第2話 クラーシェルからの救援要請
新たな装備を受け取った数日後。
年が明けて2週間ほどが経過した頃。屋敷の外は雪に覆われており、仕事の為に外へ出掛けなければならない人以外は全員が屋敷で思い思いのことをしている。
俺は俺でアルフとソフィアを膝の上に乗せて絵本を読んでいた。ただし、二人とも読み始めてすぐに眠くなってしまったのかウトウトしていた。
そんな中、冒険者ギルドから緊急の呼び出しを受けた。
「どうしましたか?」
冒険者ギルドに顔を出すなりルーティさんにギルドマスターの部屋まで連れて行かれた。
部屋には既に冒険者ギルドとは関わりのないはずのルイーズさんまでいる。
「アタシも緊急事態だっていうんで呼び出されたんだよ」
どうやら相当緊迫しているみたいだ。
「事の発端は、1時間前にギルドへ届いた連絡だ」
冒険者ギルドには、通信が可能になる魔法道具が置かれている。生産数が少ないため一定以上の規模を持つ都市のギルドには限定されているが、情報のやり取りに役立っている。
緊急事態には救援を呼ぶ為の道具として使われる。
「通信先はクラーシェルだ」
「……! 本当!?」
ギルドへは俺とイリスだけで来ていた。
それぞれの子供の世話で忙しいため俺と一緒に行動するのは自然と手が空いているイリスが多くなっている。
今は俺たちと一緒にアリスターで暮らしているもののクラーシェルはイリスの故郷だ。緊急事態だと聞いて気にならないはずがない。
「落ち着け。こっちで分かっているのは、緊急事態だということ。それも何者かからの襲撃を受けていることしか分かっていない」
襲撃を受けており、クラーシェルに立て籠もらざるを得ない状況。
「まさか、帝国軍……!?」
思い付いた可能性をイリスが口にする。
クラーシェルへの襲撃、と聞いて真っ先に思い当ったのが隣国であるグレンヴァルガ帝国からの侵略。クラーシェルは都市の中では最も国境に近いため帝国からの侵略が起こる度、戦火に見舞われることになる。
しかし、現状では考えにくい。現皇帝であるリオとの間に俺が協定を結んでいる上、俺が王国に味方している内は侵略戦争を仕掛けても絶対に上手くいかないと理解しているからだ。無意味に戦力を捨てる必要はない。
「と、なると魔物の襲撃か」
「でも、あの町には都市が苦戦するほど大規模な魔物の生息地がなかったはず」
クラーシェルを拠点に活動していたイリスが言うのだから間違いない。離れていた数年の間に新しく生まれた可能性も捨て切れないが、さすがに都市が苦戦させられるほどの規模はあり得ない。
「で、私たちに何をやらせたい?」
「アリスターからも戦力を派遣する。ただし、冬だから簡単に人が集まるとは思えない。だから、お前たちだけでも先行してほしい」
少人数なら移動時間を短縮することができる。
さらに俺たちなら少数でありながら十分な戦力になる。
「それが向こうからの要請だ」
「報酬は?」
「充分な報酬を支払うそうだ」
危険な依頼を頼んでいるのは間違いない。
そんな依頼をAランク冒険者に弾む。しかも、Sランク冒険者への昇格を自分から断った冒険者だと知られるようになった。報酬も相応の金額が求められるようになった。
まあ、報酬が低かったとしても今のイリスの表情を見れば救援に向かわない訳にはいかない。
「いいでしょう。引き受けます」
「助かる」
「ただし、増援を派遣するつもりなら急いだ方がいいですよ。あまりに遅いと俺たちだけで解決してしまう可能性があります」
依頼は引き受けた。
次の問題は現地で何が起こっているのか、だ。
「クラーシェルと連絡を取ることはできますか?」
「魔法道具を使用するのか? これに込められた魔力は使い果たしたから短い言葉を送るだけで精一杯だ」
便利な通信が可能な魔法道具。
しかし、使用する為には魔力を大量に消費しなければならず、クラーシェルの状況を知らせるだけでギルドに保管していた大量の魔石を消費してしまっている。
多くの言葉を送れば送るほど魔力を消費する。
だから、簡単に状況説明しか伝えることができなかった。
「向こうからは最低限の要請だけ送られて音沙汰がない。籠城するつもりならエネルギーが必要になる。救援要請よりも籠城している人たちのことを優先させた結果、追加の要請を絶っているんだと思う」
問題は理解した。
「メリッサ」
「はい」
あたかも今到着したばかりのように偽装してメリッサがギルドマスターの私室へ入ってくる。実際には、俺が【召喚】で部屋の外に喚び寄せていた。
「何をするつもりだ?」
ズカズカと魔法道具が置かれた机の隣まで歩くメリッサ。
すぅ、と水晶の形をした魔法道具の右側に手を添える。俺もメリッサに倣って左側に手を添える。
「俺とメリッサで必要な量の魔力を補充する。話はお前の方でやれ。向こうのギルドとはお前の方が親しい。この場にいる人間の誰よりもスムーズに話を進められるはずだ」
俺とメリッサが協力すれば魔法道具を数日ぐらい起動させることができる。
だが、緊急事態であることを考慮すれば時間を掛けていられない。話は手短に済ませた方がいい。
ギルドマスターが魔法道具を操作してクラーシェルの冒険者ギルドにある魔法道具と接続する。
『あ、どういうことだ……?』
すると向こうの様子が水晶に映し出されて、声が聞こえるようになる。
魔力の量次第では、文字だけでなく音や映像までやり取りができるようになる。短時間で多くの情報を得るなら全力でやった方がいい。
そして、聞こえてくるのは聞き覚えのある声。
「フィリップさん」
『イリス……! 状況は理解した。手短に何が起こっているかを伝える』
今はクラーシェルにいないはずのフィリップさんがクラーシェルの冒険者ギルドにいる理由。
それに状況を把握しているようなセリフ。
色々と気になることはあるが、全て後回しだ。
『クラーシェルは現在襲撃を受けている最中だ。敵は魔物。ただし、体が氷で造られている。倒しても倒しても、砕いた氷像がくっ付いて襲い掛かってくる。俺たちの手には負えない……いや、人の手に負えるようなものじゃない。だから、救援要請は出したものの手に負えないと判断したなら逃げろ。以上』
「え、ちょっと……」
伝えたいことだけを伝えて魔法道具の傍を離れてしまった。
今でも通信が可能な状態にあるが、傍に誰もいないのでは通信を繋げておく意味がない。
しかし、収穫はあった。
敵の詳細。それに脅威度。
相手がフィリップさんが最も信頼しているイリスだったからこそ手短に必要な情報だけを伝えてくれた。
「行くぞ」
「了解」
事態は一刻の猶予も残されていないみたいだ。
フィリップさんは逃げたければ逃げてもいい、と言った。しかし、その言葉を聞き入れるつもりはない。
「とりあえずイリスだけを連れて行く。メリッサ、お前は屋敷に戻って他の3人にも準備をするよう伝えろ。向こうの様子を考えるなら全員で事に当たった方がいいのかもしれない」
「かしこまりました」
メリッサたち4人については、後から【召喚】で回収すれば問題ない。
「悪いけど、合流する時にアタシも一緒に連れて行ってくれるかい?」
「ルイーズさん」
それまで部屋で黙っていたルイーズさんが同行を希望した。
「今回の一件、どうにも気になる」
「何かあるんですね」
俺の問いに頷いた。
こっちの何倍もの時間を生きているルイーズさん。経験から分かることもあるため手伝ってくれる人は少しでも多い方がいい。