第9話 睡眠
ハーフェルを出発してから2日。
王都までの護衛3日目と4日目は魔物が何度か襲ってくるだけで、大きな襲撃もなく夜を迎えていた。
その間、メリッサさんから何かを言われることはなかった。
眷属契約を打診してくることもなければ世間話もない。
それは、テックさんも同じで余所余所しくなってしまった娘同然の相手にどう接すればいいのか分からずにいた。
今日もとにかく2人で女性陣が寝泊まりする為のテントを用意する。
テントの用意を終えて夕食の準備をしている方へ合流しようと歩き出した瞬間、使い魔がある物を発見した。
「おいおい、またかよ……」
2日目に続いて、また盗賊が現れた。
「どうされました?」
隣にいたテックさんが俺の呟きを聞きつけて尋ねてきた。
彼も俺が何らかの方法で偵察していることまでは分かっている。
「盗賊に囲まれています」
「なんですって!?」
「しかも人数は、この前よりも多い50人ぐらいです」
「……」
俺の告げた人数にテックさんは言葉を失っていた。
だが、家族の為にもすぐに意識を切り替える。
「お任せします」
盗賊に対抗できる力を持つのは護衛である俺たちぐらいだ。
「大丈夫ですよ。50人程度なら瞬殺ですから」
実際、殺してしまって構わないなら手加減していても3人で協力すれば一切の被害を出すことなく終われる。
そのまま盗賊がいることに気付いたことを気取られないように何気なく会話をしながら焚火の方へ近付くとシルビアも既に気が付いていたのか俺の傍に近寄って自分の得た情報を教えてくれる。
「人数は57人です」
やっぱりシルビアを仲間にしてよかった。
俺以上の探知能力と何を求めているのか言わずとも分かっている理解力。
「俺の予想よりちょっと多いけど、すぐに片付くレベルの人数だな」
「いえ、ちょっと気になることがあるので待っていただけますか?」
少し歯切れの悪い言い方。
シルビアにしては珍しい。
「どうした?」
「盗賊の中に覚えのある気配があるんですけど、いるはずがないので彼らが姿を現すまで待ちたいんです」
「分かった」
完全に包囲されてからでも制圧できる自信があった。
相変わらず探知能力は低いのかアイラはミリちゃんとリラちゃんの2人と一緒に笑いながら夕食の準備をしていた。
彼女はそのままでもいい。
数分もしない内に月明かりと焚火の灯だけが頼りな夜の闇から数十人の男たちが姿を現す。しかも、ご丁寧に前後左右全てを塞ぐようにしている。
そして、姿を現した盗賊の姿を見てシルビアが言い淀んでいた理由が分かった。
「なんで、あいつらがいるんだよ」
俺たちを取り囲んでいる盗賊の中には2日前に捕まえて、引き渡したはずの盗賊も含まれていた。
それも全員。
「り、リーダー……あいつだ! あいつらがトムたちを殺したんだ」
「チッ、本当に3人じゃねぇか」
リーダーらしき男の傍に控えていた盗賊が俺たちのことを指差しながら告げ口をしていた。
「おい、ガキ! 悪いことは言わないから大人しく斬られな。その方が楽に死ねるぜ」
リーダーの言葉を合図に全員が剣を抜く。
命乞いなど最初から期待していない。相手を殺して荷物を全て奪うつもりだ。
そっちがそのつもりならこっちも容赦しない。
「どうしますか?」
「斬っちゃっていい?」
ウチの女性陣2人は既に殺る気だ。
だが、今回もまた2人に任せると尋問できる人数が少なくなってしまう。
「いや、今日は全員捕まえたいから俺がやる」
「おいおい、本当に俺たち全員を倒すつもりかよ」
俺が1人で戦うつもりなのを見て何が面白いのか盗賊たちが笑い出す。
「さて、これから全員を倒すつもりだが、1つだけ確認しておけなければならない。お前たちは盗賊か?」
「あ? んなもん見りゃ分かるだろ」
見て分からないから聞いていたのだが、その辺のことが分かっていなかったらしい。
たしかに盗賊の格好はみすぼらしいボロボロな服に全員が武器を構えて行商人を襲っているという状況。普通の人が見れば、相手は間違いなく盗賊だと判断するだろう。
だが、俺は彼らの姿が偽装されたものだと見抜いていた。
どこの世界に整髪料の匂いがする髪をした盗賊がいる。
その匂いも微々たるもので人間では誰も気付かないようなレベルの匂いだが、迷宮魔法を使えば獣以上の嗅覚を発揮することができる俺の嗅覚は誤魔化せない。
他にも服や腕には汚れを付けているにもかかわらず、爪の間には土汚れの1つも付いていない。
細かいところを上げればキリがない。
だが、彼らは自分たちが盗賊だと答えてくれた。
「盗賊なんだ。冒険者に討伐されても文句はないよな」
