第20話 望まぬ帰郷
グレーテの町。
どこにでもある普通の町だ。実際、大きな事件も起こっていない平和な村で、グレーテの町よりも大きな町へと出て行ってしまう若者を止める為に領主たちが試行錯誤していられるぐらいには平和だ。
土地勘は全くない。騎士たちもグレーテへ訪れるのは初めてらしく、どこに何があるのか分からない。
そもそも、どこへ向かうのかも分かっていない。
「彼はどこへ向かっているんだ?」
老齢の騎士が先頭を歩くトランを見ながら尋ねてくる。
「実家ですよ」
グレーテは、長閑な町であるものの若者には退屈な町であるらしく、外へ出て行く若者が後を絶たない。
トランも若い頃に夢を見て外へと出た。
だが、なかなか上手くいかず、燻ぶっていたところをリゴール教の者たちに声を掛けられた。
初めは絶対に仲間になるつもりはなかったが、町の外へ出て初めて知った思い通りにならない現実と甘い言葉によって勧誘されてしまった。
下働きのような生活だったが、燻ぶっているよりはよかったらしい。
「ああ、懐かしい」
それから故郷であるグレーテへは帰っていなかった。
数年ぶりの帰郷。
大きく成長し、様々な経験をしたことで姿が変わっているせいかチラッと見ただけではトランだと気付く人はおらず、騎士と一緒に歩いている人を物珍しそうに遠くから見ているだけだ。
奥へと進んで行く。
「……ここだ」
一軒の家の前で立ち止まる。
どこにでもある普通の家。
「ここに家族がいるのか?」
「そうだ」
俺たちの目的はトランの家族に会うことだ。
「もう一度確認する。お前の家族もリゴール教の教徒なんだよな」
「そうだ」
リゴール教の勧誘を最初は嫌悪していたトラン。
嫌悪していたのは、母親が熱心なリゴール教の信者で、世界が終焉を迎えることを本気で望んでいるような人だったからだ。
子供の頃から母親のそんな姿を見ていたため嫌悪感しかなかった。
そして、母親のことも恨んでいた。
「久し振りの帰郷だ。笑顔で挨拶をした方がいいんじゃないか?」
トランの表情は、とても故郷へ帰ってきたとは思えないほど硬い。
「……できれば、こんな体で戻って来たく--」
「はい。そこまで」
この場には事情を知らない騎士もいる。
太陽の下を歩くことができる不死者など普通の感覚からは掛け離れている。トランのことを普通の人間だと思っている。
騎士たちには、このまま勘違いしてもらう。
――コンコン!
トランが戸を叩く。
「はいよ」
家の中から凛々しい女性の声が聞こえてくる。
「おや……」
出てきた女性が扉の前にいたトランを見て言葉を失っていた。
女性は、おそらくトランの母親のはず。少なく見積もっても40歳にはなっているはず。だが、母親の見た目は30歳ぐらいで青年のトランの姉だと紹介された方が納得できる。
『う~ん……』
『これは、ちょっと』
ただし、女性陣には通用しなかったらしくアイラとイリスが唸っている。
『かなり化粧をして若く見せているのよ』
『それも、かなりの金額を使っている』
男の俺にはよく分からない。
「何年も前に家を出て行った息子が一体どんな用があって戻ってきたんだい?」
「それは--」
『言うなよ』
絶対命令権を使用すれば俺の指示に従わざるを得ない。
ここから先、俺が指示したこと以外を言わせるつもりはない。
「彼はリゴール教の信者だったんですよ」
「なんだい、それは?」
「で、どうやら彼の言葉によれば家族にも信者の疑いが掛けられています」
「……知らないね」
否定する時に躊躇った間があった。
馬鹿正直に答える訳にはいかないが、肯定した瞬間に何かしら不利となるのは分かっていた。
「俺たちは『ある目的』の為にリゴール教の関係者を捜しています。隠し立てするようですと、後で真実が明るみになった時に不利になりますよ」
「本当に知らないよ。なんだい、そいつらは?」
「どうしたの、お母さん?」
家の前で問答をしていると中から少女の声が聞こえてきた。
俺たちと同じくらいの年齢。家の中、ということで寛いでいたのかラフな格好をしている。
