第32話 闘技場-魔物試合-
引き続きアイラ視点です。
マンティコアは闘技場へ来た時に見たから知っていた。けど、サイクロプスとオーガまで飼っているとは知らなかった。どの魔物も冒険者で言えばAランク以上でなければ生き残るのを諦めなければならないほど強い魔物。
ヨルヘス商会の命令に大人しく従っている魔物たち。3体共に共通していることとして首輪が填められている。
従魔の首輪。
奴隷と同じように人が従えている魔物に填められる物なんだけど、従魔の首輪には2種類ある。
一つは、調教された魔物であることを周囲に示す為の首輪。特別な効力がないアクセサリーみたいな物。これがないと、いくら調教された魔物でも町の中へ入ることができない。けど、窮屈に感じるようなら町の中へ入る時だけ装備すればいい。
もう一つが魔物を従わせる特殊な力を封じ込められた首輪。この首輪を填められた魔物は、主人の命令に従わなくてはならない、という意思が植え付けられることになる。無理に反抗しようとすれば、首輪が締まって苦痛を味わうことになる。
この特殊な従魔の首輪なんだけど、けっこう貴重品だったりする。まず、魔物の首を絞められる硬い素材で造らないといけないし、命令に従わせる為の魔法効果も特殊だから作製が大変。
相手はマンティコア、サイクロプス、オーガ。
どれも人間に懐くような魔物じゃない。間違いなく首にあるのは特殊な方の首輪だ。
「こんな魔物を3体も同時に嗾けるなんて、どういうことなのか分かっているの?」
普通の相手なら確実に殺せる戦力。
「殺せ」
ヨルヘス会長が短く命令を下す。
3体の魔物が一斉に飛び出す。
その光景に観客席にいた観客が沸く。
予定にない異常な事態だけど、彼らにとっては魔物に蹂躙されるあたしの姿を見ることができれば満足といったところなんだと思う。
地面を駆けて真っ先にあたしへ辿り着くマンティコア。
ジャンプして回避すると背中を使って跳び上がる。
空中にいるところを狙ってサイクロプスが持っていた木の棍棒で殴り掛かってくる。剣を使って棍棒を受け流しながら跳び越える。
そこへ足の遅いオーガが両手を伸ばして迫ってきた。上から叩き落とされる手によって地面に大きな穴が開く。
「力に自信のある連中みたいだったが、所詮は小娘。ウチの自慢の魔物を前にすれば成す術もない」
「さて、それはどうかな?」
「なに……」
ヨルヘス会長の隣に立つドルジュットが二人で会話しながら観戦している。
「なっ……!」
オーガの攻撃によって陥没した地面。その隣にあたしは立っていた。
けど、ヨルヘス会長が驚いているのはオーガの攻撃をあたしが回避できたことだけじゃない。オーガは自分の正面から少し横へズレた場所を攻撃していた。正面を攻撃した方がいいのは誰からしても明らか。他者の介入によって攻撃がずらされていた。
しっかりと見る機会さえあれば力の強いオーガの攻撃でも逸らすのは難しくない。
「何をしている!?」
3体の魔物が睨んで警戒しているだけで動こうとしない。
その状況に業を煮やしたヨルヘス会長が叫んでいる。
「できるだけ傷付けたくないんだよね」
彼らだって無理矢理従わせられている。
これでも魔物を管理している迷宮の主の眷属。魔物の気持ちぐらい汲み取ることができる。
無理矢理戦わせられている状況にうんざりしていた。
「今、自由にしてあげるからね」
間近で見たおかげで、もう分かった。
鋭く斬撃を三つ放つ。狙いは、従魔の首輪だ。
「な、にっ!?」
魔物に填められていた首輪が同時に切断させられる。
首っていうデリケートな場所にあるから剣で首輪を斬ることができたとしても慎重に斬らないといけない。少しでも深く斬ると首まで斬っちゃうし、浅いと首輪から解放することができない。
「おいおい……そんなことをすりゃ、どうなるのか分かっているのか!?」
ドルジュットが慌てている。
従魔の首輪から解放された魔物がどういう行動にでるのか。
「当然、今まで無理矢理命令をしていた相手に襲い掛かるんじゃない」
この場合、理不尽な命令を何度も下していたヨルヘス会長へと怒りが向けられることになる。
もちろん、ヨルヘス会長にはそれぐらいのことが分かっているはず。
けど、自由になったはずの魔物を前にしても慌てて逃げ出すような素振りが見られない。
「ククッ、そんな首輪だけで従わせている訳がないだろ」
「なるほどね」
首輪が破壊されても魔物の視線はあたしへ向けられたまま。けど、殺意や敵意なんかは別の場所へと向けられている。
