第1話 改良装備
パレント郊外にある迷宮の下層。
そこで槌を打ち続けるオーガから呼び出しを受けた。
新年になった頃。用件は分かっている。
「これを渡そう」
「ついにできたんだな」
手渡された剣を確認する。
以前から俺の愛剣である神剣を預けていた。実力不足を痛感したため武器の強化から取り掛かることにした。
3カ月近い時間を要してしまったが、ようやく完成した剣は傾けると黒い波紋が広がる美しい剣だ。形状や重さに大きな変化はない。俺のことを考えて鍛えてくれている。
「試しに何か斬っていいか?」
「とはいえ、ここには鉱石ぐらいしかないぞ」
「構わない」
ちょうど鉄鉱石の塊が置かれていた。
力を入れずに剣を宛がう。
「やっぱり」
剣は信じられないほど滑らかに鉄鉱石へと侵入し、いとも簡単に切断することに成功した。
あらゆる物を斬る。
対象がどのような防御能力を有していようとも無視して切断する。
絶対的な攻撃力を持っている剣だが、その力を使う為には対象を斬る必要があった。
何でも斬る為に斬る。
矛盾しているように思えるが、斬る為に必要になるのは俺のイメージ。
対象を斬れる、という絶対の自信が必要になる。
そして、新しくなった剣なら絶対的な自信を持つことができる。
「何をしたんだ?」
新たな神剣を鞘に納めながら尋ねる。
「それほど難しいことはしていない。元々の剣に王竜の鱗を粉末状にした物を混ぜさせてもらって剣の強度を上げさせてもらっただけじゃ」
魔物の中でも最高クラスの硬さを持つ王竜の鱗。
混ぜ合わされたことで刃の格が上がっていた。
「苦労させられたのは配合の量じゃな」
少なすぎると強化されない。
多すぎると神剣と反発してしまい、逆に能力が落ちてしまう。
大鬼は、慎重に何度も試しながら適した量を見出した。
「その鞘についても特別に作らせてもらった」
王竜の皮を使用して作られた鞘。
皮でありながら下手な金属以上の強度がある。それでいて重さを全く感じさせることがない。
「これが王竜の力……」
再度、鞘から抜いて剣の状態を確かめる。
銀色に輝く刃に俺の顔が反射している。この剣なら、どんな相手だって斬れる、という自信が心の奥底から湧いてくる。
「ぉい……おい!」
「へ?」
近くで発せられる怒鳴り声にハッとさせられる。
今、何を考えていた……?
「やはり危険じゃな。魔剣以上に厄介な代物を作り出してしまったかもしれん」
「どういうことだ?」
「その神剣には、最初から『何でも斬れる』という強過ぎる力が備わっていた。その力が増幅させられたことで持つ者を魅入らせるような力が備わってしまった」
剣を持っていると『斬りたい』という欲求に駆られる。
「お主じゃから、ギリギリのところで耐えられる。間違っても他の奴の手に渡らないよう気を付けた方がいいじゃろ」
「ああ、気を付けさせてもらう」
そんな危ない代物を持ち歩きたくなかったが、強化を頼んだのは俺だ。受け取らない訳にはいかない。
「後はこれじゃな」
王竜の皮から作られたジャケット。
この防具も剣と同様に金属以上の強度がありながら重さを感じさせず、体を動かす妨げにならない。動き回る剣士である俺にとって動き易さは重要になる。
「でも、鍛冶師だったんじゃ……」
「ここまで凄い素材を提供してもらったんじゃ。ついつい興が乗ってしまっただけじゃ。ほれ、お前さんらにもプレゼントじゃ」
シルビアたちにも胸当てや革鎧、ローブといった防具が手渡される。
「……」
受け取ったところで動きを止めていた。
「どうした?」
思わず尋ねると5人ともジトッとした目を大鬼へ向けていた。
「どうして、わたしたちのサイズを知っているんですか?」
「コレ、たぶんだけどピッタリ一致すると思うんだけど」
革鎧を広げながらアイラが言うと不思議そうに大鬼が首を傾げた。
「ワシぐらいになれば見ただけで大きさなど分かるわい」
試しに腕を通してみる。
「……本当にピッタリです」
「ちょっと恐くなるぐらい」
「わたしは、尻尾を通す穴が必要かな」
「忘れておったわい」
ノエルにはローブを渡していた。しかし、狐の尻尾を出す為の穴が開いていなかったためローブの内側で窮屈そうにしていた。
ローブを受け取ると手慣れた手付きで修正していく。
「……本当に鍛冶師なのか?」
「ワシは鍛冶師を自称したつもりはない。必要があって魔剣の製造に携わっていただけで物造り全般が好きなだけじゃ」
