第25話 雪融け
氷神との戦闘終了後。
俺たちはイリスに案内されながら街道の雪を溶かしていた。
氷神が倒されたことは空を見上げれば一目瞭然。数日前から降り続けていた雪がピタリと止んでいた。俺たちが来てからクラーシェルの雪は止んでいたが、クラーシェルから離れた場所の雪も完全に止んでいた。
誰もが氷神の敗北を疑っていなかった。
それからは、お祭り騒ぎのクラーシェル。
だが、これからが大変になる。
雪と氷に閉ざされた村や街。避難してきた人々を元の場所へ戻す為にも早急に復興が必要になる。
しかし、簡単に復興が行える状況になかった。
「必要だっていうのは分かるんだけどな……」
魔法で発生させた火で雪を溶かす。
物資や人を村へ送りたくても、輸送する為の道が存在しなければならない。
そこで、事態を重く見た領主から依頼が出された。
「ちょっと、そこの村で休憩しよう」
先頭を進むイリスが提案する。
俺たちはクラーシェル近辺の地理に詳しくない。イリスなら以前にクラーシェルを拠点に活動していたため俺たちの知らない街道の位置について雪に埋もれた状態であっても覚えている。
後ほど輸送する為に溶かしているため街道の上を融かす必要がある。
「ウホッ!?」
「お、先客か?」
前方にあった村へ入ると、全身が白い毛に覆われた大柄な人の姿が見える。
人ではない。人の形をしているものの猿に近い容姿をしており、毛が防寒の役割をしているのか雪に覆われている状況でも寒さを全く感じていない。
雪原をものともせず怪力で人に襲い掛かる魔物――イエティ。
「こんな所にイエティが出てくるなんて珍しいな」
イエティは基本的に山奥にしかおらず、下山するようなことはない。
「お、ここは俺たちに任せてもらおうか」
一緒にいるのはパーティメンバーだけではない。
後ろの方では魔法の使用に専念させる為に領主が雇った冒険者のパーティが2ついる。どちらのパーティもBランクのパーティで、大抵の魔物には後れを取るようなことはない。
護衛など必要ないのだが、領主の目から見れば氷神との戦闘を終えたばかりで消耗している俺たちにばかり仕事を任せているように映ってしまった。
何よりも、彼らが俺たちの護衛を率先した。
「都市に籠っていた時は全く役に立てなかったからな。後始末ぐらいは役立たせてもらうぜ」
イエティを取り囲む9人の冒険者。
士気も高いし、油断していなければ誰かが負傷するようなこともないだろう。
「私たちはこっち」
イエティを無視して村の中心へと向かう。
「……退屈」
魔法を使えないアイラが退屈にしている。
雪を融かす作業では全く役に立たない護衛として傍にいるが、ここはクラーシェルで全く活躍できなかった彼らに譲ってもらうことにしよう。
それに不測の事態が起きるとしたら、これからだ。
「大丈夫か?」
イリスに確認する。
「なんともいえない。けど、必ず最初はやってくるんだからちょうどいい」
やろうとしているのは【加護】を手にしたことでできるようになったこと。
威力の増強、さらに消費魔力が抑えられたことでできることがある。
「周囲は問題ないか?」
「問題なし」
「まだイエティとの戦闘が続いていますが、そちらもすぐ終わります」
警戒しているアイラとシルビアが答える。
「イリス」
名前を呼ぶとイリスの方では既に準備が整っていたらしく、2本の聖剣を雪原に突き刺す。
聖剣を通して魔力が雪原へと浸透していく。
「【解氷】」
水を凍らせることができる【水属性】の魔法。
凍らせることができるなら逆に融かすことだってできる。
ただし、一般的に使われている【解氷】の魔法は、手に乗るサイズの氷に魔法を使用し続けることでゆっくりと融かすことができる、というもの。魔法を使用してまで融かしたいとは思えない。
それをイリスは必要以上の魔力を消費することで限界以上の効果を引き出す。
――ザパァ!!
「へ?」
いきなり足が水に浸かる。
「おいおい……効果強過ぎだろ」
水は全くなかった訳ではない。
村には地面を覆うほどの雪があった。それに対して魔法を使用したことで大量の雪が一瞬にして融け、水へと姿を変えた。
村にあった雪が一瞬にして水になった。
「げっ、なんだよコレ!?」
「もう……水浸しなんだけど!」
「ウホッ!?」
いきなり雪の上から水の中へと変わったことで戦闘中だった冒険者とイエティが戸惑っている。
「すみません。ちょっと手違いがありました」
一応、謝っておく。
「お!」
さすがは俺たちよりも経歴の長い冒険者。
地形が変わったことで驚いていたものの、すぐ冷静になるとイエティへと攻撃を繰り出す。
対してイエティは想定外だったらしく、冒険者の攻撃を受けて水の上に倒れた。
「で、何をしたんだ?」
パーティリーダーを務める二人が近付いてくる。
一人は剣士でパーティの盾となって前線で戦う。イエティとの戦闘でも常に前へ出て戦っていたため息が少し乱れている。
もう一人は、魔法使いの女性。4人のパーティメンバーに守られている間に強力な魔法を用意しておき、一気に殲滅するのが彼女のパーティのやり方。
どちらもクラーシェルを拠点にしている冒険者。
したがって、昔のイリスを知っているため俺たちへ話し掛けるなら真っ先にイリスへ話し掛ける。まあ、今回はイリスの失敗に原因があるから彼女へ話し掛けるのは間違っていない。
「……ちょっと失敗した」
「ちょっと!?」
失敗してしまったことに対して気まずそうに視線を逸らしながら答える。
「私たちは『街道及び村の雪を融かす』ように領主から依頼を受けている」
【火】が使える俺とメリッサ、【炎天】で広範囲を真夏にできるノエル。
3人で協力したとしても依頼されている範囲の雪を融かす為には何日も掛かり、人手が足りない。
だから、イリスも自分から率先して動こうとした。
今なら【加護】のおかげで広範囲の雪を融かすことができる。
で、試しに融かしてみたところ失敗だった。
「これはやり方に気を付けた方がいいな」
溶けて水となった雪。
雪だった頃は膝ぐらいまでの高さがあったため、融けた後は半分ぐらいの高さになり、村の外へと流れていっている今は徐々に低くなっている。
しかし、その動きも遅くなっている。
原因は気温にある。
「冬にこれだけの水が流れていたらじきに氷が張ることになるぞ」
外へ流し出せないと今度は氷に覆われることになる。
「いい方法だと思ったんだけど」
失敗したことにイリスがショックを受けている。
「まあ、一人では成功しない、っていうことが分かっただけでもよかっただろ」
イリスだけでは成功しない。
そういう時こそ仲間が協力するべきだ。
「ノエル」
「うん」
スキルを使用したことで真夏並みの気温へと変わっていく。
「……くそっ、おかしな感覚になるな」
汗を拭いながら冒険者が呟く。
周囲には雪や氷が残っている。
にもかかわらず、気温のせいで暑くて汗が出る。
景色と感覚の差から眩暈を覚えていた。
「二人で協力すれば早く融けるな」
ノエルの【炎天】では雪を融かすまでに時間が掛かる。
イリスの【解氷】は短時間で融かすことができるものの気温が低いままだと再び凍ることになってしまう。
二人が同時に使用すれば、お互いの欠点を補うことができる。
「よし、この調子で融かしていくことにしよう」
「……張り切っているところ悪いが、今日はここまでにしてクラーシェルへ戻ることにしよう」
もうすぐ陽が沈む。
さすがに冬に夜、行動するのは危険だ。
「今から戻れば祭りの準備も終わっているだろうよ」