第28話 地下闘技場
ドルジュットに案内されて町の奥へと向かう。
曲がり角をいくつも進んだ先に石造りの頑丈な建物があった。頑丈なだけではなく中がどのようになっているのか外からは全く分からないほど硬く造られている。
まあ、手練れの偵察なら気配を探知して想像することができる。
「随分と物々しい場所だな」
ここへ来るまでの間に何人もの騎士と遭遇した。
場所は既に路地裏へと入っている。このような場所を騎士が重点的に見回りするなどありえない。何かしら、守らなければならない物がある。
「これだけ厳重な警備をしているんだ。この先に違法な施設があるとは思わねぇだろ」
たしかに町に駐在している騎士が見回りしていれば他所から来た騎士は率先して見てみようとは思わないだろう。
プラムの警戒をしているトラーダたちも、騎士の姿を見ればこの路地裏を避けるだろう。
「ドルジュットさん」
「心配するな。今日の飛び入り参加者を連れてきた」
「失礼しました」
建物の前で煙草を吸って時間を潰していた男から止められるものの先頭にいたドルジュットの姿を見るとすんなり通してくれた。
彼の役割は門番。認められていない者が入らないか見張っている。
「行くぞ」
建物の中は広くなっているが、椅子とテーブルが置かれているだけの殺風景な部屋だった。テーブルでは二人の男がカードゲームをしていた。
「チッ、いいところだったのに」
「客だ。文句を言うな」
カードゲームをしていた二人の男が立ち上がると部屋の奥へと移動していく。
目的は部屋の隅にある。
床の一部を持ち上げると階段が見えた。
「地下室が好きな奴らだな」
「なんだ?」
「いや、なんでもない」
地下室への階段を見た瞬間に呟いたのを聞かれてしまったようだが、言葉の内容までは聞かれていないようだ。
建物そのものはフェイク。
地下へ行く為の階段を隠す為の施設でしかない。
「気を付けろよ」
「これだけ広いんだから大丈夫だろ」
ライノル商会にあった地下室への階段は荷物の搬入もあって広さに余裕があった。
同じようにここの階段も広く作られているのだが、横だけでなく縦にも広く作られており、下りる人のことを考えられている。
「どういう目的で造ったのか知らないけど、昔の貴族が使っていた施設をそのまま利用させてもらっている」
階段をしばらく下りていくと喧騒が聞こえてくる。
「ここは……」
「ようこそ、商業都市プラム地下闘技場へ」
地下に用意された広大な空間。
すり鉢状になっており、中央では二人の男たちが武器を手にして戦っている。外側は階段状になっており、多くの人が怒鳴り声を上げながら中央で戦っている二人に対して応援と罵倒を繰り広げていた。
ベンチになっている階段。左右へと広がっているが、入口とは反対側の場所は頑丈な壁によって区切られた部屋になっている。
「お、ちょうど闘技場で最も稼いでいる男の試合だな」
ドルジュットが中央で行われている試合を見ながら言った。
二人の男は互いの武器をぶつけ合い、片方が勝負に出て大振りの攻撃をしたところを回避し、下から自分の武器で打ち上げると手放させ相手の首に剣を突き付けていた。
「相変わらず見栄えのする試合をするな」
「見栄え?」
「ああ。奴がその気になれば一瞬で決着をつけることができた。けど、それをしてしまうと試合が一気につまらなくなるから面白くする為に武器を打ち付け合っていたんだ」
闘技場の試合は、ただ相手を倒せばいい、という話ではない。
戦いの勝者には報酬が支払われる。しかし、見世物として行われる戦いを楽しみにしている人もいるため観客を楽しませられる人でなければ試合が組まれることはない。
勝つためには戦うしかない。
そして、観客を楽しませる為にギリギリの戦いを演出して戦えるようにしている。
「お前らには飛び込みで、あの試合に参加してもらうぜ」
「いいのか?」
