第30話 闘技場最強の男
圧倒的な力を見せ、5人もの相手を倒したことからヨルヘス商会が本気になった。
「次の対戦相手は、闘技場最強の男だ」
来た時に戦い、勝利した男だ。
たしかに一瞬見ただけだったが、Aランク冒険者相当の力を持っているように見えた。
「あいつは強いぞ」
「問題ない」
態々、対戦相手を知らせに来てくれたドルジュットに挨拶をして、試合場へと向かう。
観客たちには既に俺の対戦相手が誰であるのか伝えられているらしく、「今度こそ倒されろ!」などといった罵声が聞こえてくる。
今回、敢えて悪目立ちさせてもらった。
その甲斐あって目的は達成されたようだ。
煩く罵声を飛ばしてくる個室の観客席。そこにいるのは金とコネを持っている貴族。いや、元貴族といった方が正しい。
禁止されている犯罪奴隷を使った違法試合、奴隷の処分。
誰が見ても問題だ。平民ならば教育を受けていないため知らないのも仕方ないかもしれないが、教育を受けている貴族は知らなければいけない。むしろ、見つけたのなら止めるなり通報するなりしなければならない。
だが、この場にいる貴族にそういった行動に出る様子はない。
彼らは、違法な戦いを楽しんでいる。闘技場への参加もヨルヘス商会へ大金を渡し、色々と便宜を計ることで自分たちも闘技場にいた事実を揉み消してもらっていた。
しかし、今では僅かに残った資産を食い潰し、貴族だった頃の伝手を頼りに参加していた。
貴族としてのあるべき姿を失った者たちはクーデターにより真っ先に排斥され、逃げるように王都を後にしていた。
もう、残り少ない資産だが日頃の鬱憤を晴らすように賭け事に興じていた。
「真面目に働けばいいのに」
それができないからこそ貴族なのだろう。
「目の前の戦いに集中したらどうだ?」
「ああ、すまない。馬鹿にしていたとかそういう訳じゃないんだ」
剣と盾を装備した男。
銀色に輝く装備は見る者を魅了させ、一目で一級品だと分かる。
「俺にとっては試合よりもこっちの方が大切なんだ」
「どうやら、馬鹿にしているようだ」
俺の想いは伝わらなかったらしい。
話はここまでだ。試合開始の鐘が鳴る。
同時に接近して頭部を掴む……が、空を切ってしまう。
「それなりに自信があったんだけどな」
「これまでの奴らと一緒にしない方がいい。俺は簡単に倒せないぞ」
とはいえ無傷とはいかなかった。
俺の手を最初は盾で受け止めるつもりだったらしく、盾の一部が凹んでいた。ギリギリ耐えられる威力の攻撃に歯を食いしばりながら受け流したらしい。そのせいで、たった一撃で汗を流している。
「じゃあ、地面に叩き付けるのは止めだ」
「ようやく本気に--」
――ドゴォォォン!
今までよりも重たい音が響く。
そして、壁に叩き付けられて気絶した対戦相手が地面に崩れ落ちる。
「頭部を掴んで足を止めて地面に叩き付けるような真似をしていたんじゃ逃げられるみたいだから最短の攻撃をさせてもらった」
頭部を掴むとそのまま後ろへ押し込む。
全く動きを止めていなかったため動きを捉えることができなかったようだ。
『勝者――冒険者マルス!』
審判がどうにか俺の勝利を宣言する。
だが、観客たちは納得していない様子だ。闘技場最強の男が出てきたのだから、もっと見応えのある戦いが見られるものだと思っていた。実際は、これまでと何も変わらない試合展開になってしまった。
はっきり言ってしまえば拍子抜け。
「素晴らしい」
静寂に包まれた闘技場の中で声を上げる者が現れた。
緑色の髪をした笑顔を浮かべる男性だ。
男性が貴族用の個室から出てきた階段を下りて俺の前へ近付いて来る。
「闘技場最強の男を簡単に倒してしまうか。試合としては面白くなかったものの、その実力は評価せざるを得ない」
「どうも。で、あなたは?」
「これは申し遅れました。私、この闘技場の運営を取り仕切っているヨルヘス商会の会長をしている者です。何分、新興の商会なので会長である私の名前をそのまま商会の名前にさせてもらいました」
笑みを浮かべながら手を差し出してくる。
どうにも、胡散臭い笑みだ。
握手をしたかったんだろうけど、差し出してきた手を拒否させてもらう。
「評価してくれたのは嬉しいですね。でも、こっちとしては賞金さえもらえればすぐに帰りますよ」
「それは勿体ない。君にはある仕事を頼みたかったのだが」
「仕事?」
「この世界は力こそが全てだ。君のように圧倒的な力を持った者の協力を求めていたところだ」
