第27話 喪失への臆病
宿で休んでいるシルビアたち。
同じように消耗しているイリスだったが、彼女は宿で休むことなく別の場所へと赴いていた。
利用させてもらっている宿は以前にも利用させてもらった高級宿。本来、避難してきた人たちが押し寄せているため、どこの宿も満員だったのだが都市を救ってくれた英雄ということで特別に領主から部屋を用意してもらうことができた。
向こうとしても俺たちを少しでも歓待したい思いがある。
俺がクラーシェルにいるのなら眷属たちはアリスターへ帰って休んでもいい。しかし、せっかく好意で用意してくれた部屋なのだから勿体ないので利用させてもらうことにした。
「イリス」
「なに?」
姿が見えたため後ろから声を掛ける。
振り向くイリスは無表情だった。決して何も感じていない訳ではない。泣きたいのを無表情になることで必死に堪えている。
「泣いてもいいんだぞ」
俺の提案に対してイリスが首を横に何度も振る。
「今の私にとって、ここは故郷――たまに気が向いた時に立ち寄る場所で帰る場所じゃない」
「それでも、知り合いが死んだら悲しんでもいいだろ」
イリスがいたのは教会の横にある墓地。
氷神が暴れるようになってから多くの人が寒さによって凍死し、体調を崩したことで重い病気を患った人がいる。
毎日のように出る死傷者。
きちんと埋葬してあげたいところだが、次々と出てくること、さらに生きている人への支援に忙しいせいで最低限のことしかしてあげられなかった。
今は墓地の隅に遺体が並べられている。
これが現在できる精一杯だった。
「知り合いはいない」
「あれ、そうなのか」
自由行動を決めた直後のイリスは教会へ行った。
てっきり知り合いが亡くなったのを知って確認する為に行ったとばかり思っていた。
「知り合いはいない。けど、ここで寝かされている子供の多くが私と同じ境遇の子供。もしかしたら、私もあの時にこうして寝かされていたかもしれない」
「あ……」
イリスは13年前にあった戦争で家族を亡くしている。その際、運良く一人だけ生き残って孤児院へ預けられることになった。
そして、運がよかったのはギリギリのところで助けられたからだ。
「もしかしたら、助けられたかもしれないのに助けられなかった」
「でも……」
「分かっている!」
俺たちが氷神による被害を知ったのは今朝。
被害は数日前からあり、ここに並べられている遺体もほとんどが昨日以前の遺体であり、俺たちが駆け付けた後に出てきた遺体も昨日までの間に衰弱していたせいで今日になって亡くなったもの。
知った後でできたことはやっていた。
「それでも……」
クラーシェルが故郷であり、家族を失った場所であるからこそイリスは自責の念に囚われていた。
「だったら、お前だけクラーシェルに残るか?」
被害を事前に防ぎたかったのならクラーシェルにいて騒動を早期の段階で知るしかない。
「いや……」
責任感が強いため俺から離れることを拒否した。
「私の家族はアリスターにいる。だから、今の私が帰る場所はアリスター」
「そうか」
慰めの言葉を伝えるのは簡単だ。
それでも、イリスの中に自責の念がある内はどんな言葉を伝えても意味がない。
「家族が大切だもんな……失うのが恐いぐらいに」
「……! どうして、そんなことを」
なんだかんだあって生き別れたり、死別したりといったように家族と離れ離れになったことがある者ばかりが集まった家族。
その中で最も臆病なのがイリスだと思っている。
「お前は眷属になった時に何を望んだ?」
「何を……? そんなこといきなり言われても……」
もう3年以上も前の話。
それでも、俺には分かる。
「お前は失った家族を取り戻そうとした」
だからこそ【天癒】や【施しの剣】といったスキルを手に入れるに至ったと思っている。
「あの時、お前が何よりも望んでいたのはフィリップさんやダルトンさんの治療。それ以上に亡くなったエリックさんを生き返らせたいと願っていた。
眷属特有のスキルは本人の気質が現れる。
父親から盗賊としての才能を受け継いでいたシルビア。賞金稼ぎとして剣を手に各地を転々としていたアイラ。魔法の才を持つ賢い少女メリッサ。荒れ狂う気象に苦しめられていたノエル。
回復と蘇生を願っていたイリス。だが、いくら眷属のスキルでも蘇生を叶えるほどの力はなかったため回復に特化したスキルとなった。
「お前は何度も家族を失うのが恐かった」
「そう」
それだけではない。
「失うのが恐い。だから、新しく得るのももっと恐いんだろ」
「それ、は……」
自分の産んだ娘でなくてもシエラたちを可愛がるイリス。
特定の子供に構わないからこそ満遍なく親しくすることができる。
「さっきフィリップさんから聞いたよ」
一度、アリスターにある屋敷へ戻った時に初めてシエラと対面したフィリップさん。
シエラも唯一戻ってきた母親であるアイラに構ってほしくて近くにいた。
「どうして自分の子供を持つのは拒否しているのか」
「それは、私がパーティから抜けるのは問題があるから……」
「そうだな。お前が抜けるとスキル的に困ることになるな」
今回のように負傷してしまうとイリスの【天癒】や【施しの剣】は絶対に必要となる。そして、二つのスキルが必要とされるのは緊急事態ばかりでイリスが傍にいた方が迅速に対応することができる。
それに一緒に行動する上で役立つスキルがある。
それでも――
「我慢してまで同行しなければならないことか?」
シエラの世話をしている時のイリスを見れば子供が好きなのは間違いない。
「私は――」
俯いたイリスが拳を握る。
「――家族がいなくなった後、フィリップさんたちの為にティアナさんの代わりを務めることだけに必死だった。だけど、フィリップさんの方から離れて行って……突き放されてどうすればいいのか分からなかった。だから、私を受け入れてくれたマルスたちには感謝している!」
みんなで楽しく過ごす。
ずっと一緒にいてもいいと思える同年齢の相手ができたのは初めてのことだった。
「最初はアイラ。生まれたばかりのシエラを抱いて嬉しそうにしているのがすごく羨ましかった。私も血縁上の家族が誰もいない。だから、アイラの気持ちは十分に分かった」
失ってしまったものを違う形だが手にすることができた。
「その時は、私も本気で羨ましいって思うようになった」
その気持ちが変わったのはアルフとソフィアが生まれてから。
「子供が増えて、この子たちも守らないと、って思った。けど、それ以上にこの子たちを失った時のことを思うと恐くなった」
ディオンやリエルも可愛い。
だからこそ5人の子供たちを見て不安に襲われるようになった。
「正直に言って、私は自分の子供を持つのが恐い」
失ってしまった時のことを思えば恐怖の方が勝ってしまった。
「けど……もしも、私に踏ん切りがついたら、くれる?」
「協力するのは吝かじゃないから、使う時は言ってくれよ」
「大丈夫。4人みたいに黙って使うことはないから」
並べられた遺体の前で屈むと魔法を駆使して手の上に氷で造られた花束を出す。
それを、そっと子供たちの遺体の前に置いた。
「今はこんな物しか用意できなくてごめん」
それでも何もないよりはマシだろう。
「この子たちみたいな悲しい運命にさせない自信ができたら本当に協力して」