第6話 叶わない夢
夜。
その日は、最初にゴブリンの出現があった以降は、特に何も起こらず陽も暮れてきたということで夜営することになった。
夜営に必要な道具は、テックさんが馬車の中に積み込んでいた物を使用させてもらい、女性陣に夕食のスープを作ってもらっている間に俺たち男性陣の手でテントの設営まで行った。
「こんなことまで手伝わせて済みませんな」
「普通は手伝ったりしないんですか?」
「そうですね。護衛として雇っているので雑用に護衛の手を煩わせるわけにはいきません」
その代わり、設営したテントも使わせない。
俺が先輩に随伴した時は、自分たちが持ち込んだテントを組み立てて、それを使用していた。
今回は、シルビアとアイラには護衛としてテントを使わせてもらうつもりだ。
そのために雑用も手伝っている。
「おそらく大丈夫だと思っているのですが、護衛の方は大丈夫なんでしょうか?」
テックさんが心配になるのも無理はない。
リーダーの俺はテントの設営を手伝っているし、シルビアとアイラは夕食の手伝いをしている。
誰が警戒をしているのか疑問に思うのは仕方ないところだ。
もちろん俺はテントの設営を手伝いながら迷宮魔法を使って敵がいないか確認しているし、テックさんが知らない頼れる味方がもう1人いるので問題ない。
『異常ないよ』
そう、もう1人の仲間は迷宮核だ。
こいつは俺の魔力を勝手に使って、俺を中心に『迷宮魔法:探知』を使用している。その結果は俺にも伝わるが、さすがにテントの設営を手伝いながらだと見落としがあるかもしれない。しかし、迷宮核が手伝ってくれるならその見落としもなくなる。
そうして女性陣の作ってくれた夕食を食べ終えると後は寝るだけとなる。
ただし、護衛依頼を受けた俺たちは普通に寝るわけにはいかない。
魔物の中には夜にこそ活発になるのもいる。それに夜の闇に紛れて盗賊が襲ってくる可能性もあるので誰かが見張りに残る必要がある。
依頼主であるテックさん一家にはぐっすりと眠ってもらう。
自主的な護衛であるメリッサさんは自由にしてもらって構わないので俺たち3人で見張りを持ちまわることになる。
ここで考えなければならないのはパーティの役割だ。
先頭にいて全体を警戒する必要のあるシルビアは精神的な疲労が俺たちよりも強い。そこで、最初の見張りに立ってもらう。ただし、時間は少し短めにしてある。
その後、アイラに見張ってもらい、最後に俺が朝まで見張り、そのまま出発する。
「じゃあ、後はよろしく」
馬車から少し離れた場所で焚かれた火の前に行くとアイラが女性陣のテントへと走って行く。ちなみに俺とテックさんは馬車で休ませてもらっており、唯一のテントを女性陣に使ってもらっている。
起きたばかりで見張りをしなければならず、朝陽が昇れば王都へ向けて出発しなければならない。色々と疲れる立場だが、男として一番辛い立場ぐらいは引き受けたかった。
『彼女たちなら辛い役目だって引き受けてくれるだろうに』
「だから、だよ。シルビアは従者として疲れていても引き受けるだろうし、アイラはあれで責任感があるから、たぶん疲れていても俺に相談するようなことはないだろ」
それなりに付き合いがあるので彼女たちがどんな行動に出るのかはなんとなく分かる。
問題は、意識が散漫になっていたことだ。
「おや? 誰かいませんでしたか?」
テックさんが馬車から出てきた。
頭が完全に覚醒していないせいで迷宮核からの念話に対して言葉で返してしまった。これならずっと起きていた方がマシだ。
「誰もいませんよ」
「そうですか。寝ぼけていたんでしょうね」
そう言いながらテックさんが俺の隣に腰掛ける。
おいおい、なんで護衛の傍に座るんだよ。
「何か用ですか?」
「用、というほどのものではないですが……一言で言うならスカウトですね」
スカウトか。
そこまでの実力は見せたつもりはなかったんだけどな。
「残念ですけど、俺たちは王都に移住するつもりはありません。家族がアリスターにいるんです」
「ああ、勘違いさせてしまいましたね」
「勘違い?」
「私が貴方たちを引き抜きたいわけではなく、冒険者になったメリッサを引き抜いてもらえないかと思ったんです」
「え?」
身内の売り込みをしているというのは分かるが、テックさんがそこまでする理由が分からない。
それに本人がどう思っているのか?
