第18話 逃れた王族
王城にいる貴族たちに挨拶していたアリスター伯爵とガエリオさんを回収して王都にあるアリスター家の別邸へと向かう。
王城のある区画の周囲は、貴族たちが暮らす貴族街となっている。上級貴族の多くは、王都から離れた領地で普段は暮らしていたとしても貴族街に別邸を所有している。アリスター家も当然のように所有していた。
最低限の使用人だけで維持されている屋敷。それでも、主人がいつ戻って来てもいいよう最善の状態で保たれていた。なにより、王都へ向かっている間に先触れが出ていたので出迎える準備は万端だった。
王都へ着いた日は何事もなく過ぎた。
数日は、貴族たちへの挨拶で忙しく、アリスター家の別邸を拠点として利用することになる。
その間、俺たちは自由にしていいらしい。昨日は、公爵の方で話を通してくれていたからよかったものの、さすがに王城の中まで冒険者に護衛されるのは貴族として問題らしいので騎士の誰かが護衛することになっている。
「……おはようございます」
「マルス、随分と遅いな」
別邸のダイニングでは、アリスター伯爵とガエリオさんが朝食を摂りながら話し合いをしている。
使用人や騎士用のダイニングへ移動すると兄を含めた何人かの騎士が休憩していた。
俺も、兄の隣に座って朝食を摂らせてもらう。
こんがりと焼けた芳醇な香りのするパン、それに特別な材料を使用しているのかジャムの甘い香りもする。他にはハムとソーセージ、それからサラダがある。簡単に用意されたものだが、騎士を相手にしているため量がかなりある。
「いただきます」
……ごちそうさま。
「早いな!」
「疲れていたものですから」
少しは回復した。
「何かあったのか?」
「そこまでではないですよ。昨日の夜は、ディオンの夜泣きが酷かったので俺まで駆り出されただけです」
何が気に入らないのか数十分おきに泣き出すディオン。
さらにディオンが不機嫌だとリエルまで泣き出してしまい、上の双子まで部屋が離れているはずなのに泣き出す始末。シエラだけは泣き出すようなことはなかったが、弟や妹が泣き止んでくれない状況にオロオロしていた。
「まさか、帰ったのか!?」
「はい。2時間ぐらい前まで屋敷にいましたけど、俺は昼の間はこっちにいた方がいいっていうことになったんで、2時間だけ仮眠を取らせてもらいました」
王都の迷宮への干渉が成功したおかげで、王都を拠点にすることに成功した。と言っても、どこへでも可能な訳ではなく、王都内にある俺たちが所有する拠点への移動が可能になった。
名義上だけでも俺たちの所有物である、としていることが必要みたいだったのでアリスター家の別邸にある小屋を買い取って一時的に名義を変えさせてもらった。
おかげで自由に長距離を移動することができた。
辺境を拠点に持つと中央との時間がネックになる。
「兄さんも帰りますか?」
「いや、さすがにマズいだろう」
兄の視線が同僚の騎士へと向けられる。
彼らにもアリスターに家族がいる。自分だけ特別待遇を受ける訳にはいかない、と言って断られた。
「あの……」
使用人用のダイニングで談笑しているとアリスター家のメイドに呼ばれた。
「どうしました?」
「お客様がお見えです」
態々、俺に言うということは俺への客ということだ。
「ありがとうございます」
「お客様が応接室でお待ちです」
メイドに案内されて応接室へと向かう。
応接室で待っていたのは鎧を着た3人の騎士だ。
「はじめまして」
「随分と若いな」
ソファに座る3人の騎士。
中央に座った白髪の老齢騎士が俺を鋭く睨み付ける。
「まあ、落ち着いて下さいよ」
「そうですよ。彼らがいてくれたからこそ王都は救われたんです。感謝こそすれ邪険にするのはよくないですよ」
左右に座る若い騎士が宥めている。
「ワシは冒険者を好かん。奴らは、この国にいる強い力を持った者であるにもかかわらず、国への忠誠というものが欠片も存在しない。こいつだって国に仕える気がない、と言うではないか」
「はぁ」
本当にその気がないのだから何も言えない。
「で、本当に何の用ですか?」
「調査の結果を報告に来た」
渋々ながら、といった表情のまま老齢の騎士が報告する。
「昨日、ファールシーズ公爵様が処刑された前王族の遺体の確認を要求された」
第2王子が生きている。
迷宮核から衝撃の事実を聞いた公爵は、まず処刑されたはずの王族を確認することにした。
