第11話 凍て付く雪原-前-
翌日。
太陽が昇り始めた明るくなったばかりの時間に北門の前へ集合する。
この場にいるのは、パーティメンバーにフィリップさんとダルトンさん、それからルイーズさんを加えた9人だ。領主やギルドのお偉いさんがいても面倒なだけなので見送りは最低限でいい。
「準備はいいね」
ルイーズさんが確認してくる。
「問題ありません」
俺が答えると眷属の5人も頷いている。
これから行うのは敵が拠点にしている、と思われるカンザスへの偵察。その為には敵の包囲を突破しなければならない。突破した段階で向かっていることが確実にバレてしまうため『偵察』という言葉が正しいのかは分からないが、カンザスの様子を確認に行くのは間違いない。
問題があるとすれば具体的なことが何も決まっていないこと。
「クラーシェルを出てからは完全に行き当たりばったりですけどね」
完全包囲されたクラーシェル。
決めているのは包囲を突破する方法ぐらいだ。
「現場においては臨機応変に対応する力が求められる。特に今回みたいな人の手に負えるような事態でないなら何が起こっても不思議じゃない。その時々に合わせて対応する必要があるんだよ」
という訳で完全な行き当たりばったりが決まった。
そして、問題がもう一つ。
「メリッサとノエルは置いていってもらうよ」
二人は都市を暖かくする為に必要なので残らざるを得なかった。
離れた場所からでも魔法とスキルの使用は可能だが、さすがに戦闘をしながらでは維持が難しい。今のクラーシェルにとっては短時間であっても暖かさが失われるのは致命的だった。
「やっぱり、あたしもついて行った方がいいんじゃないの?」
「けど、二人を守る人間がいないのも問題だろ」
メリッサとノエルの護衛にアイラもクラーシェルに置いていく。二人とも近接戦闘ができない訳ではないが、やはり俺やイリスみたいに魔法も使えて近接戦闘もできる者に比べれば劣る。
「ま、今日のところは偵察に留めるから大丈夫だ」
「……分かった」
渋々ながら納得してもらえたところで門の前まで行くと顔だけすり抜けさせて外の様子を窺う。
本当なら、頑丈な外壁と門に守られているため、門を開けずに外の様子を確認する為には上へ行く必要がある。だが、外壁よりも高い場所を俺たちの目となってくれる存在が飛んでいる。
使い魔を介して遠くまで様子を見ると氷の鎧が整列しているのが分かる。
下からでは敷き詰められた氷の鎧しか見えない。
「メリッサ、やれ」
杖を空へ向かって掲げる。
放たれる魔法は【光属性】の魔法の中でも最上級の魔法。回復や肉体の強化に特化している属性であるため攻撃には向かない属性……なのだが、どんな魔法でも使い方次第。
パアァ!
天から降り注ぐ光によって雪原が光り輝く。
降り注いでいるのは北側の一部。広範囲を天から降り注ぐ光によって照らすことができる【天照】。
メリッサが使用することによって都市全体を照らせるほど範囲を広げることもできるが、今回は範囲を限定させている。北門から真っ直ぐ北へと延びる道が照らされている。
当然、その場所にも氷の鎧はいる。
光を浴びたことで氷の鎧たちの一部が上を向く。人間が太陽の光を直視するなど危険すぎて正気を疑うところだが相手は中身のない氷でできた鎧。光を直視したところで焼いてしまう目がない。
残りの氷の鎧は未だに都市を警戒している。
だが、光を浴び続けていたのは問題だった。
ガシャァアン!
