第13話 VS氷神 ①
「芸術?」
『そうだ』
氷神の口からゆっくりと言葉が紡がれる。
『圧倒的な力を前に人は絶望し、恐怖と寒さによって体を震わせる。実に滑稽な姿だ。その姿を最高の瞬間を以て手にする。それが私の求める芸術だ』
「まさか……」
『なぜ、あのように大きな都市で留めさせていると思っている。たしかに強固な都市だが、神である私がその気になれば打ち破るのは簡単だ』
包囲で留めていたのは、侵略することができなかったからではなく、閉じ込めることによって恐怖を増大させる為。
「あんたは温厚な神様だって聞いていた。それが、どうして……」
『そこまで不思議なことでもあるまい。人間にだって二面性を持つ者はいる。以前の妾も表向きは温厚なフリをしながら雪山で遭難した人間に声を届けて迷わせ、絶望して凍て付いた者を見て遊んでおった。そのことを他の神々は知らなかっただけじゃ』
人間にも外面がよくて実際には……といった人物はいる。
一部だけだが、神と触れ合うことによって神も人間とそれほど変わらない、ということは理解している。
けど、これは……
「ちょっと受け入れられないかな」
「同感」
シルビアとイリスの表情が硬い。
人の絶望する顔を見て楽しむなど正気ではない。
『妾も自分の楽しみが他人に理解されるとは思っておらん』
「じゃあ、今になってこんな大胆なことを始めたのはどうしてだ!」
冬の中で絶望した“誰か”を見る。
ところが、今回の一件はあまりに被害者の数が多過ぎる。
方針を転換したのには何かしらの理由がある。
『少し前に面白い力を手に入れての』
「面白い力?」
『そうじゃ。神が自らの力を以て現世に干渉することは叶わぬ。いや、できぬことはないが、その力は酷く限定されており、声を届けて迷うよう誘導するのが限界』
だが、今回の騒動はその限界を越えている。
『冬になって雪に覆われてしまったせいで何もない雪山の上を歩いていたところ、地脈を通って膨大な魔力が流れてきおったわ。少しばかり掠めさせてもらったら、妾と相性がよかったのか--』
体から魔力……神気を溢れさせながら立ち上がる。
『――こうして氷の人形たちを造れる程度には力を保ったまま降神することができる』
次々と氷神の周囲に形成される氷の鎧。
今までと違うところがあるとすれば装備が一新されているところだ。
『お主たちの出現は予想外じゃ。妾の人形を退けられる者が現れたせいで人間共は希望を持つようになった。妾の芸術にとって邪魔以外の何物でもない』
最前列にいる氷の鎧が一斉に槍を投げてくる。
何も言わなくても二人とも分かっている。咄嗟に教会の上から跳び下りると広場へと向かう。
『騎馬隊、進め』
それまで鎧を纏った歩兵でしかなかった氷の鎧の下に馬が現れる。
氷で造られた馬の上に騎士がバラバラに散った俺たちへ襲い掛かる。
地面へ着地したところへ突撃槍が突き込まれる。ギリギリ身を捩って胸の前を通過させると剣を振り上げると氷の突撃槍を切断する。
そのまま振り上げた剣を振り下ろすと背中から両断する。
突撃してきた騎士を倒し、ホッと一息吐いていると今度は同じように氷の馬に乗った二体の騎士が襲い掛かってくる。
二体の騎馬が走る先にある地面を魔法で隆起させる。すると、突起に足を取られたことで氷の馬の足が砕けて足だけをその場に残して体を投げ捨てる。頑丈に造られているが、氷であることには変わりないため障害物に躓くようなことがあれば簡単に砕けてしまう。
騎馬を失ったことで放り出された騎士を両断する。
『ほう。兵士よりも強力な騎士を用意したつもりだったのだがな』
「悪いが、その程度で倒せると思うな」
イリスも騎士を斬り、シルビアも突撃してきた騎士をあしらっている。
三方向から同時に攻める。
『では、こういうのはどうじゃ?』
それぞれの前に体長2メートル以上の氷でできた大男が出現する。
大男は体を覆えるほどの巨大な丸い盾を装備している。
「邪魔だ!」
盾を構えた大男に向かって剣を振るう。
