第33話 レジナルド王子-妨害-
貴族席の奥にあった出入口から出て行ったレジナルド王子。
この出口は俺たちが使用したのと違って昇降機で上へ行けるようになっていた。
今は上へ行く為の昇降機がない。けど、俺なら追うのは簡単だ。
ただし、そのためには……
「俺の邪魔をするっていうのがどういうことなのか分かっているのか?」
昇降機の前には二人の騎士が立っていた。
しっかりとした鎧を着ており、胸にはプラムへ入った時の門で見た紋章があることから正規の騎士だと伺える。おそらく、プラムで領主に仕えている陪臣騎士だ。
「悪いが、ここを通す訳にはいかない」
「先ほどの試合は見ていた。私たちよりも圧倒的に強いベニートを簡単に倒した奴に勝てるとは思えない。それでも、あの方を逃がすのが私たちの仕事だ」
ベニート、というのは闘技場最強の男と言われていた男だろう。
見上げた忠誠心……いや、違うかもしれないな。
「どんな弱みを握られている」
「な、何を……」
「既にレジナルド王子は王族でもない平民……いや、処刑されなければならないところを生きているんだから、死人も同然の人間だ。あんな奴に仕えたって得になることはないだろ」
二人の騎士が顔を見合わせて迷う。
もう、一押しが必要だな。
「おい!」
そこへ一人の男が割り込んできた。
「忘れた訳ではないだろうな」
黒い服を着たヒョロヒョロな背の低い男。
小さく笑みを浮かべたまま騎士を見る。すると、蛇に睨まれた蛙のように体を小さくさせてしまった。
「なるほど。やっぱり弱みを握っているのか」
「だとしたら、どうする?」
弱みを握られている、という事実を無視するのは簡単だ。
だが、王族から頼まれて公的に行動している状況を考えると脅されているだけの人たちには穏便に済ませたい。
バッ!
収納リングから出した書類を見せる。
「これは……」
「王族の印章?」
書類の下の方にはカーティスのサインと王だけが用いることのできる印章が押されていた。
平民には分からないが、騎士である彼らは一目で理解した。
「俺は王族から依頼を受けて『逃げた彼』を追っている。俺の邪魔をする、ということは王族の邪魔をする、ということと同義だって考えた方がいいぞ」
実力的な理由からではなく、権力的な理由から俺に反抗するのは愚策だと知らせる。
案の定、顔を強張らせて迷っている。
「お前たち……!」
「そっちは黙っていてもらおうか」
何かを言おうとした背の低い男に剣を突き付ける。
ドルジュットとの試合で壊れてしまったけど、代わりの剣なら道具箱にいくらでもある。
「……家族が人質に捕られている」
「おい!」
「どこに閉じ込められているんだ?」
俺の質問に騎士が首を横に振る。
「この町だ」
「は?」
「そうだ。町から出る為には門を使用する必要がある。他の外壁はデカすぎて跳び越えるのは不可能だ。だが、門にはこいつらと違ってレジナルドさんに忠実な奴らが警戒している」
無断で町から出ようとすれば処分される。
町の中で安全に暮らす為にもレジナルドの配下から守る為にも命令に従わなくてはならない。
「そういう訳だ」
「申し訳ない」
「気にしなくていいですよ」
顔を歪ませながら二人の騎士が斬り掛かってくる。
「――え?」
「起きる頃には全てが終わっているかもしれません」
二人の剣を弾いて攻撃手段を失わせたところで後ろへ回り込んで首を叩くと衝撃で気絶した。
普段なら、もう少し対応することができたのかもしれないが、俺に対して申し訳なさを感じていた騎士は対応が遅れてしまった。
「おっと」
殺気を感じて体を後ろへ倒す。
「いい反応だ」
俺の顔があった場所を背の低い男の腕が通り過ぎる。
鋭く伸ばされた腕。
「俺の体を抜き取るのが目的か」