『彼女は?』
『……妹だ』
『妹も関係者か?』
『俺が出て行った後でどうなったのかは分からない。けど、少なくとも家を出るまでは、妹の前では母さんがリゴール教の教徒だっていうのは知られないようにしていた』
兄と妹。
母親にとって兄であるトランは、自分の夢を叶えてくれる為に必要不可欠な存在だったからこそ期待を懸けて色々なことを押し付けていた。
リゴール教関係もその一環だ。
だが、母親として妹には普通の女の子として育ってほしいのか何も言わなかったようだ。
「わっ、もしかしてお兄ちゃん! いきなり帰って来てどうしたの?」
「お兄さんは犯罪に関わっていました。ご家族も関わっている可能性がありますので調査にご協力願いたい」
老齢の騎士が威圧しながら訪問理由を述べる。
威圧されたことで妹が怯えて後退っている。
「ちょっと止めてくれないかい。娘が怯えているだろう」
「なら、協力してくれますでしょうか。少しばかり家の中を確認させてもらうだけでけっこうです」
「どんな権利があって調べるっていうんだい」
「権利?」
騎士には様々な権利が与えられている。
捜査や調査において必要だと判断されれば許可される。事件を起こした犯人の家の中を確認することもできる。
ただし、目の前にある家は犯人が何年もの間帰っていない家。
「騎士様に犯人の家を確認する権利があるのは知っているよ。けどね、私たちの家まで確認する権利があるかい?」
家族の中の誰でもいいから犯罪に関わっている、という明確な証拠が出てくれば家捜しすることも可能なのだが、今のままでは証拠が不十分なため実家にまで手を伸ばすことができない。
「だから、自主的に協力をお願いしているんです」
「悪いけど帰ってくれないかい。これでも品行方正に暮らしてきたつもりだよ。騎士様からいちゃもんをつけられる日がくるとは思ってもみなかった。娘は付き合っている彼氏もいるんだから少しは周囲の目を気にしてほしいところだね」
家の前で住人と騎士が問答している。
この光景を見ていた人々には様々な憶測が飛び交い、デタラメな噂まで生まれてしまっている。
周囲の評価を気にしている人なら、これ以上は関わり合いになりたくないと思っている。
「悪いが、こちらも引き下がる訳にはいかない」
「そんな権利が認められているのかい?」
「それは……」
食い付こうとする騎士と追い払いたい母親。
結局、久しぶりに帰ってきた息子を放置して母親が扉を閉めてしまうことで終わりとなった。
「息子は何かやらかしたのかもしれない。けど、何年も前に出て行った奴だよ。私たちには全く関わりのない話だね。もし、私たちの調査がしたいって言うなら何か証拠でも持って来るんだね」
「そんなもの……」
すぐに見つけられるはずがない。
法律によって認められていないから、という理由で追い出されてしまった。
「何かレジナルド元王子を追う手掛かりが家の中にあればいいんですけど……」
「頑なに入れてくれないわね」
「何かあるかもしれない。けど、年頃の娘がいるから単純に拒否しているだけかもしれない」
3人で頭を悩ませる。
が、どれだけ悩ませたところでいい考えなど浮かんでこない。
「この家族について調査をすれば何かしらの情報は出てくるかもしれない。そうすれば、情報を足掛かりに許可が下りるかもしれない。が、その間にレジナルド元王子に逃げられてしまうと面倒だ」
騎士がリゴール教と接触しようとしているのは知られてしまった。
そのことがレジナルド元王子に知られてしまうだけで厄介な事態になる可能性がある。
あまり時間はかけられない。
「法律で認められていないから家宅捜索はさせてもらえない。だったら――法律で認められている範囲で行動することにしましょう」
「……何をするつもりだ?」
3人の騎士が訝しげに見てくるが何も問題はない。
そう、騎士には認められた権利だ。
「協力してもらうぞ」
「な、何をさせるつもりだ?」
トランを見ながら言うと完全に怯えさせてしまった。