ライノル商会で地下室の管理人を務めていた男が言っていた。
武力を以て王位を奪い返す。
「クーデターでも起こすつもりですか?」
「クーデターだなんてとんでもない。私たちは王位をあるべき人物へと返還しようと考えているだけです」
ヨルヘス会長が貴族席にいる一人へと目を向ける。
その人物は、金髪の物腰が柔らかそうな人物で自分が紹介された、と分かると手を振ってきた。
「彼は?」
「あまり大きな声では言えませんが、元第2王子であられたレジナルド王子です」
「え、王族は全員処刑されたはずでは?」
事実を知っているものの知らない振りをする。
「特別な魔法道具によって影武者を立てて生き延びております。今は、この町で雌伏の時を過ごしております」
「では、彼が本物だと?」
「はい」
ヨルヘス会長は、本物だと認めてくれるものの彼の言葉が真実であるという保証はどこにもない。
また、彼が偽物を本物だと信じ込まされている可能性はある。
とはいえ、本物である可能性も捨てきれない。
「ちょっと、いいですか?」
「はい」
横へズレるよう言う。
うん、レジナルド王子と思われる人物がはっきりと見えるようになった。
「【跳躍】」
個室の前まで【跳躍】を使用して移動すると拳を握る。
このまま個室の壁を壊す。
部屋の中にいるレジナルド王子と目が合う。突然、目の前に現れたことに対して驚いているものの危害が加えられようとしている状況を想定していたのかすぐに落ち着きを取り戻している。
拳が壁を貫通して粉々にする。
「一緒に来てもらおうか」
できることなら生きたまま捕らえたい。
公爵からは生死を問わない、と言われているものの生きていた方が俺たちの知らない情報を吐かせることができる。
何よりも新たな王の手で処分した方が後々の為になる。
「殺される、と分かっていてついて行くような馬鹿がいると思うかい?」
「賢い人間なら自分一人が犠牲になるだけで大勢の人間を巻き込まずに済むことが分かるはずだけど?」
「悪いが、私はこのような場で終わる訳にはいかない」
「……!」
次の瞬間、後ろへと大きく跳ぶ。
俺の立っていた壁が斜め横からの攻撃によって吹き飛ばされている。
試合場へ着地すると貴族席のある個室を見上げる。
「こいつは私がボディガードとして特別に用意させてもらった男だ。少なくとも闘技場最高の男よりはずっと強い」
貴族席の壁があった場所には、金色の髪を角刈りにした男が槍を手にして立っていた。普通の槍ではない。手に持つ槍からはバチバチと電撃が爆ぜている。
「少なくとも部屋の中にはいなかったはずだ」
壊す直前に脅威となるような人物がいないか確認している。
レジナルド王子がいた個室は特別な人物しか入ることのできない個室だったらしく、他には給仕をする為の使用人が二人いるだけで戦闘ができるような者は誰一人としていなかった。
それも、おかしな話ではある。身分を隠しているとはいえ、レジナルド王子ほどの人物が近くに護衛を置かないはずがない。
本当は護衛がいた。
見つけられず隠れていたのか、それとも何らかの方法で駆け付けたのかは分からない。
「これでも色々と忙しい身だ。面白い奴が見られて楽しかった」
レジナルド王子が個室の奥へと行く。
おそらくは、闘技場から出て行くつもりなのだろう。闘技場の出入口が一つとは限らない。俺も自分が出入りした場所は覚えているため出ることは可能だが、他の出入口から出たレジナルド王子がどこにいるのか追うのは難しい。ということにしておいて面倒だ。
部屋の奥へ行ったレジナルド王子と入れ替わりに槍を持った男が落ちてくる。
全身に電撃を纏っている。まるで雷が落ちてくるような速度だ。
「ほい」
それをアイラが横から蹴り飛ばして壁に叩き付けられた闘技場最強の男の隣まで飛ばす。
「アレの相手はあたしがするわよ。することなくて暇だったのよ」
「賭けていたんだろ」
「もちろん……とはいえ、この状況だと最後の試合の換金は難しそうね」
闘技場側から完全に敵だと認定されてしまった。
いくらなんでも換金してくれないだろう。
「さ、エキシビジョンマッチといきましょ」
闘技場が沸き上がる。
事情を知らない観客にしてみれば突如として剣を持った赤い髪の少女と槍を持った金髪の男との戦いが始まったようなもの。
知らされていなかったため賭けは成立していないものの、それまでの賭けにならない俺の試合に比べれば十分に楽しめる。