自らの重みに耐えられなくなった氷の鎧が崩れ落ちる。
必死に手を伸ばして再生させようとしているが、再生されるはずの体が再生されることはなく、体が完全に水となってしまうのに時間はそれほど掛からなかった。
他の氷の鎧も同様。氷の体が溶けて水となっていた。
残されたのは蒸発する大量の水のみ。
「うわ、これが人間相手に使われることを考えるとえぐいな」
「さすがに人間を相手に使ったらこんな風にはならない」
今、クラーシェルの北側は真夏のように暖められている。相手が氷だからこそ溶かすことができたと言える。イリスが言うように人間を相手に使ったところで溶けることはないし、燃えることもない。
「さて、行くか」
イリスと手を繋いで門をすり抜ける。
シルビアも自分ですり抜けていた。
氷の鎧が一斉にこちらを向く。姿を現した俺たちに気付けるぐらいの能力はあるらしい。
「悪いが、道を開けさせてもらった」
そして、もう閉じることはできない。
悠々と光に照らされた道の中央を歩く。
照らされた場所の外側にいた氷の鎧たちが一斉に襲い掛かってくる。が、照らされている範囲へ入った瞬間に体が溶け始め、俺たちのいる中央まで辿り着くことができない。必死に手を伸ばして攻撃しようとしているが、足掻いても20メートル以上の距離があるため届く訳がない。
「このまま先へ進むぞ」
「だ、大丈夫なんですか……?」
「大丈夫。この強化された【天照】の範囲内では氷は無力になる。それに、こいつらが襲い掛かってきた場合には一気に駆け抜ければいい」
不安にしているシルビアを安心させるイリス。
イリスが言うように全速力で走れば氷の鎧を置き去りにすることができる。その上、【跳躍】があるため逃げに徹すれば追い付かれることもない。
「問題は、この先なんだよな」
見る先では輝く道が途切れていた。
クラーシェルから1キロ。十分に離れることができた。
しかし、こうしてはっきりと道の途切れている場所が見えてしまっているせいで敵にも【天照】の効果範囲が知られることとなってしまった。
ササッと前を塞ぐ氷の鎧。
「包囲を解きたくなかったんだろうけど、俺たちを妨害する為に全体の1割しか動かさなかったのはミスだな」
クラーシェルを取り囲んでいた頃に比べれば穴だらけな包囲。
鎧と鎧の間にできている隙間を視界に捉えると【跳躍】を発動させる。
「二人とも走れ」
シルビアとイリスを走らせる。
後ろへ意識を向けると5体の氷の鎧が迫って来るのを感じる。
後ろへ掌を向けて魔法を放つ。掌から放たれたのは【火球】。簡単な火属性の魔法だが、氷の鎧と当たった瞬間に起こした爆発による熱は周囲にいた氷の鎧を溶かしていく。
「よし、このまま一気にカンザスへ向かうぞ」
再度【跳躍】を使用する為には数秒の時間を置く必要がある。
後ろから迫る氷の鎧を爆破している間にクールタイムは過ぎている。
「それが、そうもいかないみたい」
「何を言って……」
【跳躍】が使用できない、と言うイリス。
その原因は空からやってきた。
「雪……」
上空から雪が落ちてくる。
走りながら落ちてくる雪を浴びていると次第に勢いが強くなり、視界すらも封じられてしまう。
「いや、さすがにおかしいだろ!」
思わず足を止めて叫んでしまう。
たしかに今は冬。しかし、ほんの数分前まで雲一つない快晴と言えるほど晴れていた。
吹雪くほどの雪が降るなど異常だ。
「考えられる原因としては、この先にいる奴の仕業としか思えない」
カンザスにいると思われる『氷神』。
冬を訪れさせることができる彼女なら突如として吹雪を発生させることができたとしてもおかしくない。
気付けば、あっという間に視界が奪われてしまった。
「ははっ、この状況じゃあ【跳躍】使えないや」
既に10メートル先すら見えない状況。
これでは魔力を消費してまで移動する意味はない。
「もしかして、カンザスがどっちなのか分からないなんていうことには……」
「それは大丈夫。方向は私がしっかりと把握しているし、鉱山を目標に歩けば近くまでは行けるはず」
今回はイリスに道案内してもらいながら進んで行くしかない。