作もない。
「もっと見せて!」
子供たちの声に気分をよくした私は、他にも小さなサイズの雪だるまをいくつも作ったり、炎が灯ったように見える大きな蝋燭の周囲に氷の破片を舞わせて幻想的な光景を作ったりした。
今までに見たことがないような光景に子供たちが喜んでいる。
いつしか作った私を放置して庭を駆け回っている。
『よかったじゃないですか』
「氷神……」
『シヴァ、でいいですよ』
氷神シヴァルテアだから――シヴァ。
すぐ隣から聞こえた声に顔を横へ向ける。
そこには誰もいない。だけど、私にだけはクラーシェルへ災害を振り撒いたピクシーを依り代とした『氷神』がいるように見える。
本当の姿を知らない。けど、すっかりこの姿で慣れ親しんでしまったから氷神の姿で見えるようになった。
傍にいるのは【氷神の加護】を与えてくれた氷神そのもの。
『昨日の話は聞いていましたよ』
「盗み聞きは感心しない」
『仕方ないではないですか。「神」である私は「巫女」である貴女の傍でなければ己を保つことができません』
「ほとんど無理矢理な契約だったくせに……」
【加護】を与えるだけでなく私を『巫女』にした。
『巫女』とは仕える神の言葉を最も聞くことができ、人々に伝える役割を担った者。シヴァは、自分の言葉を届けさせることは望んでいないようで、あくまでも私の傍に居たいから『巫女』にしたと言っている。
「それに――」
契約の際にはキスまでした。
『「巫女」にする為には【加護】を与えられるような関係では不足でした。ノエルとティシュア様のように強い親和性がなければなりません』
残念ながら、あの時の私とシヴァの間に強い親和性なんてない。
【加護】を与えて数年が経つ頃には生まれていたかもしれないけど、シヴァには急ぐ必要があった。
『氷神の残り滓みたいな私はしばらく自我を保てなくなって眠ることになっていましたからね』
それは避けたかったシヴァ。
『今は、貴女を「巫女」として、「巫女」の傍にのみ居る、という条件を付けることで意識を保つことができるようになりました』
おかげでティシュア様よりも狭い範囲。それこそ私の見ている景色ぐらいしか見ることができなくなってしまった。
それでも満足らしい。
『手っ取り早く強い関係性が欲しかったので、おいしく頂きました』
ペロッと淫靡に唇を舐める氷神。
青白い肌をしているせいで病的に見えるけど、誰もが羨むようなスタイルをしている。ちょっとした仕草でも惑わされてしまう。
『せっかく傍にいるのですから貴女の悩みは聞きますよ』
「別に、悩みなんて……」
『悩み、というよりは嬉しかったんでしょう』
誰にも見えないシヴァと会話をしていると私の作ってあげた雪だるまを喜んでいた女の子がテッテッテッ、と駆け寄ってくる。
「はい!」
両手を精一杯に広げる女の子。
その手には雪で作ったうさぎ乗せられていた。木の実で作ったのかしっかりと目もある。
「ありがとう」
「どういたしまして」
雪だるまを作ってくれたことに対する女の子なりの精一杯のお礼。
これを受け取ってあげるのが女の子にとっては一番嬉しい。私も同じ立場だったからこそ分かる。
『子供は好きですか?』
「まあ、ね……」
孤児院で自分よりも下の子供たちの世話をしていたからこそ憧れがある。
「でも、今はシエラたちで満足かな」
屈んで女の子の頭を撫でてあげると嬉しそうに目を細めている。
にぱぁ、と満面の笑みを浮かべる姿を見ているとそれだけで私の心も満たされる。
『ああん……可愛らしいですね』
「ちょっと……!?」
女の子が傍から離れて行った瞬間、シヴァがピッタリと体を絡めるようにくっつけてきた。
「ひゃぁ!」
密着しているとシヴァの手が私の胸へ伸ばされる。
「ちょ、本当に……!」
『やっぱり、私の目に狂いはありませんでした。貴女ほどの逸材と離れる訳にはいきません』
手の動きを止めないシヴァ。
どうやら気分が昂ってしまったらしい。
「みんな、寒さになんて、まけないで……頑張ってね!」
『はい!』
子供たちの元気な声を聞きながら孤児院を離れて物陰へと隠れる。今の私に安全な宿まで帰っている余裕はない。