第35話 レジナルド王子-捕縛-
離れた場所を走るレジナルド。
時折、後ろにいる俺の姿を振り向いて確認している。
「そこのお前」
「……は?」
「奴をどうにかしろ」
「……チッ」
舌打ちしながら進行方向にいた騎士が剣を手にして走ってくる。
これまでの状況からしてレジナルドに無理矢理命令されているだけの可能性がある。
ここまで到達するまでにも多くの人たちに襲われた。
襲ってくる人は二種類に分けられる。
喜々として襲ってくる。
嫌々ながらに襲う者。
最初はレジナルドへの忠誠心から喜々として襲ってくる者の方が多かった。しかし、襲い掛かる者の全てが馬車に撥ね飛ばされたように吹き飛ばされる光景を見て忠誠心の高かった者たちも躊躇するようになっていた。
なるべくなら死者を出したくはない。襲い掛かってくる者は、殴って気絶させるようにしていた。
「クソッ!」
今も騎士が吹き飛ばされて家の窓に頭から突っ込んでいた。
騎士が倒されるのを合図に周囲の建物から大勢の人が飛び出してくる。数は10人。全身を真っ黒な衣装で包んだ異様な男たち。騎士に気を取られている間に襲い掛かる作戦だったのだろう。
俺に襲い掛かった者がどうなったのか見せている。隙を狙っての襲撃だったとしても自分から襲い掛かるのには、それなりの理由がある。
取り囲まれている状況から加速して包囲を抜ける。
すると、襲撃者の10人だけが取り残される形になる。
「仕えた奴が悪かったな」
集まった10人へ向けて圧縮させた風を放つ。
砲弾の直撃を受けたかのように襲撃者が吹き飛ばされて行く。
「あと、もう少し……」
レジナルドはプラムの中央へと向かっていた。
地下闘技場からそれほど離れていないのだが、第2王子だったため追われている状況に慣れておらず、走っているだけで精神的に疲労している。
向かっている先にあるのは領主の館。
この状況から逃れる何らかの方法があるみたいだ。
ただし、それに頼ることはできなくなった。
『プラムに住む人たちよ』
「ロドリゲスの声……」
『私は多くの罪を犯した。辛く、苦しい目に遭われた方々にはリーガック家が謝罪し、全力で支援をさせてもらう。もう、このようなことには加担しないと誓う。だから、リーガック家に忠誠を誓う者たちも自らの心の赴くままに行動してほしい』
その言葉は魔法道具を介して街中へと届けられた。
もう、レジナルドの手ではどうしようもない。
「まだだ!」
進行方向を変えて走り出す。
この状況でも頼れる相手が他にいるみたいだ。
けど、手遅れだった。
「大人しく捕縛されていただこう」
「きさま……!」
少し走ったところで騎士を連れた領主に行く手を阻まれてしまった。
近くにはイリスもいるから彼が傷付けられるようなことはないだろう。
後ろからは俺。左右を建物に挟まれているせいで逃げる場所がない。
「……分かっているのか。ロドリゲス」
「もちろんです。元殿下」
「リーガック家はおしまいだぞ!」
「それが私の罪ならば大人しく受け入れましょう」
「……何も分かっていないな」
領主の犯した罪は、解釈次第では国家反逆罪に当て嵌まる可能性がある。
処刑されていなければならないはずの前王族の一人を匿っていた。しかも、再度のクーデターを企てていたことから、共犯者として罰せられることになる。
そして、国家において国家反逆罪には最も重い罪が適用されることになる。その重さは、一人の人間だけで背負い切れるようなものではなく、リーガック家へと及ぶことになる。
「お前には妻が二人、子供も五人。両親だって隠居しているだけで健在だ。彼ら全員が罪に問われることになる」
「それは……」
だからこそ罪を犯した者は、正しく在ろうとすることを躊躇するようになる。
心変わりしてしまう前に用件を済ませる。
「領主様」
「何だ?」
「なぜ、この場所で待ち伏せを?」
「領主の館は安全面を考えて都市の中心に置かれている。だが、それだと完全包囲された状態から逃れるのが難しくなる」
だから領主だけが知る都市からの脱出地下通路が存在する。
