第24話 氷神の加護
何百本という氷柱の生えた雪原。
冬以外なら大きな街道のある平原。雪に覆われてしまっているせいで街道がどんな状況になっているのか分からない。
現在、雪が溶けた後でどのようになっているのか分からないほどに氷柱が乱立している。
氷柱の間を掻い潜って中心へ辿り着くとイリスの姿が確認できた。
「どうだ?」
「問題ない。完全に凍結させている」
神の力が暴走する可能性は考慮されていた。
そうなった時、イリスに完全凍結させるよう事前にお願いしていた。
「これはどうしますか?」
「そうですね……」
ティシュア様に尋ねると迷っていた。
彼女にとっても、何百本もの氷柱が生えるほどの被害は想定外だった。
「あら?」
顎に手を当てて考えていたティシュア様が何かに気付いた。
「どうせですから本人に聞くことにしましょう」
「本人?」
「『ええ、氷神本人です』」
ティシュア様から信じられない名前が告げられる。
先ほどまで敵対していたはずの相手。思わず警戒して武器へ手を伸ばす。
「待ってください。どうやら、彼女本人……というよりも剥がされた部分に残っていた氷神の力、みたいです」
切断してピクシーから剥がされた氷神の力。
ピクシーの支配から逃れられたため、こうして本来の状態に戻ることができる。もっとも、力のほとんどは核とも言えるピクシーが得ていた。本当に残滓とも言うべき量の力しか得られていない。
「私が通訳します」
同じ神であるティシュア様には俺たちでは知覚することのできない存在と言葉を交わすことができるらしい。
「『このまま放置するのは非常に危険です。冬である今は大丈夫でしょうが、夏になって溶けた瞬間に再び暴走する危険があります』」
イリスが全力で凍結させた氷柱は簡単に溶けない。
けれども、さすがに真夏ともなれば太陽の熱を受けて溶かされてしまうのは間違いない。
「『可能ならば、誰の手にも触れることのない冷たい場所で保管していただけますでしょうか?』」
「いいんですか?」
凍結されて封印されているのは氷神の力。
いや、神にとっては自分そのものと言っていい存在。
「『はい、かまいません』」
そのことを理解していながら頷く氷神。
氷神の力ごと封印してしまう、ということは二度と取り戻すことができない、ということだと思う。
「『封印されていたとしても徐々に漏れ出しています』」
「え!?」
氷神の言葉にイリスを見るが、彼女は首を横に振っている。
「『今は完全に凍結されています。ですが、100年も経てば綻びが生じるようになるでしょう。そこから数百年も経つ頃には完全に抜けているはずです』」
数百年単位での回収。
さすがは神。スケールが全く違う。
「『今回の一件は、あのような者に力を奪われてしまった私に責任の一端があります。それぐらいの責任は負わなければなりません』」
「分かりました」
封印場所については心当たりがある。
イリスがピクシーを封印した氷に触れて転移する。
「ただいま」
すぐに戻ってきたイリスの傍に氷像はない。
「『どこへ持って行ったの?』」
「迷宮の地下75階――氷雪フィールドの最奥に置いてきてもらいました」
氷雪フィールドなら常に真冬のように冷たい。
俺たち以外の誰かが訪れることもないだろうから溶かされることはないだろう。
「『何から何までお世話になります』」
「こっちもアレを放置できなかっただけですから気にしなくていいですよ」
「『そういう訳にはいきません。何かお礼をしなくてはなりません』」
お礼。
たしかに働いたのに報酬を貰わないのは俺の主義に反する。
ただ、残り滓みたいな氷神からどんな報酬が貰えるのか分からない。
「……それなら神らしく『アレ』を渡すのはどう?」
「『アレ?』」
「今の貴女が人間社会で役に立つような物を与えられるとは思っていません。ならば、神らしく祝福を与えるのがいいでしょう」
「『……………ああ、『加護』のことですね』」
返事をするまでに時間が掛かった。
加護。
神が相性のいい相手を見つけるとスキルとして加護を与えることがある。その効果は与えた神によって千差万別。メリッサのように魔力の増大や消費魔力の消耗を抑えるといった分かりやすい効果からノエルみたいに神気への適性を高めてくれる効果もある。
ただ、どの加護であったとしても効果は絶大。
普通の人間でも持っているだけで特別扱いを受けるほど破格の性能を持っているのは間違いない。
「『いいですよ』」
そんな貴重な代物を渡す、とあっさり言った。
「いいんですか?」
「『今の私が与えられる程度の加護では大した力は与えられませんが、恩に報いると考えれば問題ありません』」
「ちなみに全員へ与えるつもりでいますか?」
「『ええ、私を倒してくれたのは貴方たちですからね』」
残った力を6人へ均等に与えるから加護が弱くなる。
「なら、こいつだけに渡してください」
「え、ちょっと……」
イリスの後ろへ回り込むと彼女の肩を押して前へ出すと強調する。
イリスの性格を考えれば、彼女だけに報酬を与える、なんて言えば反対されるのは目に見えていた。
けど、今は有無を言わさずにイリスだけに与えることにする。
「全員へ加護を与えた場合、どんな効果がありますか?」
「『氷系の魔法が使えるようになります』」
「……使えるだけ?」
その効果に少しがっかりしてしまった。
使えるだけなら【迷宮魔法】でいくらでも再現が可能だ。
はっきり言って全員に与えてもらうメリットが見つからない。
「それぐらいなら、やっぱりイリスに集中させた方がいい」
「『そういうことなら……』あら?」
イリスへと何かが近付く。
気配は感じられる。敵意は感じられないので急に加護を与えてもらえると聞いて不安になっているイリスの手を握って待つ。
「ぅ……むぅぅ~~~!」
手を握るイリスがいきなり目を見開いてジタバタし始めた。
空いている左手を肩の辺りまで持って行くと目の前にいる相手を押し出すように手を突き出していた。だが、手のある場所には何もない……誰かがいるようには見えない。
「ちょっと、何をしているのですか!?」
「これは、さすがにマズいんじゃない!?」
事態を正確に把握しているティシュア様。
それに神の気配を俺たちの中で最も感じ取ることができるノエルが手伝って引き剥がそうとする。
「……『加護授与完了です』」
脱力して俺の腕の中にいるイリスから目を逸らしながらティシュア様が呟いた。
「彼女、必要もないのにキスをして加護を授与したのです」
「キス!?」
「……汚されちゃった」
「……加護を与えた方法はともかくとして」
イリスのステータスを確認させてもらう。
しっかりと【氷神の加護】が追加されていた。
効果は、氷系の魔法を使用した際に威力を増強させ、消耗する魔力を抑えてくれる。氷に限定されてしまっているが、メリッサが持っている加護と似たような加護を得てくれた。
やっぱり、イリスだけに限定して正解だった。
「『私は、しっかりと仕事をします』」
「……余計なものまで与えて」
加護以外に増えているものがある。
「『興味はなかったんですけど、貴女とそこにいる彼女の関係を見ていたら私も欲しくなってしまったんです』」
氷神の意識はノエルへと向けられている。
ティシュア様とノエルの関係。
『神』と『巫女』の関係。
今まで『巫女』を持たなかった氷神は『巫女』を欲してしまった。
「イリスのステータスに『氷神の巫女』が追加されている……」