「別に珍しいことじゃない。護衛仕事の最中で強い奴と偶然遭遇することもある。そういう奴らを引き入れた時にテストするのに打って付けの場所なんだ」
実力を計るだけじゃない。
闘技場で戦わせることによってデグレット商会が儲かることができる仕組みが出来上がっている。
そして、この闘技場を取り仕切っている商会は別にある。
「チッ、この後は面白くない試合か」
「え、でも……」
つまらなさそうにするドルジュット。
対照的に闘技場は大いに盛り上がっていた。
「俺みたいな強い奴にしてみれば今から行われる試合はただの弱い者虐めだ」
試合場の入口が開いて5人の男性が入ってくる。
彼らは全員がボロボロな服を着ており、粗末な木の棒だけを持たされていた。
全員が体をガタガタ震わせている。これから自分たちが戦うことになる相手を思って怯えてしまっている。
「まさか、あんな装備で戦わせるつもりか?」
「そうだ」
「でも、彼らで勝つのは不可能」
イリスが5人の対戦相手を見て言う。
5人が入ってきた入口の反対にある入口から入ってきたのはマンティコア。赤茶けた色をしたライオン。普通のライオンを前にして勝てるはずのない一般人がライオンよりも強いマンティコアを相手に勝てるはずがない。
だから、賭けの内容も『勝つ』か『負ける』ではない。
どれだけの時間、試合場に立っていられるか。
「マンティコアが降参なんて狙うはずがない。全員、殺されることになるぞ」
「ああ、あいつらは売れ残った奴隷だから問題ないらしい」
借金や罪を犯したことにより奴隷となった人間。
奴隷商へと売られた彼らは、労働力や彼らにしかできないことを期待されて主人となる人物に買われることになる。だが、何らかの事情によりどうしても売れ残ってしまう場合もある。
そういった人たちを奴隷商も残しておく訳にはいかない。
最後の手段として用いたのが処分と実益を兼ねた方法だった。
「ヨルヘス商会。この町で奴隷を扱っている商会はいくつかあるけど、その中で最も大きな商会がヨルヘス商会だ。そこでは、奴隷たちに期限を設けさせて自分たちで売り込みをさせる。奴隷たちも早い内にここでの処分方法を見させられるから必死に売り込もうとする」
よく見れば奴隷たちの入ってきた入口の向こう側に何人かがいる。
試合場へ出てきた一人がチラッと後ろを気にして微笑み……マンティコアに喰われた。
「……惨い」
「こんな方法で処分する必要があるのですか?」
「さあな。奴らのやり方を批難したところで意味なんてないさ」
ヨルヘス商会は奴隷を扱う商会。
人を売ることに才能のある人が商会にいるのか十数年の間で一気にのし上がってきた。
ただし、才能のある人でも売れ残りをどうしても抱えてしまう。
そういった売れ残りを意外な方法で利用している。
結果、売れ残った5人の奴隷は2分も逃げ延びることができなかった。
「こんなこと間違っていると思います。奴隷の主人には、働かせる代わりに奴隷の身の安全を保証する義務があります。そして、買い手が見つかるまでは奴隷商が臨時の主人になっています」
メリッサが言うように法律で決まっている。
だからこそ、普通の奴隷商は売れ残りがいたとしても処分することができずに抱え込むしかない。
こんな利用方法は違法だ。
「俺が知るかよ。ただ、バックにいる奴が有力者らしくて融通を効かせることができる、っていう噂は聞いたことがあるな」
以前は三つの商会を取り仕切っていたレジナルド王子がいたから何も問題がなく、全ての証拠を揉み消すことができていた。売れ残っていた奴隷がいた証拠も最初から誰もいなかったように消されている。
「お前にはあんな戦いはさせない。この闘技場にいる連中の中でも実力に自信のある連中と戦ってもらう。勝てば報酬が貰える。負けたとしてもこっちから謝礼を出す。勝った時に比べれば微々たる金額だが、損はさせないさ」