第23話 VS氷神 ⑥
神は死なない。
それというのも本体というべき存在は人間が生きる次元とは別の世界に存在しているためだ。
もしも、何も知らない者が神と対峙したなら目の前にいる氷神を人間と対峙した時と同じように攻撃していただろう。
「俺たちの行動から、これまでに神と何度か対峙したことがあるのは予想できただろうに」
これまでに遭遇した神。
ノエルの仕える神であるティシュア様。
狩猟神アルサム。
不完全な形ながら異なる姿で獣神とは何度も遭遇した。
現世へと降り立つ為には、ある条件をクリアしなければならない。
ティシュア様は、神としての力の大半を捨てて人間へと近付く。ただし、それだけでは一度神となってしまった存在が現世に降臨し続けるには不十分だったため『巫女』だったノエルの傍で顕現できるようにすることで自由に存在を保つことができるようにした。
狩猟神は、神と相性のいい神像に自らを憑依させることで力を制限されながらも自由に動ける体を手に入れていた。
神が現世で動くには『依り代』となる“何か”が必要となる。
そのルールは氷神にも適用される。
ただし、倒すうえで“何か”が何であるのか知っている必要はない。
俺たちの目的は“何か”から氷神を剥がすことにある。
『あ、ああ……!』
血が出ている訳ではない。
しかし、自分の姿が欠けている姿を見て動揺しない者はいない。
それは神であっても……いや、神ではない者が動揺している。
『どうやって……?』
動揺している間に一気に叩き込む。
『くっ……!』
眼前へと迫るシルビア。
動揺しながらも咄嗟に氷の壁を生み出して阻もうとした。
だが、氷の壁をすり抜けられたことで氷神の目論見は失敗した。
『な、に……?』
空を映し出す氷神の目。
シルビアの手によって四肢を切断された氷神が後ろへ倒れる。
『どうして、復活しないの!?』
氷神が動揺する最大の理由。
依り代を得て降臨した神は、依り代の周囲にある魔力を得ることで神気へと変えることで肉体を構築することができる。目の前にいる氷神の体は神気から作られたものでしかない。
どれだけのダメージを受けたところで復活することができる。
それが、氷神にとって最大の自信の顕れだった。
ところが、今は全く再生する気配がない。
「それはそうだ。神気を纏った武器で攻撃を受けた。何を依り代にしているのか分からないけど、それを依り代にしている以上は貫かれた、斬られたっていう事象が残ることになる」
再生させようとしても失った状態が限界になっている。
もう胸から上だけの状態から再生することはない。
『くそっ……!』
「そして、もう一つ。その事実を知ったのに依り代を捨てる気配がない」
依り代を捨て、新たな依り代から神の体を再構築すれば元に戻ることができる。
そういう意味では神を完全に殺すことはできない。
もっとも、神を憑依できるほどの依り代は簡単に手に入らないので、次に降神することができるのはいつになるのか分からない……そんなことを惜しんでいるようには見えない。
捨てることができない深刻な事情がある。
「その体の主導権は、依り代の方にあるな」
神の力を得た依り代。
普通ならば依り代が意識を乗っ取られる。もしくは、共同で利用するところを依り代が完全に得てしまった。
『そうじゃ。今となっては神の力は完全に妾のものじゃ。非力だった妾が、この力を手放すなど絶対にあり得ぬ』
「そうか」
神気を纏った神剣で氷神の首を刎ねる。
『なぜ……』
致命傷と言える傷。
神気を纏った状態の攻撃なら相手の神気を攻撃することができる。
強化された俺たちの武器には、共通していることがいくつかある。その一つである『竜王の心臓』を素材として利用することで全員の武器を共鳴させることができるようになった。
共鳴させたことで得られたのは魔力の共用。
メリッサの持つ無限とも言える魔力、ノエルだけが扱うことのできる神気。
それらを共有することができるようになった。