「トムたちの仇だ……って、あの野郎どこに行きやがった!?」
突然、直前まで立っていた場所から消えた俺に戸惑う盗賊たち。
「睡眠」
「「うっ……」」
標的を見失って戸惑っている相手の正面に現れると2人の盗賊の額を掌で掴み、迷宮魔法を使用すると2人の盗賊が小さな呻き声だけを上げて崩れ落ちる。
盗賊たちの状態を確認すると再び姿を消す。
「おい、何があった?」
「分かりません。あの男が突然目の前に現れた瞬間、急に2人が倒れたんです!」
「クソッ、おかしな魔法を使いやがって!」
迷宮魔法:睡眠。
魔法を使用した手で相手の額に触れることで強制的に眠らせる魔法。欠点としては、直接手で2秒以上触れていなければならないので魔法にも関わらず、超近接魔法であり、触れ続けている為に足を止めなければならないこと。
そして、姿を隠しているように見えるが、これには一切魔法を使用していない。
ただ、異常なステータスに任せて周囲を駆け抜けているだけだ。
「「うっ……」」
また2人の意識を強制的に眠らせる。
これで10人目。
そこで、リーダーもようやく気付いた。
「奴はそこだ! 一気に襲い掛かれ」
額を掴む為に足を止めたところに周囲にいた盗賊たちが次々に斬り掛かる。
だが、彼らの刃が届く前に俺の姿はその場から消えたようにいなくなる。
「ど、どこに行きやがった!?」
キョロキョロと視線を動かしているが、誰も俺の姿を発見できない。俺を見つけることを諦めると正面から襲い掛かられることを恐れて正面ばかり警戒している。
はっきり言って隙だらけだ。
一番端の方にいた2人の背後へ一気に近付くと後ろから2人の額へと手を回す。
「「ここだ……!」」
2人が眠る直前に最期の力を振り絞って声を上げていた。
なかなか根性のある奴らじゃないか。
「よし、相手の位置さえ分かれば……」
近くにいた10人が斬り掛かってくる。
「遅い――」
彼らの攻撃は味方の武器とぶつかり合うばかりで俺を捉えることはない。
「なぜ、だ……相手は実質たった1人のはずだ……」
リーダーが呟く。
彼が言うように実際に戦っているのは俺1人だ。
それどころか俺が楽勝ムードで圧倒し始めた段階からシルビアとアイラは夕食の準備を再開し始めた。それでいい。俺もこんなくだらないことが終わったら夕食をいただくことにしよう。
――ドサッ、ドサッ。
次々と人が崩れ落ちる音が響き渡る。
「く、くそぉぉぉぉぉ!」
それまで指示を出すばかりだったリーダーが一瞬だけ捉えた俺に向かって剣を振るう。だが、無意味だ。彼が捉えた姿は幻影でしかない。
そんなことにも気付かず振るわれた剣が地面に突き刺さる。
「なんだ、これは……」
「57人もいて全滅。それが現実だ」
「……まさか!」
リーダーが指示を出そうと仲間の状態を確認する。
だが、リーダーの目には仲間の姿が映らない。正確には立っている仲間の姿が。
「こんな、ことが……」
「色々と言いたいことはあるかもしれないけど、今はお前も眠っているといいさ」
俺が額を掴むとリーダーは逃れようとジタバタと手足を振って逃れようとしていたが、結局2秒以内に逃れることはできずに意識を手放すことになる。
「お疲れ様です」
「夕食も後はスープを温めるだけよ」
今日の献立はイモとミルクを煮込んだスープだ。
冷えた夜には最適な食事だ。
「なら、こっちを手伝ってくれないか?」
「彼らの処置はどうしますか? わざわざ全員を眠らせたということは何か目的があるんですよね」
「ああ、彼らには色々と喋ってもらう」
ただの盗賊ではない。
盗賊たちの姿もそうだが、それ以上に引き渡したはずの盗賊が自由になれているのはなぜだ?
「ですが、拷問なんてしたことがありませんが、彼らは正直に喋ってくれるでしょうか?」
ダメだ。最初から尋問ではなく、拷問をするつもりでいる。
「俺の予想が正しければ彼らは正直に喋ってくれるさ。だから、まずは彼らを1箇所に集めたら彼らを連れてシルビアには迷宮の地下59階に転移してほしい」
「分かりました」
「あたしは?」
自分にも何か仕事が貰えるのではないかとアイラが期待に満ちた目で見てくる。
けど、迷宮に連れて行くだけなら誰か1人だけでいいからアイラの役割はないんだ。
「とりあえず盗賊たちを集めたらテックさんたちの護衛を頼むよ」
「仕方ないか。そっちも大切な仕事だからね」
アイラもその辺に倒れている盗賊を抱えに離れて行く。
さて、俺も盗賊を纏める為に動きますか……ん?
「あの……少しだけ時間をよろしいですか?」
誰かに袖を引っ張られる感覚に横を向けば顔を真っ赤に染めて俯いたメリッサさんがいた。
この反応は……。