「私は今回の商いで王都へ帰ったら知り合いから店を1つ任されることになっています。そうなれば、あの子を護衛として雇い続けるのは難しい」
そうだな。
王都の店に必要とされている護衛は、火力が重視される魔法使いよりもシルビアのような人垣の中でも犯人を捕らえることができるようなスピードを生かした戦闘のできる者だ。
ゴブリンを倒した炎の威力は大したものだったが、魔力の消費を抑えてスマートに倒すなら他にも方法はあった。
「あの子の魔法は幼い頃から続けてきた努力の賜によるものです。せっかく芽生えた才能ですから、その才を生かせる仕事をしてほしい。あの子はまだ14歳です。これからも伸びしろはあるでしょう」
「え、14歳……?」
てっきり年上だと思っていた。
『はは、シルビアも本人から14歳だって聞かされた時は驚いていたよ』
こいつは、また盗み聞きしていたな。
『それよりも、どこを見て年上だって判断したのかな~?』
ニヤニヤした口調で言ってくるが、この状況では無視するしかない。
「現状は理解しました。けど、俺たちはそこまでの実績がないパーティですよ」
「そうでしょうね。そうだとしてもあの子には同年代の友達が必要だと考えているんです」
そこからメリッサさんが町から逃げてきて近くの村に行商でやって来ていたテックさんと偶然にも再会して一緒にいることを聞いた。
テックさんは若い頃にメリッサさんのお父さんにお世話になったらしく、いつか恩返しをしたいと考えていたらしい。その本人が消息不明となってしまったが、目の前には恩人の娘がいた。
「あの子は遊びたい盛りに私の仕事を手伝い、魔法の練習に励む傍ら、私の商いに付いて行き、いつの間にか交渉のようなことをして自分の住んでいた町を買う為の行動を実際に起こしていました。そのせいで同年代の友達がいない。やはり、パーティを組むなら同年代の相手の方がいいと思います」
本人がシルビアに語っているところを実際に聞いていたらしい迷宮核がうんうんと頷いている。
ただ、1つだけ気になっていることがあるらしい。
『そんなことが本当に可能なのかな?』
色々と知っている迷宮核だったが、その知識は迷宮に訪れた人々から得た物だ。
そのため行政には疎かった。
なので、俺の方から聞いてみることにした。
「町を買うなんてことが可能なんですか?」
「それほど大きくもない街ですから買い取り自体は可能です。他の町で前例がなかったわけではないので、方法そのものは可能なんです」
「けど、その言い方だと……」
まるでメリッサさんにはその方法は使えないように聞こえる。
「私が再会した頃のあの子は絶望に沈んでいて何もやる気がない少女でした。ですから魔法の練習を勧め、町を買い取ることができる方法を簡単に教えました」
それは、子供に目標を持たせる為のちょっとした言葉だったのだろう。
子供が1人でどれだけ頑張ったところで町を1つ買えるようなお金が手に入るはずがない。
しかし、子供ながら聡明だったメリッサさんはパトロンを見つけ、町を買い取る為の準備を着々と進めて行った。
「彼女にはできないんですか?」
「はい。彼女の立場では絶対に不可能です」
彼女の立場?
『ああ、そういうことか』
俺にはよく分からなかったが、迷宮核には分かったらしい。
「ええ、あなたが気付いた通りです」
迷宮核が分かったので、俺もなんとなく分かったような顔をしていたらしい。
妙な勘違いをさせてしまったらしい。
「メリッサは本人がどれだけ聡明であろうと盗賊に領地を奪われた領主の娘です。どれだけ頑張ったところで領主のさらに上にいる人物からは過去の失態を盾に反対されます。彼女のパトロンになった人物もそれが分かっているからこそ、ある程度の資金だけを提供して美味しい蜜を吸うつもりでいるんです」
どんな利益が得られるのかは分からないが、パトロンにとっては何らかの利益があるのだろう。
胸糞悪い話だ。
少女の想いを踏み躙るような話に思わず眉を顰めてしまう。
『あ……!』
だから、俺は気付くのが遅れてしまった。
迷宮核が気付いてくれたおかげでようやく気付くことができた。
「どういうことですか、テックさん……」
テントからメリッサが出てきていたことに気付かなかった。