第12話 凍て付く雪原-後-
「さむ゛ぃ……!」
凍て付く風が吹き付ける中を走りながら体を震わせる。走っているおかげで幾分か体が温まっているものの足を止めて意識を手放してしまえばすぐにでも凍死してしまいそうなほど寒い。
「……あと、どれくらい?」
「……」
イリスに尋ねるが彼女は答えてくれない。
既に同じ質問を3度行っている。最初は答えてくれたものの3回目からは答えてくれなくなってしまった。
目的地が分からなくなって迷ってしまった訳ではない。彼女も寒くて答えられるほどの余裕がない。それでも目的地へ向かって足を前へと進めているから信頼してついて行く。
「ご主人様」
隣を走っていたシルビアが身を寄せてくる。
いつもなら体を密着させて温めるぐらいのことをしてもいいのだが、あまりに寒すぎてそんなことをしている余裕がない。
「誰かに見られている気がします」
「誰か?」
「間違いなく、『氷神』ではないかと」
シルビアから言われて意識を集中させてみる。
あまりに意識を集中させすぎて眠らないよう気を付ける。
「……ほんとうだ」
前方から何者かの視線を感じる。
もしも、敵の視線ならイリスの感覚が間違っていない証拠になる。
「よし、このまま真っ直ぐ--」
『死ね』
ひどく底冷えするような冷たい声が聞こえる。
咄嗟に左右へ飛ぶと上空から氷柱が飛んで来て俺たちの走っていた場所へ突き刺さる。ただの氷柱ではない。人ほどの大きさがある氷柱。人の体に刺さるようなことがあれば致命傷になりかねない。
「わっ!」
シルビアが雪に足を取られて後ろへ転ぶ。
その瞬間を狙っていたように再び空に生み出された氷柱がシルビアへと襲い掛かる。
「【炎龍の息吹】」
掌から放たれた炎がシルビアへ襲い掛かろうとしていた氷柱を溶かして消す。そのまま手を右から左へと動かしていくと吹雪が消える。
「【炎の輪舞】」
晴れた部分を囲うように炎の線を躍らせる。
炎によって雪が入って来られなくなる。おかげで一時的に休むことができる。
「休憩しよう」
「賛成です。まさか吹雪いている状況で、雪道を走り続けるのがここまで大変だとは思いませんでした」
シルビアが雪にペタンと座り込む。
これまで雪のある状況で活動していたことはあったが、吹雪いている状況で活動したことはなかった。態々、吹雪いている状況で走り難い雪の上を活動する必要を感じられなかったし、天気を思えば率先してやりたいとは思えなかった。
それが、こんなところで必要になるとは思えなかった。
「……どうやら、ゆっくりしていられる状況ではないみたい」
イリスが炎の壁の向こうを警戒する。
魔法を発動させている俺、気配探知に優れたシルビアも気付いた。
「なんだ?」
「誰かに攻撃されているみたい」
炎の壁が何かに叩き付けられている。
それも何度も叩き付けられている衝撃が断続的に響き渡る。
この状況で攻撃してくる者など敵以外には考えられない。
舞い踊る炎を解除する。同時に手から放たれた【火槍】が衝撃を発生させていた相手を貫く。
「は?」
炎の壁の向こうにいたのは巨大な雪だるま。
俺たちと変わらない大きさの雪玉。それが上下に二つ重なっており、どうやって動いているのか分からない大きな雪玉が胴体部分の雪玉の左右に取り付けられていて、顔には目と鼻の部分に真っ赤な円がある。
サイズを無視すれば冬になって雪が積もれば作ったことのある雪だるま。去年の冬には、初めて雪を見て興奮しているシエラの為に屋敷の庭で作ってあげたこともある。
その雪だるまの胴体には大きな穴が開いていた。今も熱で溶けていることから俺の【火槍】で消し飛ばされたのは間違いない。
ビュウウウゥゥゥゥゥ!
……さむっ!
「さっさと先へ進むことにしよう」
満足に休むことはできない。
穴の開いた雪だるまを迂回して先へ進む。
――ギョロ!
突然、雪だるまの頭部が俺たちの方へと向く。
寒さのあまり大きく迂回することを止めたため雪だるまの傍を歩いていたことが災いした。すぐ傍で大きな雪玉の手が振り落とされる。
「ぐぅ……!」
近くにはシルビアとイリスがいる。
咄嗟に落ちてきた手を受け止める。
「ご主人様……!」
「マルス……!」
「二人とも、少しだけ離れていろ」
シルビアとイリスが一歩だけ離れる。
離れたことを確認すると雪玉を受け止める両手に炎を灯し、全身から熱気を放出させる。
「吹き飛べ!!」
放出された熱が雪だるまと周囲の雪を溶かす。
【火属性魔法】を使用すれば溶かすのは容易。しかし、止まることなく降り続ける雪のせいで長時間維持するのは不可能。現に今も吹き飛ばしたばかりの地面に雪が積もり始めていた。
「イリス」
「なに?」
「カンザスへこっちの方角でいいんだな」
北西へ指を向ける。
「直線でいいならそっちでいい」
「ちなみに村は途中にあるか?」
「進行方向にはない」
途中にはあるものの真っ直ぐ先へはない。
カンザスまで多少外れたところで問題ない。
「【劫火日輪光】」
【火】と【光】の属性を併せ持つ魔法。
頭上に太陽が新たに出現する。
熱を持った太陽には雪も近付くことができず……近付いた瞬間に溶かされてしまっている。これで周囲の安全は確保された。
「けど、こんな魔法を維持していたら魔力が尽きる」
維持している間は問題ない。
しかし、いつまでも維持していられるような魔法ではない。
「誰も維持し続けるなんて言っていない」
「じゃあ……」
不安そうにしているイリスをそのままに【劫火日輪光】をカンザスのある方向へ飛ばし、何かに当たって暴発した。
多くの魔力を消費して魔法を使用した甲斐はあった。【劫火日輪光】が通り過ぎた場所では、積もっていた雪が溶かされ、グツグツと煮立つようになった地面はしばらくの間なら雪を退けることができる。
だが、最も助かったのは一時的に視界が開けたことだ。
遠くにポツンと建物が見える。
「――【跳躍】」
目印にした建物を目標にして長距離を一瞬で移動する。
「最初からこうしていればよかったな」
目標にした建物は、カンザスにある教会の尖塔。
たとえ方角が合っていたとしても離れた場所から見ることができるのは高い建物ぐらい。夏ならば鉱山が見えたかもしれないが、今は雪が積もっているせいで周囲と紛れてしまっているため見ることができない。
それと、問題がもう一つある。
「どうしますか?」
「とても偵察なんていう状況じゃない」
「分かっていたことだ。道中の面倒を思えばどうということはない」
俺たちが移動したのは教会の屋根の上。
そこからはカンザスの様子を一望することができる。
カンザスの中央にある広場。そこに氷で造られた椅子に座る透き通った水色の髪をした白い女性が座っていた。
これだけ派手な訪問をしたのだから敵に気付かれている。
誤魔化しなど一切通用しない。
『お主たちが――』
女性が教会の上を見る。
『妾の芸術を邪魔したのはお主じゃな』
酷く冷たい声を発しながら女性――『氷神』が俺たちを睨む。