「ボクの自慢は指の力ぐらいだね。人よりも異常なレベルで指の力が強い。そのせいで実の親からも見放されていたけど、あの人だけはボクの力を有効に使う方法を一緒に考えてくれた」
「これまでに何をしてきたのやら」
「色んな奴の肉を削ぎ取ってきた。邪魔な奴ら、みんな……!」
レジナルドにとって、どうしても邪魔な存在はいたはずだ。
そういった人間の排除を任されていたのが目の前にいる暗殺者だ。
「だから、お前も殺す」
「いいだろう」
剣を収納して腰を落とすと拳を構える。
「素手で戦うボクを相手に拳……馬鹿にしているのか!?」
「そういう訳じゃない。だから、最後に忠告だ」
「あん?」
「今すぐに引き返すなら許してやる。だけど、向かって来るっていうなら死を覚悟しておいた方がいい」
俺は本気だ。
「ククッ、そのセリフを本気で言っているなら笑うしかないじゃないか」
暗殺者が加速する。
前への加速。
どうやら俺の忠告は聞き入れられなかったらしい。
「そうか。残念だ」
暗殺者が俺の心臓を狙って右手を突き出してくる。確実に殺す為に急所を狙っている。
突き出された腕を左手で掴んで自分の方へ引き寄せると右手で顔面を殴る。
「……がぁっ! 見えているのか!?」
「もちろん」
「……!?」
懐へ飛び込むと暗殺者の顎を蹴り上げ、浮いた体を踵落としで地面に叩き付ける。一撃で無力化することはできたものの息はあるようだ。
「何があった」
ようやく上へ行っていた昇降機が戻ってきたらしく、入れ替わりに闘技場へやって来た5人の兵士が広がる惨状を見て言葉を失っていた。
騎士まで倒れている。
非合法な場所での事件。問答無用で連れ去られてもおかしくない。
「ちょっと詰め所の方まで来てもらおうか」
俺を拘束しようと一人の兵士が近付いて来る。
「え――」
兵士の体が試合場のある方へと飛んで行く。
「何をした!?」
何を、と尋ねられると兵士の頭を掴んで投げ飛ばさせてもらった。
「所詮は雑兵。殺気を抑える訓練まで積んだ訳じゃないか」
近付いた兵士から殺気が零れていた。
拘束するフリをしながら持っている槍で突き刺そうとしていたのは明白だ。
「命令に従う奴と無理矢理従わせられている奴がいるのか」
以前からレジナルドに従っている奴もいる。
そいつらの判別が面倒だ。
「俺に歯向かうなら、討ち死にするぐらいの気概を持って挑め。残念だけど容赦をするほど気遣う理由がない」
「う、うぅ……」
それでも立ち向かわないといけない。
襲い掛かってくる4人に対して最低限の敬意ぐらいは示させてもらおう。
「ぐぅ」
「がぁ!」
「ぐわっ」
3人の兵士が声を上げながら殴られて飛ばされて行く。最後の一人に至っては悲鳴を上げることすらなく気絶させられた。
「悪いね」
昇降機を使っている時間が惜しい。
滑車に脚を掛けて上へ駆け昇っていく。
『こっちの状況は分かっているな』
『もちろん』
『お前は領主の所へ行って頭を潰せ』
別行動をしているイリスへ指示を念話で飛ばす。
『手足である騎士や兵士をいくら倒したって意味がない』
商業都市であるプラムには、警備の為にかなりの数の兵力がある。
『領主をどうにかするのが手っ取り早い』
『分かった。目的の変更をする。けど、トラーダたちはいいの?』
イリスにはトラーダさんたち3人の回収を頼んでいた。
位置は既に分かっているので合流すればいいだけだったため簡単だ。
『あの人たちだって騎士なんだから、自力で生き残るぐらいはできるだろ』
地上へ出る。
どこかの建物らしく、昇降機を隠す為だけに建物を利用している。
建物の中には誰もいない。
ここへ来たはずのレジナルドの姿もなかった。
「逃げられると思うなよ」
もはや、見失う心配もない。