強化された神剣は一撃で大男を両断した。
『どうやら、ただの人間ではないようじゃな』
「人間だよ」
『では、訂正しよう。普通の人間ではない。普通の人間は、そこの女たちのように氷の巨兵を前に手が出せないものじゃ』
シルビアの短剣では威力が足りず巨兵を削るだけに留まっている。
イリスも武器を強化しているけど、攻撃力を上げた訳じゃないから巨兵を突破できずに苦戦している。
『人間には不相応な力を持っているなら妾が相手をしよう』
氷神が椅子に座ったまま右手の人差し指を向ける。
「……ッ!?」
見えた訳じゃない。
けど、咄嗟に横へ飛んで回避すると後ろにあった雪の積もった枯木が一瞬にして氷漬けにされた。
内側に雪を内包した氷。異様だ。
『妾の息吹は、それ自体が強力な冷気を発する。人の体などあっという間に氷の中に閉じ込めてしまうぞ』
再び放たれた氷神の息吹を大きく前へ跳んで回避する。
その着地点を狙っていたかのように連続して放たれる。
ガン――! 着地した足元に氷に包まれたレンガが落ちる。
『そうじゃな。回避ができないのなら別の物を盾にして防御するしかない』
咄嗟に収納リングからレンガを出して盾にさせてもらった。
今ので分かったことがある。
「【土壁城壁】」
地面に手を押し当てて魔法を発動させる。
直後、幅2メートル高さ3メートルの土壁が地面から隆起して出現する。ただ、今は雪の積もった地面を隆起させているせいで白い雪を纏っている。Dランクの魔法で【土属性魔法】の中では最もポピュラーだと言っていい魔法。
簡単であるが故に魔力の消費量も少ない。
だからこそ、氷神までの50メートルの間に何十という土壁を用意することもできる。
『なかなかの数。だが、壁を用意したところでどうするつもりじゃ』
「これで近付くことができるんだよ」
土壁に隠れながら斜め前方に造った土壁へと移動する。
『むっ……』
移動する俺に気付いた氷神が指を向けて息吹を放つ。
しかし、放たれた息吹は土壁へと当たり、土壁だけを氷で覆ってしまう。
「たしかに、その攻撃は速いし、凍て付かせる力は脅威だ。けど、凍て付かせられる範囲には限界がある」
『そうじゃ、正解じゃ。妾の息吹は、当たった物を凍らせる力しかない』
こうして障害物を用意すれば障害物のみを凍らせる。
『じゃが、これで問題はないのじゃ』
右手の人差し指を俺が隠れている凍らされた土壁へと向けると連続して指先から息吹を放つ。その間隔は2秒ほどしかなく、土壁から姿を現した瞬間に狙いを定めるつもりでいるのは明確だ。
このまま隠れている訳にもいかない。氷神の放つ攻撃には、凍らせた物を破壊する力があるのか氷の内側にある物まで含めてヒビが入って朽ちていくようだった。
すぐさま土壁に手を当てて強化する。
なるほど。氷神へ安全に接近できるよう大量の土壁を用意したが、こうして一つの土壁から出られないようにすることで釘付けにするのが目的か。
「なら、我慢比べといこうか」
『神と力比べをするなど、不遜な奴め』
また間隔が短くなって息吹が連射される。
『だが、そのようなものに付き合うつもりはない』
頭上から気配を感じて見上げる。
空から無数とも思えるほど大量の氷柱が落ちてくる。
『弓兵の力じゃ』
さすがに氷で撓る弓を造るのは不可能だった。
だから、矢の代わりとなる小さくて飛ばしやすい氷柱を氷の兵士に持たせて投げさせることで疑似的な弓兵と変えていた。
土壁から出る訳にはいかない。外へ出た瞬間に氷漬けにされてしまう。
回避するよりも防御した方がリスクは低い。
「【火球】」
上へ伸ばした右手の先に火球を出現させる。
矢のような氷柱とはいえ、氷であることには変わりない。【火球】で受け止めて溶かすと体を滑り込ませることのできるスペースを確保する。
同時に左手を土壁に押し当てて【修復】と【強化】を施す。
「……っ!」
気付いた時には手遅れだった。
両手を上と後ろからの攻撃への防御の為に使用している状況。
眼前に腰ぐらいまでの大きさしかない小さな氷の兵士がいた。