もっとも、共鳴させる為にはお互いが戦闘状態にあって気分を高揚させている必要がある。
それに、共鳴させた際に魔力の一部が失われる、と聞いていた。
その欠点については、【迷宮同調】でお互いの繋がりを強めることで補った。
シルビアと俺の剣には、ノエルが【ティシュア神の加護】で準備した神気を纏わせている。
その剣で攻撃すれば倒せないはずの神でも倒せる。
「これでいいんですね」
「ええ、ありがとうございます」
そう言って微笑むのはノエルの背後にいるティシュア様だ。
彼女はずっと俺たちのことを見ていた。そうして、カンザスで出会った氷神を見て彼女が普通ではないことを見破り、神の力だけが奪われていることを察した。
そこで、一つの指令が下された。
「上手く依り代を最低限だけ残して倒してくれました」
神気を感知できるノエル。
感知した結果によれば依り代となっている存在は、氷神の肉体の首の少し下にいることが分かった。本当に小さな存在らしく、指ぐらいの大きさしかないらしい。
倒れた氷神を見ていると首からボンヤリと光る“何か”が浮かんでくる。
『チクショウ……こんなことありえない……!』
その“何か”は、人の形をした指ぐらいの大きさしかない赤い髪の女の子で、背中からは透明な羽が生えている。
「妖精?」
「ええ、ピクシーですね」
ティシュア様の言葉でピクシーについて思い出す。
旅人を迷わせる伝説があったはずだ。
「なるほど。ピクシーが依り代になっていたのか」
「原因は分かりません。ですが、このピクシーは氷神と異常なまでに適合してしまったようですね」
その結果、氷神が乗っ取られるようになってしまった。
「どうして、こんなことを?」
『面白いからさ』
ニヤァ、と妖精とは思えないほど不敵な笑みを浮かべる。
『こんな面白い力を手に入れたなら使わざるを得ないだろ。実際、討伐されるしかないアタシたちピクシーが人間を簡単に倒せるのは実に面白かった。特にアタシに恐怖して絶望の表情を浮かべる連中を見ているのは面白かったよ』
口調が氷神だった頃と変わっている。
「それが、お前の素か」
『そうだよ……ぐ、がっ!』
苦しみに体を押さえる。
「ピクシーの体に神の力は過負荷過ぎたんだ」
異様な適性があったからこそ安定して力を使えていた。
しかし、最低限の体だけを残して削られてしまったせいで、その身に宿る力を制御できなくなった。
「暴走だ」
『ど、どうなるんだ……?』
「そんなことは俺にも分からない」
神の力が暴走するとだけティシュア様から聞いていた。
それが、どんな形で出るのかは分からない。
『い、いやだ……!』
絶望に満ちた表情を浮かべながらピクシーが必死に手を前に伸ばす。
「お前が、その力で襲った人たちは同じような感情をしていたんだろうな」
氷漬けにさせられた人々は困惑した表情を浮かべ、絶望させられていた。
どうして、自分がこんな目に遭わなければならないのか。
自分が何をしたのか。
答えのない疑問を氷の中で考えている。
『アタシは、アタシを馬鹿にした奴らを見返したかった、だけなのに……!』
ピクシーの小さな体から氷柱が生える。
全長2メートルの氷柱。それが剣山のように何本も生え、飛び出した氷柱の先からも新たな氷柱が生まれる。
巻き込まれないよう離れる。
後ろへ跳んで安堵したところ、手元に蒼く光る小さなものが見える。
咄嗟に炎を纏って手を振り払うと炎が氷に包まれる。炎をそのままにしたまま手をサッと引くと氷に覆われた炎が地面に落ちる。
あちこちで蒼い光が爆ぜて氷柱が生み出されている。
「【氷結】」
氷柱に覆われる中、イリスが近付いてピクシーのいる氷柱へ剣を突き刺す。
イリスの生み出す冷気がピクシーを包み込むとあちこちで爆ぜるようになった蒼い光が止まった。
「ふぅ……」
誰かが息を吐いた。
もしかしたら全員だったのかもしれない。
それだけ蒼い光が生み出す氷に触れないようにするのは大変だった。
「止めた」
装備の強化、さらに神気の共有によって強化されたイリスの氷。
暴走する氷神の力も抑え込んだ。