「どうして、私が奴隷商を任されているのか考えていなかったのですか?」
『【隷属魔法】が使えるからです』
メリッサが念話で正解を教えてくれる。
【隷属魔法】は、特殊な従魔の首輪と同じような効果を相手へ与えることができる特別な魔法。道具なんかも必要ない。この魔法を使われた相手は、相手へ服従を誓わないといけなくなる。とはいえ、魔法であるから抵抗力が高ければ無力化することができる。
解除は簡単だ。術者を倒せばいい。
「悪いな。こいつを倒されるのは困る」
「だから、この場に残ったのね」
隣にいるドルジュットはヨルヘス会長の護衛。
「そうだ。護衛がいれば--」
「数秒の時間が稼げる。その間に逃げ切れるかどうかは、こいつ次第だな」
「なっ、何を言っている!? 何故、あの程度の小娘にまで負けるようなことを言っている!?」
「戦えば負けるのは確実。分かっているなら最初から教えておくのが護衛としての役割だ」
護衛する者と護衛される者の間に言い争いが繰り広げられている。
はっきり言って興味がない。
「今、自由にしてあげるからね」
「ヒィッ!?」
自由にする――という言葉を『自分を殺す』と勘違いしたヨルヘス会長がすっかり怯えてしまっている。
「少し我慢してね」
あたしの【明鏡止水】は、心を研ぎ澄ますことで『斬れる』ものを絶対に斬れるようになるスキル。
スキルの対象は目に見えるものだけじゃない。
感覚を研ぎ澄ませて、捉えることができれば――オーガ、サイクロプス、マンティコアの体を斬る。
斬れるものを絶対に斬る。
その気になれば、斬りたいもの以外は剣が通っても斬らずに済むことができる。
斬られたはずの魔物からは血が全く流れていない。
「ある、と分かっていれば捉えることはできる」
息を吐きながら振り向く。
あたしに斬られたはずの魔物たちがあたしの方を向くことなくヨルヘス会長の方を向いて敵意を向けている。
今度こそ間違いなく解放されている。
「ど、どうしてだ! 何をした!?」
「魔法に詳しい仲間から聞いたの。【隷属魔法】は、隷属させる相手に『自分が主人だ』っていうことを刻み込ませる必要がある」
そうでないと誰の命令でも聞いてしまう人形が出来上がってしまう。
そこで、用いられるのが術者の血。魔法を使用すると同時に主人の血を与えることによって対象の体に主人だと刻み込むことができる。
主人だと認識させている力を斬った。
今の魔物たちに【隷属魔法】は有効だけど、誰も主人がいない状態。
実質、自由なのと変わらない。
「何をしたのか分かっているのか!」
敵意に満ちた目が向けられている。
これからヨルヘス会長が襲われるのは間違いない。
そして、次に襲われるとしたら見世物にされて楽しんでいた人たち――観客だ。
魔物たちは今にも人間に襲いたくて仕方ない、といった様子だ。
「こんな所にいつまでもいないで逃げることをおススメするわ」
「え――」
ヨルヘス会長のいる個室に一番近い観客席にいた観客の一人が悲鳴を上げることもなくオーガの手によって潰される。
潰された時に噴き出した血を被る観客。
潰される瞬間を呆然と見ているだけだった観客。
死を目の当たりにした瞬間、観客たちが一斉に逃げ出した。
「これは無理だな」
「おい、どこへ行く!?」
「魔物どもの狙いはアンタだ。あんな魔物を3体も相手にするのは俺には無理だ。だから逃げさせてもらうぜ」
「待て!」
背を向けたドルジュットを追い掛けようとするヨルヘス会長。
けど、二人の前に跳び上がったマンティコアが着地して立ち塞がる。
「……マジか」
「こいつらは利口だ。お前も試合に関与していたのを理解しているのだろう」
「チッ、面倒なことになりやがった」
武器を構えてマンティコアと対峙するドルジュット。だけど、倒そうとする気概が感じられない。おそらく、戦いながら逃げる方法を探すつもりなんだと思う。
「さて、これで派手に注目を集めることができたかな」
あたしの役割は、注目を集めてメリッサが動きやすいようにしておくこと。
おかげでメリッサも仕事を順調に終えることが……
『派手に注目を集めてもらったところ恐縮なのですが、もう必要なことは終わりました。なので、これ以上注目を集める必要はありません』
「え……」
あたし一人だと集められる注目には限界がある。
だから、魔物にも協力してもらう為に解放したんだけど無駄だった。
『いえ、地下が混乱していた方が主たちも動きやすいですから問題ありません。私たちは撤収しましょう』
「あたしはトラーダさんたちを回収してから撤収することにするわ」