領主の弱みを握ったレジナルドは、こっそりと教えてもらっていたため闘技場を脱出すると、そこから逃げることを目論んだ。
しかし、反抗的な領主の言葉を聞いて方針を変えた。
「館とは違う場所へと退避を始めた。万が一、館にある脱出路が使えなくなった時の為に別の脱出路が用意してある。そっちは教えていなかったにも関わらず、そこへ向かおうとしていたということは知っていたのだろう」
「チッ、どいつもこいつも……」
舌打ちをしながら睨み付けてくる。
レジナルドに出来ることは何もない。
「はい、失礼」
「……な、に?」
前にばかり気を取られている間に後ろへと回り込んでレジナルドの肩に手を置く。
イメージするのは王都。それも王城にあるファールシーズ公爵の私室だ。
「ぶほっ」
公爵の私室へ転移するとちょうど休憩中だったらしく、突然現れた俺たちを見て飲んでいた紅茶を驚いて噴き出していた。
テーブルを挟んだ向かいにはカーティスもいる。
王と宰相が揃っているならちょうどいい。
「約束の人物を捕えてきましたよ」
両手を後ろで拘束したレジナルドを床に放り投げる。
「間違いなくレジナルドだ」
「影武者の可能性は?」
「私の勘だけだ。だが、私は信じることにする」
公爵とカーティスがレジナルドを真贋している。
「間違いなく本物ですよ」
既に迷宮へと連れて来ている。
【鑑定】を使用すれば本人だと断定することができる。
「何があった?」
「そういえば途中報告もしていませんでしたね」
商業都市プラムで行われていたことを説明する。
地下にある闘技場で行われている試合で金を集め、戦力となる人たちも違法な手段で無理矢理従わせることで集めていた。
「証拠はあるのか?」
「もちろん、あります」
言ったのは俺ではなくメリッサ。
俺と同じように転移で移動してくると大量の資料をテーブルの上に置いた。
「書類を誤魔化すことで得た資金がどのように動いているのか記録を取ったものです」
「どうして、それが……!」
「普通にヨルヘス商会の書棚にありましたよ」
「そういうことを言っているんじゃない!」
書棚、と言っても書棚の置かれた部屋には何重もの鍵が掛けられており、簡単に出入りすることができない。
「鍵は私が持っている。それに、私のだけでは足りない!」
「方法については秘密です」
口元に人差し指を当ててウインクするメリッサ。
方法については単純だ。シルビアから【壁抜け】を借りることで鍵のかかった壁をすり抜けた。どれだけ頑丈に施錠されていても障害物をものともせずに通り抜けられては意味がない。
本人のスキルではないため通常よりも多くの魔力を消費する。しかし、メリッサの魔力量を以てすれば【壁抜け】を使用しながらヨルヘス商会の探索を行うなど難しいことではなかった。
「状況は理解した。随分と色々やっていたようだな」
「公爵……!」
「そんなに私が憎いか?」
「憎いに決まっている! 公爵が余計なことをしなければ私が王位を手にすることができたはずだったんだ」
「ほう……」
プラムの掌握はほぼ済んでいた。
戦力として見れば王城にいる兵士よりも少ない。しかし、王族であるレジナルドには襲撃における最適のタイミングが分かっていた。そのタイミングに合わせてプラムの戦力をぶつけるだけで王位の簒奪が可能。協力してくれた人たちには報酬を渡す予定でいた。
しかし、レジナルドが行動を起こすよりも早く公爵が行動を起こしてしまった。
レジナルドもクーデターには気付いていなかったため影武者を用意して死んだことにし、その時以上に戦力が整うのを待つしかなかった。
「それも無駄に終わってしまった」
「どうやら年明けで気が緩んでいる瞬間を狙って襲撃を仕掛けるつもりだったようです。相手は、元王族。王族しか知らない通路も知っているので奇襲も可能だったのでしょう」
奇襲作戦に関する書類も確保していた。
「俺たちの仕事はここまでです」
捕らえたレジナルドを引き渡す。
この先、レジナルドがどのような末路を辿ることになるのか決めるのは侯爵やカーティスの仕事だ。
ただ、気になるのは仕方ないと思ってほしい。
「こいつをどうするつもりですか?」
「そうだな……」