彼らは内々に処刑されたと言っても多くの家臣の見ている前で斬首され、遺体の納められた棺が埋葬されるところまできちんと見ていた。クーデターを起こしたとはいえ、王族が相手であるため遺体は丁重に葬った。
「掘り起こした棺の中にあった遺体は、前王と王太子の本人だと確認することができた。だが、第2王子の遺体があるべき棺だけは全くの別人が眠っていた」
テーブルの上に一枚の紙を置く。
何かしらのスキルを使って描かれたのか、紙には棺に納められた遺体の絵が本物のように描かれていた。
前王と王太子は、本人だと見ただけで言える。
第2王子については会ったことがないから偽物だと断定することができない。
「偽物、なんですね」
「そのとおりです。こんな奴、全く知りません」
若い騎士が言うには、体格が少し似ているだけで顔は全くの別人。肌も本人より焼けている上、体にはいくつもの痣があった。
第2王子を知る人物から言わせれば全くの別人らしい。
「その偽物を処刑したんですか?」
「遺体の状態からして斬首されたのは間違いなく、遺体を入れた棺はすぐに固定されました。処刑されたのは偽物です」
つまり、第2王子は処刑されるよりも前から偽物と入れ替わっていた。
そして、影武者が処刑されたことで誰も本物の第2王子が生きているなどと思っていなかった。
この事実を知った王城は大慌てらしく、対応に追われている。
「私たちは、生き延びている第2王子捜索隊の特別部隊だ。捜索には、お前が協力してくれることになっている、と聞いた。面倒だが、騎士の力が必要になることがあるかもしれない。そういった時に協力するのが私たちの仕事だ」
たしかに公的な権力が必要になることがあるかもしれない。
騎士は、捜索や調査においてなら男爵みたいな下級貴族よりも強い権限を保有している。彼らの協力があった方がスムーズに進むのは間違いない。
ただ、騎士に信用できるだけの力があるのか疑わしい。
「どうして、処刑したと思っていた第2王子が影武者と入れ替わっていたことに気付かなかったんですか?」
「その原因は、こちらです」
別の紙が出される。
描かれていたのは、指先サイズの小さな宝石。
「これは強力な魔法道具で、人間の体に埋め込むことによって、埋め込まれた肉体を登録された魔力を持つ人間へと変形及び変質させる効果があります。遺体をバラバラに斬り刻んだところ頭部から見つかりました」
姿だけでなくステータスまで変質してしまうため処刑前に行った【鑑定】でも本人だと判断してしまった。
そして、処刑によって斬首されたことで頭部と胴体が切り離される。胴体は、魔法道具から離れたことで元の姿へと戻る。頭部も埋められている何カ月もの間に魔法道具を維持する為の魔力が尽きたことによって元の姿へと戻った。
その結果、掘り起こされた棺の中には元の姿へと戻った別人が入れられていた。
「なるほど。事情は理解しました」
そんな魔法道具が使われていると知らなければ見破ることはできなかった。
「で、どうやって見つける?」
「そうですね--」
確実に見つけられる方法はある。
リオから『天の羅針盤』を借りてくればいい。しかし、あまり借りを作りたくないため、できることなら最後の手段にしたい。
もう一つ。俺たちが持っている魔法道具の中に『振り子』が存在する。ただし、この魔法道具の対象とする為には相手の顔や最低限の情報を知っていなければならない。ここは、騎士たちに協力してもらおう。
ダウジング・ペンデュラムを出して若い騎士に握らせる。
「これを持ったまま、第2王子の姿をイメージしてください」
「はい」
使用する為に必要な魔力は俺が負担する。
先端に水晶のついた振り子が揺れ、ある方向を示す。
「王城……?」
振り子を握る若い騎士が呟く。
振り子は、王城のある方角を示していた。
レジナルド王子は、灯台元暮らしだったのか王城に潜伏していた……訳ではない。
「これは失敗だな」
影武者を作り出した魔法道具。
あれは肉体だけでなくステータスも変質させている。ここから最も近い場所である王城に保管されている魔法道具にダウジング・ペンデュラムが反応してしまっている。
破壊すれば追うことができるかもしれない。
けど、俺に与えられた権限では破壊することは難しいだろう。あの魔法道具は、処刑されたと思っていた第2王子が影武者を使っていた重要な証拠。壊せるはずがない。
それに用意周到な第2王子が逃れる為の魔法道具を使っておきながら追跡された時の対策をしていない、というのも考えにくい。
「どうやら別の方法で地道に捜すしかないみたいだ」