第15話 再び王都の迷宮へ
――私と孫を王都の地下にある迷宮の最下層まで案内してほしい。
そんな依頼を頼むことの意味が分からない俺ではない。
「私に頼む、その理由を尋ねてもいいですか?」
「王城を手にして改めて念入りな調査をしたところ迷宮へと続く階段を発見した。もちろん、調査を行う為に信用の置ける騎士を派遣することにした」
誰にも知られていない王城の地下にある迷宮。
何か重要な秘密が隠されているのかもしれなく、信用のできない者を派遣する訳にはいかなかった。そこで、王城の中でも信用することができ、身元がしっかりと保証されている4人の騎士が派遣された。
1日、2日……一週間が経過しても騎士が戻ってくることはなかった。
少なくとも騎士の実力では帰還すら不可能なことが分かった。
「もちろん、その間に情報収集を急いだ」
地上に残された資料から手掛かりを探した。
「見つかったんですか?」
王城の地下にある迷宮には、王都の力を管理している迷宮核が安置されている。
その迷宮の管理者は国王であり、管理する権限を保有しているからこそ王として君臨することができている。
そのように重要な場所を知られてしまうようなヘマはしない。
迷宮の存在については代々の王が口伝によってのみ引き継ぎ、記録も残さないようにしている。
「見つけた」
少しばかり安心していたところに告げられた事実。
ファールシーズ公爵が懐から1冊の本を取り出す。
「これは……?」
「前国王の日記だ」
読んでもいいようなのでメリッサが手にした日記を上から覗かせてもらう。
私的な日記らしく、砕けた表現でその日にあった出来事が綴られている。中でも多かったのが息子たちに関することだ。本当に愛していたのが分かるぐらい細かなことまで描かれている。
その日記も今年の5月までしか描かれていない。クーデターによって日記を描いていられるような状況ではなくなっている。本人は、処刑されてしまったため、この世の人間ではない。続きが描かれることはない。
知りたいのは、国王と最初に会った時だ。
メリッサは、その日の日付を正確に覚えていたらしく目的のページまで一気にめくる。
……あったよ。
「内密にするよう言ったのに……」
何があったのか正確に書かれていた。
私的な日記なので公開するつもりはなかったのだろうが、何らかの理由により表へ出てしまった時のことが考えられていない。現にクーデターにより見つけられてしまった。
「騎士を発見した後で、この日記を見つけて何があるのかを知った。誰も知らない理由にも納得できる。だが、この日記に書かれていることが確かなら一度は迷宮の最下層へ行かなければならない」
「まあ、そうですよね」
話を聞くに新国王となった公爵の孫は迷宮の最下層へ行っておらず、新しい迷宮主として登録されていない。
王冠の魔法道具にどれほどの効果があるのか分からないが、国王として認められる為には正式な迷宮主になっている必要がある。
王都の迷宮は非常に浅く、地下10階までしかない。
最奥にいるボスの強さも関係しているのだが、冒険者で言えばDランクパーティでも最下層まで到達することができる。冒険者になったばかりの頃、最初に親しくなったブレイズさんたちのパーティなら余裕だろう。
だからこそ安易に冒険者を招く訳にはいかない。
最下層へ到達した瞬間に王族としての権利を失ってしまうことになる。
そんなことは認められない。
最下層へ向かうにしても護衛の為の同行者は必要なのだが、その同行者が最下層にある迷宮核へ触れてしまうと新たな迷宮主となってしまう。
迂闊な人選はできない。
信用のできる人物でなければならない。
しかし、王になれる資格を前にして冷静でいられる人間など少ない。
「君たちの場合は、私の心配事が全て解決されると日記には書いてあった」
アリスターの迷宮の主である俺は他の迷宮の主になることはできない。それは、眷属も同じだ。
つまり、俺たちなら最下層へ連れて行っても問題ない。
「……護衛として最適だった訳ですね」
「協力してくれるか?」
念話でシルビアたちとも相談。
特に反対意見も出なかったし、目の前にいるメリッサも頷いている。
最下層までの護衛程度なら俺一人いれば十分だろうが、おそらくは女性陣が許さないだろうから誰か一人がついてくればいいだろう。
「では、行こう」
「今からですか!?」
「色々と予定が立て込んでいる。今日ならキャンセルしても問題ない予定ばかりだから都合もつけられる」
数時間もあれば最下層まで行くことはできる。
幸いにしてまだ昼前。今から行っても間に合う。
☆ ☆ ☆
アリスター伯爵とガエリオさんたちとは、王城にいる貴族連中に挨拶と根回しをするらしいので別れた。
俺とメリッサ、シルビアが案内されたのは王城にある部屋の一つ。
その部屋では鎧に身を包んだ人間……いや、子供ぐらいの身長しかないことからして男の子が待っていた。
「まっていたぞ」
10歳ぐらいの子供が精一杯の声を出している。
少しでも威厳を出そうとしているのか胸を反らしているけど、子供が精一杯の背伸びをしているようにしか見えない。
男の子の姿を見てメリッサが微笑んでいる。
子供用サイズの鎧は最近造られたばかりなのかピカピカで腰に差した剣も新しいものだ。
この子の正体は考えるまでもない。
「孫の――新国王のカーティスだ」
「カーティスだ!」
国王陛下--カーティス君も声を上げる。
カーティス君は、金髪に碧眼。今は子供らしくニコニコと笑っているが、異常なまでに整った顔をしており将来は美形になると予想することができる。
俺たちの仕事は、この子を迷宮の最下層まで連れて行くこと。
ただ、分かっていない。
「シルビア」
「はい」
「脱がせろ」
「え、え……えぇ!?」
テキパキとした動きでシルビアが鎧を脱がせていく。
こういう仕事はシルビアの方が得意だ。
「な、何をしている……!?」
「そっちこそ何を考えているんですか……」
呆れるしかなかった。
「あなたの依頼は、この子――カーティス陛下を迷宮の最下層まで護衛することですよね」
「そうだ。連れて行ける護衛は、お前たちだけ。迷宮には騎士すら倒してしまうような魔物が出る。そんな場所に孫を無防備な姿で行かせる訳にはいかない。私もこれから着替えることにする」
何も分かっていない。
「そんな格好で動くことができるんですか?」
「……なに?」
「これから迷宮の洞窟を歩くことになります。日帰りで帰ることはできますけど、歩くところまでサポートするつもりはありませんよ」
何時間もの間、今まで鍛えたこともない人間が重たい鎧を纏ったまま歩き続けることができるのか。
そもそもカーティス君に至っては10歳の子供だ。どうやら普通の鎧に比べれば防御力が落ちていないにもかかわらず軽い材質で造られている。
それでも、子供にとって重たいことには変わりない。現にシルビアの手によって脱がされると思いっ切り息を吐いていた。国王としての自覚があるのなら、そのような真似をしてはいけない。
「……」
公爵もようやく孫に負担を掛けていたことに気付いた。
身の安全を思っての行動だったのだが、逆に負担を掛けることになってしまった。
「迷宮にいる魔物なら俺たちが近付けさせません。あなたたちは俺たちに守られながらついてくるだけでいいです」