完成したローブは今度こそノエルにピッタリだった。
左右に動き、飛び跳ねても違和感がない。
「問題ないようじゃな」
「ええ」
「後は武器の方じゃな」
その後、全員の武器を受け取る。
全員の武器が戦い方や能力を考えて最適に仕上げられていた。
「本当にありがとうございました」
「気にするでない。ワシなりの罪滅ぼしのつもりじゃ」
迷宮の下層で魔剣を造り続けていた大鬼。
必要に駆られての行動だったが、魔剣が世に出てしまった時に大鬼は何もできなかったどころか、世に出てしまったことにすら気付いていなかった。
自分の造った魔剣によって不幸になった人が多くいる。
被害に大鬼が関与している訳ではないが、ショックを受けていたのは間違いない。
「しばらくは魔剣以外の物でも造ってみようと思う」
「それはいい」
「ワシに造れるのは武器や防具ばかりじゃない。最近になってようやく気付くことができたんじゃ。お主には申し訳ないことをしたかもしれんが、余った素材でこんな物を造ってみた」
大鬼がシルビアに長い木箱を渡す。
プレゼントみたいなので開けてみると中には布に包まれた包丁が入れられていた。
「王竜の牙から造った包丁じゃ」
「な、なんてものを造っているんだ」
あまりに危険な代物に言葉を失ってしまった。
「ちょっと試させてもらいます」
シルビアが収納リングから簡易テーブルとまな板、大根を取り出してプレゼントされた包丁を使って斬る。
斬られた大根は綺麗な切断面をしていた。
「これは想像以上の切れ味です」
どんな硬い肉だって簡単に切れそうだ。
ただし、力を込めすぎるとまな板どころかテーブルまで切断してしまいそうな力があった。シルビアなら正しく使ってくれるだろう。
「こういう道具を造るのも楽しくなってきての。最近は、どういうことがあったのか教えてくれぬか」
「いいですよ」
装備の強化を頼んでから起こった出来事を語って聞かせる。
そして、大鬼が待ち望んでいたメインイベント。
「おお、これが生まれたばかりの子供か」
地面の上に床とローテーブルを設置して座りながら談笑ができるようにする。
イリス以外の母親たちに自分の子供を連れてきてもらうようお願いし、子供たちの触れ合いの時間となる。
「これこれ、どこへ行こうとする」
大鬼の傍で遊んでいたアルフだったが、工房の様子に興味を持ってしまったのかハイハイで床の外へ出て行こうとしていたのを大鬼が止めていた。
結界の効果は用意した床の上にしか働いていない。
外では灼熱のマグマのように煮え滾った世界となっている。赤ん坊では間違いなく耐えられない。
「子供の成長は本当に早いのう。もう、自力で移動ができるようになったのか」
兄に倣って自分も外へ出て行こうとするソフィア。
二人とも少し前にハイハイができるようになっていた。シエラがそうだったように自力で弟や妹の傍へ行こうとしており、危ない場所へ進みそうになるのを止めるだけで必死になっている。
そして、最近では何かに掴まりながらだが、立ち上がる姿勢を見せている。
最後に会った時からの時間の経過を認識して笑顔になっている。
外へ出て行こうとしたソフィアを両手で抱き上げていると筋骨隆々な大鬼の体に興味を覚えたアルフがよじ登ろうとしている。
「上へ上るのは危ないぞ。大人しく弟や妹の面倒を見ておれ」
大鬼の傍で寝ているディオンとノエル。
生まれてから1カ月ほどしか経っていない赤ん坊は気が付けば寝ているような状態だ。
「ワシから一つお願いをしていいか?」
「何ですか?」
「この子たちが武器を持てるぐらいに強くなった時にワシからプレゼントをさせてほしい」
俺たちが住むアリスターがあるのは辺境。
町の中にいる間は大丈夫だろうが、一歩外へ出れば魔物の危険が待ち受けている。だから学校では戦闘訓練も施しているため、身を守れるよう武器を渡すのは子供が相手でも珍しくない。
「それは構いません。ただし、質は普通の子供が持っていてもおかしくないレベルにまで落としてくださいね」
間違っても俺たちが使うような武器は渡せない。
自分たちが傷付くだけならまだマシだが、それで友達を傷付けるような事態になれば目も当てられない。
「もちろん考慮させてもらう」
男の子が好きなのか寝ているディオンをあやし、アルフと遊んでいる内にプレゼントする武器について構想が出来上がりつつあるのか頭の中で造り上げる武器をイメージして悩ませていた。




