第13話 叙爵辞退
王城の応接室で待たされている。
表向きにはラグウェイ家の再興であるためアリスター伯爵、ガエリオさん、それにメリッサがソファに座っている。俺はソファの後ろで待機しており、兄と騎士隊の隊長も護衛として部屋にいる。
給仕の女性が紅茶を置いてくれる。部屋の隅ではお茶を用意し、用事があれば対応してくれる女性がいるのだが――シルビアだ。何食わぬ顔をしているため誰も不審に思っていない。もう、違和感すらも素通りさせられるようになっている。
しばらく待っていると初老の男性が入ってくる。
「ああ、座っていてくれ」
初老の男性――ファールシーズ公爵に立つのを止められてアリスター伯爵たちが腰を落ち着かせる。
どうにも急いでいるような感じが見受けられる。
ソファに座るなり、疲れているのか紅茶に口をつけた。
「……いつも飲んでいる茶よりも美味いな」
それは、シルビアが用意した最高級の茶葉を新鮮なまま使用しているからです。
王族なら茶葉そのものを簡単に手に入れることはできるのだろうが、ここへ運んでくるまでの間に傷んでしまうため味が少し落ちてしまう。
「この度は、新たな王となられました陛下に挨拶に伺いました」
「それはありがたい。王とはいえ幼い孫。認められない貴族も多く、未だにまとめられていない状況が続いている」
「そうでしたか」
「アリスター伯爵のように昔から我が国を支えてくれている者が支持してくれるなら認めてくれる者も多くなるはずだ」
それだけの影響力がアリスター伯爵にはある。
少なくともアーカナム地方を統治している領主たちには追従させることができる。
「それに人手も足りていない。皇帝の代替わりで人事の一掃がなされたグレンヴァルガ帝国のように悪事を働いていた貴族を粛清したところ、残された者は大変な苦労を背負うことになると知ったよ」
ハハハッ、力なく笑う公爵。
「それが分かっているなら話は早いです。私は貴族に復帰するつもりはありません」
「理由を聞いてもいいか? 貴族という地位は魅力的だ。使者として君たちの元へ行ったバランド子爵なんかは、自らの爵位に固執しているような人間だ。もしも、貴族の地位を失うようなことになれば卒倒して死にかねん、ぐらいだ」
「たしかに貴族ともなれば多くの人が羨む権力者です。ですが、私のような者が再び貴族の地位に戻れば、同じ貴族の方々から羨むどころか恨まれることになります」
「それについては非常に申し訳ない。既に被害に遭われていると聞いている」
ガエリオさんの店に卸されるはずだった馬車が襲われた件。
捕らえた盗賊を吐かせたところ、貴族から依頼を引き受け狙って襲撃を仕掛けていた。
そして、その依頼主というのがクーデターに協力して昇爵した貴族だった。
「彼らは私の計画に協力してくれた。だが、ほとんどの者は自らの地位を上げたいが為に協力してくれたようなものだ」
クーデター後には目的を遂げることに成功した。
だが、そういった者ほど全く関係ない者が台頭してくるのが気に入らない。
「私が、最初にラグウェイ家の再興を考えたのはペッシュが何をしていたのか正確に知ることができたからだ。そして、クーデターから少しは落ち着いてきた頃に王都が崩壊する、という事態が起きた」
その結果、多くの人が忙殺されることになり、人手を欲するようになる。
ただの人手ではない。人に指示を出すことができ、管理する能力を持った人間でなければならない。
そんな能力を持った人間は簡単には見つからない。
いるにはいるのだが、そういった人物は既に何かしらの重要な仕事に就いている。彼らを引き抜いてくるような真似をすれば、彼らがしていた仕事の穴埋めをする人間を今度は探さなくてはならない。
頭を悩ませている時に公爵が目をつけたのが追い出された元貴族たちだった。
一時は市井に落ちてしまったとはいえ、何年もの間領地を統治していた経験がある。人手不足を解消するには、打って付けの人物だった。
「だが、彼らには受け入れ難い提案だったらしい。本当に申し訳ない」
公爵が頭を下げる。
「頭を上げてください」
「被害に遭った物についてはこちらで弁償させてもらう」
護衛は無事だった。
ただし、馬車と荷物の方はメリッサが取り戻したが、一度は盗賊に奪われてしまった物を商品として売り出す気にはなれなかった。
「こちらで取り戻した商品は保管してあります。それを適正な金額で引き取ってもらえれば十分です」
ガエリオさんにも商人としての意地がある。
単純に使い物にならなくなってしまった商品を買い取ってもらうことで訴えるようなことはしないこととなった。
「しかし……本当に協力はしてくれないのだろうか?」
「申し訳ありません。私が恨まれる程度なら、どれだけ恨んでもらっても構わないのですが、貴族となるのなら私の跡を孫がいずれは引き継ぐことになります。生まれたばかりの可愛い孫にそんな苦労を背負わせることはできません」
「……その気持ちはよく分かる」
ガエリオさんの言葉を聞いて頭を抱える公爵。
「私も、自分が国王の立場になるつもりだった。だが、私では国王になる資格はない、と拒絶されてしまった」
国王であることを示す王冠。
クーデターを成功させた王冠を被ったファールシーズ公爵だったが、王冠が光り輝くことは一度としてなかった。
「さらに、最も後悔しているのが孫だ」
まだ幼い孫が、祖父が被った王冠を面白半分で被ってしまった。
誰もが祖父の道具を手にして遊んでいる子供を微笑ましい気持ちで見ていた。しかし、王冠が光を放って王であることを示してしまうとそれどころではなくなり騒然となった。
「私の愚かな行動のせいで孫は王になることになった。もう、止めることなどできない」
公爵は本気で後悔していた。
王、という立場がどれほどの重責を伴うものなのか公爵は正しい意味で理解していた。だからこそ、目に入れても痛くないほど可愛い孫を王になどしたくなかった。
しかし、王に選ばれるところを多くの家臣が見てしまった。
今さら否定することなどできない。
「可愛い孫の為に回避できる君が私は羨ましい」
「……申し訳ないです」
羨ましく思いつつも気持ちが分かるだけにガエリオさんの叙爵問題はあっさりと受け入れられた。
ただし、邪魔をしてきた貴族を納得させる為にも言い訳に用いられたアリスター家への家臣入りは進められることとなった。
「しかし、人手の方はいいのですか?」
王都の復興も急がなくてはならない。
「そっちは貴族連中が示してくれた」
人手不足を解消する為の策を邪魔した。
ならば、彼らに人手不足を解消してもらうことにしよう。
「ラグウェイ家、さらに他の貴族も再興させることで解決しようとしていた問題を彼らに解決してもらう」
邪魔した責任をそのように取ってもらうことにした。
そこで、問題を解決することができれば、さらなる昇進も可能になる。ただし、失敗した時には重たい責任を取らされることになる。
そして、彼らでは解決できない問題を押し付けるつもりでいた。
邪魔した以上は拒否も許さない。
「報告は受けている。シーリング家の騎士を捕らえているらしいな」
「はい」
初めて俺の方へと言葉を投げかけられた。
「シーリング家は利用されていただけだ。もちろん、貴族でありながら盗賊と協力関係にあったことの責任は取ってもらうつもりでいる」
現当主は強制的に隠居。
嫡男が新たな当主となるのだが、ファールシーズ公爵とアリスター伯爵の部下が監視する元で統治が行われることになる。徐々にシーリング家の力を削いでいって新たな貴族が領主になっても問題がないようにするらしい。
馬鹿な行動をした者たちだが性急な変革を起こすと混乱が発生する。
今の状況で、そのようなことを望んでいなかった。
「ありがとうございます」
「後ほど、孫にも挨拶をしてほしい。家臣になってくれなかったとしても自分の味方になってくれる者が少しでもいる、と知れば孫も安心する」
「もちろんでございます」
これで一件落着。
と思っていたのだが……
「ここからは冒険者マルスと依頼の話をさせてもらおう」